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「この辺で待ちますか」
次の日。学園の門から出た先の、人気の少ない路地裏。通りから半歩引いた位置の壁際に私は立っていた。
不審者だと思われそうだが、好き好んでこんな真似をしているわけじゃない。シナリオ通りにするためだ。
激務に追われているアルバートがいない間、エレナたち三人は学園の教室に集まり、次の大精霊の件を話し合っている。そして話が行き詰まると気晴らしに街へ出るのだが、そこで偶然にもルージュと鉢合わせてしまう。それがゲームでの話の流れだ。
ならば私はそれに合わせにいくだけ。要するに出待ちである。
私の読みでは、もうしばらくすれば三人が出てくる頃だろう――そう考えて通りに身を乗り出そうとした時だった。
「……何やってんだ、あんた」
「ひぇっ!?」
突然背後から声が降ってきて、裏返った声が出てしまった。慌てて振り向くと視界に入ったのは見慣れた顔。
「……ウォルター様。驚かさないでいただけますか」
飛び出そうになった心臓を抑えつつ文句を言うと、彼は呆れたように眉をひそめて口を開いた。
「俺が先にいたところに、あんたが来ただけなんだけど」
「それは……気がつきませんでしたわ」
淡々と告げられ、ぐうの音も出なかった。確かに私が勝手に来て、勝手に驚いただけとも言える。それでもこの至近距離で全く気配を感じなかったのは事実だ。……さては、かなりレベルを上げたな?
まあ、それはいいとして。ウォルターといえば聞いておきたいことがある。
「アルバート様からお聞きしましたわ。エレナ様を監視されているのでしょう。……彼女の様子はどうです?」
声を潜めて尋ねると、彼は周囲を一瞥してから、軽く腕を組んだ。
「今のところは想定内だな。学園と街を往復して、例の二人と行動していることが多いくらいだ」
「妙な取引とかはありまして?」
「決定的なものはない。ただ……」
「ただ?」
彼は一瞬言葉を切り、目を鋭く細める。
「あまり深入りしすぎるなよ。面倒なことになってそうだ」
「……面倒なこと?」
「あんたにそこまで話す義理はない」
それだけ言うと、彼は視線を逸らした。
彼の言葉を受け、私は思案する。おそらくバフの対価の件が絡んでいるのだろう。だが、ウォルターが警戒する以上、軽く扱える話ではない。思っている以上に厄介なことになっている可能性がある。
考え込んでいると、彼が不意に小さく呟いた。
「……来たぞ」
その言葉に促されるように目を向けると、通りの向こうからエレナがダリウスとセシルを伴ってこちらへ歩いてきていた。
「あいつらを待ってたんだろ」
「ええ。では、わたくしはこれで」
どうやらお見通しらしいウォルターに軽く会釈をし、路地裏から出る。そして何事もなかったかのように三人の前に歩み寄った。
「あら、ごきげんよう」
「ルージュ様……こんなところで何をしているんですか?」
目があった瞬間、エレナは挨拶もなしに、警戒を隠さない様子でそう言った。
「……何をと言われましても、特別なことはしていませんが」
「嘘をつかないでください。そんなところから出てくるなんて、何か企んでいるんじゃないですか?」
そう言って路地を指差した彼女は、私に明らかな非難の視線を向けた。
「エレナ、やめとけ」
「そうだよ。ルージュ様とはきっと偶然会っただけだよ」
エレナの態度に見かねたのか、ダリウスとセシルが穏やかに割って入る。しかし彼女は唇を噛み、顔を伏せた。
「違うんです。また、ルージュ様が何かして私のせいにするつもりかもしれないと思ったら……」
そう言って悲しげに目を潤ませる。なるほど。今回も私は最初から悪役らしい。
本来のプライドの高いルージュなら、こんな扱いなどされれば怒り狂うことだろう。だが、私は侯爵令嬢として落ち着いた対応をするだけだ。
「わたくしはそのようなことをした覚えはありません」
私は軽く微笑み、声を荒げることも、皮肉を返すこともなくそうはっきり伝えた。それだけではない。
「ここを通っていたことにも、理由はありますわ」
小脇に抱えていた紙袋を見せる。中身はついさっき買い物をしてきたもの。
「懇意にしている店がこの先にあるのです。大通りを歩くより、こちらを通った方が近いのですが……何か問題でもありまして?」
「っ! ……だとしても、ルージュ様がそんなところを歩くわけないじゃないですか!」
どうやら彼女の中では、あり得ない行動らしい。だが、それはあくまで『彼女の知っているルージュ』の話だ。今の私は違う。
「何か誤解があるようですが、いずれ解けるでしょう」
それだけ告げると、私は穏やかに微笑む。すると案の定、エレナは不愉快そうに口を開いた。
「……やっぱり、そうやって私を悪者に仕立て上げるつもりじゃないですか」
どうやら意地でも『ルージュが自分を陥れようとしている』構図に持ち込みたいらしい。
……いい加減にきっぱり言っておこう。私は穏やかに話を切り出す。
「エレナ様。勘違いしていらっしゃるようですが、わたくしにはあなたを陥れる理由はありませんわ」
「そんなの、嘘です」
「……信用するかどうかはあなたの自由ですが、事実と憶測は分けてくださいませ。こちらの行動を悪意で測られるのは困ります」
そう言い切ると、エレナは苛ついたように拳を振るわせ、口を開いた。
「じゃあ、私のことは何とも思ってないって言うんですか」
そう言った彼女の声が微かに魔力を帯びるが、私はそれに気がつかないふりをして続ける。
「ええ。現に、わたくしが何かをしましたか? あなたが成功しようと、失敗しようと、それはあなたの選択の結果です」
「なにそれ。……悪役令嬢のくせに、ふざけないで!」
私の言葉に感情が振り切れたのか、彼女の魔力が膨れ上がった。
その様子を前に、私は一度だけ状況を見渡す。人通りの少ない通りとはいえ、遠くに人の気配はある。止めるべきかは考えるまでもない。
私は一歩も動かず静かに手を上げた。
「――やめなさい」
次の瞬間、エレナの魔術は霧散した。
「なっ……!?」
三人が揃って息をのむのを横目に、私は小さくため息をつく。
エレナが使おうとしたのは単純な魔力放出。絵面は派手だが、バフが掛かっただけの初期技を雑に振り回しているようなもので、技量が伴っていない。
なのでそれを止めるのは簡単な話……なのだが、
ダリウスとセシルは言葉を失い、目を丸くしていた。そしてエレナだけが、信じられないものを見るように私を睨んでいる。
「……この程度で驚かれても困ります。授業でもやった内容ですもの。そうでしょう?」
そして、今日はこんな諍いに時間を使いにきたわけじゃない。
――エレナに対し、忠告をしにきたのだ。
私は一歩踏み出し、口を開く。
「そんなことより、エレナ様。あなたは『精霊の姫君』でしょう」
「……っ、それがなんですか」
ゲームのルージュはここで「平民ごときが『精霊の姫君』だなんて認めない!」となどと暴言を吐くのだが、そんなことしない。
「その力は、誰かを打ち負かすためにあるものではないはずです」
視線を逸らさず、諭すように冷静に続けると、エレナは唇を強く噛んで私を睨んだ。
「でも、私はちゃんと頑張っているのに……!」
「あなたの努力を否定するつもりはありません」
「……じゃあ」
「ですが、力の使い方を誤ればどうでしょう」
声を抑え問いかけると、彼女の肩がわずかに揺れた。『精霊の姫君』は世界を救う存在だ。その力は感情に任せて振るっていいものではない。
加えて彼女は神のバフを受けている。それがどういう意味か、ちゃんと考えさせる必要がある。本人的には頑張ってるのかもしれないが、頑張ればいいというほど単純な話ではないのだ。
「努力しているとあなたは言いましたが、それと正しい方向に進んでいることは別です」
「酷い……何でそんなこと言うんですか! ダリウス様とセシル様も、黙ってないで何か言って!」
「ああ、いや……」
「っ、何で! 何で二人とも助けてくれないの!?」
エレナの感情的な反論に、後ろに立つ二人は言葉を失っていた。話を振られ口を挟むべきか迷っている彼らを軽く手で制し、私は続ける。
「ともかく、落ち着いてよく考えなさい。今のままでは取り返しのつかないところで躓きますわ」
「っ、そんなこと、ルージュ様には関係ありません!」
「……そうですか」
なんというか、ダメそうだ。これ以上言っても、今は届かないだろう。
私は一度言葉を切り、軽く息を整える。
「……別の話ですが、東の地域で精霊絡みの問題が起きていると風の噂で聞きました。きっとあなたの力が必要なのでしょう」
エレナが突っかかってきて危うく忘れるところだったが、彼女に伝えなければいけないことがもうひとつあった。ゲームでもやり取りの中でルージュがこぼした言葉から次のクエストが決まるという流れになっていた。
「行くのでしたら、お早めに。事態は待ってくれませんから」
こんなところだろうか。グダグダだったが、伝えるべきことは伝えた。
「では、また学園でお会いしましょう」
騒ぎを聞きつけてか、何人かがこちらを遠巻きに見ている。これ以上は無用な注目を集めるだけだ。そう判断して踵を返した瞬間、背後で短く息を吸う気配がした。
「……待ちなさいよ」
「っ!」
その言葉と共に腕に強い衝撃が走る。
戸惑いながら振り返ると、私の腕を強く掴んだエレナはこちらを睨みながら口を開いた。
「そんな偉そうなことを言うなら、ルージュ様も来てください」
「……どこにですの?」
「クエストに決まってるじゃないですか!」
……はい!?




