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馬車に揺られながら、私は対面に座るエレナと互いに向き合っていた。逃げ場のない距離で、彼女は探るように言葉を投げてくる。
「ルージュ様は、色々とご存じですよね」
私は返事をする前に、指先を膝の上で組み直した。
「そうですか?」
「はい。まるで未来を知っているみたいだって、時々思うんです。この前も学園で表彰されていましたし……」
核心を突くようなその内容に、私は微笑み、窓に視線を流す。
「ある程度の知識があるだけですわ。先のことなど、分かりません」
余裕を持ってそう返すと、エレナはぼそりとこぼした。
「そうですか。私、今のルージュ様のこと、よくわかりません」
「奇遇ですわね。わたくしも、あなたのことはまだ理解できていませんもの」
静かにそう返すと、彼女は口を閉ざした。それを見た私は肩の力を抜いて一息つく。
間違いなく、エレナは私が転生者ではないのかと疑っている。そして、このクエストを通してそれを確かめようとしている。
……それより、アルバート。どうしてこんな面白いことになっている時に限っていないんですか?
――時は、エレナに『一緒に来い』と言われてから数日後。私たちの乗った馬車は、東へ向かう街道を進んでいた。
「……」
誰も話さないまま、車輪の音だけが続く。ダリウスは窓に肘をつき、セシルは足元を見つめている。先ほどの会話以来、エレナは私の正面で黙ったままだ。
私は諦めたように、窓の外の景色を眺めていた。
……めちゃくちゃ気まずい。
私たちの事情を把握し、うまく場を回してくれるアルバートがここにいてくれれば、この空気も少しはマシだったのだろう。……いや、彼のことだ。いたところで内心ウキウキで見守っているだけの可能性も無きにしもあらずだが。
とはいえ、正直、エレナと同席すればこうなると最初から分かっていた、それでも断らずに来たのは理由がある。アルバートがいない間、この三人がどこまでやれるのか。それを見ておきたいのだ。
だから私の今回の役割は、ただそこにいること。
クエストの目的は、王都東の村で発生している精霊関係の異常の調査。これを解決すれば、次の大精霊へ進む道が開く。
幸いなことに戦闘のないタイプのクエストだ。レベリングした力を見せずに済むし、余計な疑念を抱かせる心配も少なかった。
数時間後に辿り着いた東の村では、異変の影響で生活が完全に滞っていた。広場の中央にある井戸の前には、数人の村人が困惑した表情で集まっている。
「みなさん、どうかしましたか?」
エレナが声を掛けると、一人の村人が乾いた桶を見せ、口を開いた。
「数日前まで、普通に水を汲めていたんですが、急に水の音もしなくなっていて……」
「このままでは飲み水すら手に入らないんだ」
「これも精霊様の仕業だって噂もありますが、確かなことは……」
次々と不安げな声が飛び交う中、エレナは一歩前に出る。
「私に任せてください。今、原因を調べます。ダリウス様、セシル様。手を貸していただけますか?」
「おう」
彼女に従い二人が井戸を覗き込むが、水はカラカラに枯れているようで、桶を下ろしても水音は返ってこなかった。
エレナは少し離れた位置に立ち、困ったように眉を寄せる。
「酷いですね。早く原因を突き止めないと……」
だけどそう言うだけで、近づく様子すらない。
「ルージュ様は、何か分かりますか?」
そして当然のようにこちらへ話が振られた。……なるほど。面倒な作業は他人任せというわけだ。アルバートが前にぼやいていた通りである。
「そうですわね……」
私は井戸の縁に近づき、地面や水の跡を確認する。ゲームの知識がなくとも、残った魔力の痕跡など見れば大体の見当はつくものだが、
「……現状だけでは、断定はできませんわ」
答えは言わず、そう言って一歩引く。これは本来、『姫君』であるエレナがやらなければいけないことだ。私は前に出るつもりも目立つつもりもない。
そんな私の様子に彼女は不満そうに眉をひそめたが、すぐに村人に向き直り、明るく口を開いた。
「大丈夫です。私が何とかしますから、安心してください!」
うーん、口だけは立派である。
皆で調査を行う中、私は原因を探すフリをしつつ、ゲームでの出来事を回想する。
実はこの井戸、完全に枯れているわけではなく、水脈自体は生きている。問題は大元の水源にいる精霊で、それを『エレナが』どうにかすれば解決するのだが……三人はかなり苦戦していた。
「水の痕跡が少なくて難しいね」
「エレナ、精霊はこの辺にいるのか?」
「いないですね……ルージュ様はどうすればいいか分かりますか?」
「それは――分かりませんわ」
エレナに問いかけられ答えが喉まで出かかったが、どうにか飲み込む。教えてしまえれば楽なのに、そんなことをしたら転生者バレ確定だ。
それに、主導するのは彼女。私はあくまで補助に徹し、必要以上のアドバイスは与えないようにしないと――
というわけで黙っていた結果、井戸周辺と水脈を何度も確認し、村の外れまで足を延ばしたが、状況は変わらず。結局、『とてつもなくやんわり』誘導して水源へ向かう決断が下された頃には、辺りは薄暗くなってしまった。
村に泊めてもらうにも、彼らの生活すら危うい状況だ。私たちは村人に気を遣い、少し離れた場所で野営をすることにしたのだった。
大きなため息をつきながら、私は一人、焚き火を眺める。
「まさか、ここまでダメだとは思いませんでしたね」
下手すれば私がいなかったら詰んでたやつである。
これはアルバートと今後のことをよく話し合う必要がありそうだ。少なくともダリウスとセシルだけでもクエストの攻略の考え方を叩き込まねばならない。コツを掴めばなんとかなるだろう。
「……ルージュ様」
不意に声を掛けられ、小さく肩が跳ねた。目を向けるとそこにはエレナが立っている。ぼーっとしていて気が付かなかった。
「あら、エレナ様。もうおやすみになったのかと」
「なんだか眠れなくて。少しお話いいですか」
「……構いませんわ」
彼女は私の隣へ腰を下ろすと、何気ない調子で質問を投げてきた。精霊の知識、過去の事件、学園での出来事。どれも一見雑談だが、答え次第では本来のルージュと矛盾が出る内容が紛れ込んでいる。
なるほど、馬車での探り合いの続きか。受けて立とう。
ということで、あくまで『侯爵令嬢ルージュ』として、知っていてもおかしくない範囲の知識だけを提示していくと、彼女は次第に口数を減らしていった。
「やっぱりルージュ様は……なんというか、色々と詳しいんですね」
エレナもなんだか雑になっている。どうやらクエストのこともあって疲れてきたらしい。
「必要なことは調べますもの。こちらから精霊に関わる以上、無知ではいられませんから」
「そうなんですね。なら、教えて欲しいんですけど、精霊はどうして人に力を貸してくれるのですか?」
「それは――」
攻略本に書いてあった内容だ。確か……って危ない危ない。本来のルージュがそんなこと知ってるはずない。答えたらまずい。
「人への信頼でしょうか。詳しいことは知りませんから、わたくしの想像ですが」
「じゃあ、次は――」
適当にそれっぽいことを言って乗り切る。納得していない表情をしたエレナから次の質問が来る。今度は何だ?
「好きな食べ物は何ですか?」
……お見合いか?
さすがに質問の方向性が読めないが、素直に答えればいいか。
「シチューですわ」
これはちゃんとルージュの好きなもの(設定集参照)である。
そうこうしているうちに、消えかかった焚き火の火が小さく爆ぜた。その音に紛れるように、エレナが口を開く。
「もう消えちゃいますね。じゃあ、最後にもうひとつ……ルージュ様は、この世界をどう思っていますか」
「それはどういった意味でしょうか」
「……いいから、好きか嫌いか、答えて」
彼女は射抜くような視線でこちらを見てくる。答えないと逃してくれなそうだ。
「好きか嫌いか、ですか」
そんなの簡単だ。答えは『嫌い』一択。元のルージュなら、そう即答していただろう。そう考えて、私は一度、焚き火に視線を落とす。
嫌い、だと。――本来なら、そう答えるべきだ。でも、
「嫌い……ではありませんわ」
悪役令嬢である私にとっては、理不尽な役割を押し付けてくる世界だ。それでも、この場所で出会ったものまで否定する気にはなれなかった。
「そう断じるほど、単純ではありません」
顔を上げ静かに続けると、エレナは何も言わず、ただ私を見つめていた。
二日目。朝起きたらすぐに村人たちと共に水源に向かうことになった。
そして、あと少しで水源に辿り着くという時、それは起こった。
「うわっ!」
誰かの声と同時に、水源の奥で急激に魔力が膨れ上がり水面が弾けた。そして制御を失った水流がエレナへ向かう。
「エレナ!」
ダリウスが叫ぶ。だが、動いたのは私の方が早かった。反射的に彼女の腕を掴み、引き寄せる。
「っ、ルージュ様!?」
次の瞬間、私たちのいた場所を水流が薙ぎ払う。私は彼女を背に庇い、濡れないように最小限の魔術で水の流れを逸らした。
……危ない危ない。ゲームでも、この辺は当たるとダメージがある水が突然噴き出してくる仕様があるのだ。ランダムなので、あまりぶつからないのだが、まさか初回で当たりかけるとは運が悪い。
水音が収まり、静寂が戻る。呆然とするエレナの肩を、セシルが慌てて支えた。
「二人とも、大丈夫かい!?」
「……は、はい」
「わたくしは問題ありませんわ」
次の瞬間、エレナは私に目を向ける。
「でも……おかしいです。こんな状況ですぐに動けるなんて」
「咄嗟に体が動いただけですわ」
「でも」
言葉を続けようとしたエレナを制止するようにダリウスが割って入る。
「考えすぎだろ。それに助けてもらったんだから、まず礼を言うべきじゃねぇか?」
「ルージュ様がいなかったら、怪我してたよ」
セシルも同調すると、エレナはバツが悪そうに視線を逸らした。
「助けてくださって……ありがとうございます」
そう言ってから、エレナは一瞬言葉を切った。
「でも……どうして、そこまで冷静でいられるんですか」
「何の話です?」
「とぼけないでください。本当はこうなるって知っていたんじゃないですか?」
「いいえ、ただの経験則ですわ」
曖昧に答えると、エレナは不満そうに眉を寄せて続けた。
「……それって、何の経験則なんですか?」
これは……ゲームの経験則ですね。
やってしまった。そんなこと言ったら一発アウトだ。なんて言い訳をすべきだろうか。すぐに答えないと怪しまれるのに、良い言葉が浮かばない。
エレナの視線が答えを待っている。完全に返答に詰まったその時、
「――何をしている」
私の耳に、聞き慣れた低い声が届いた。




