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「それで、いてもたってもいられなくなってここまで来たと」
「ああ。早速だが、詳しく聞かせてもらってもいいだろうか」
「遠慮とかないんですか?」
「ないな」
クエスト終了後の夕方。ラリマー侯爵家の応接室で上質なソファに座ったアルバートは、堂々と言い放ち、紅茶に口をつけた。
「……いいですか、アルバート。こちらにも準備が要るんですよ」
エレナたちとの打ち合わせを終え、そのままここに来たらしく、来訪連絡が届いたのはついさっき。限りなくアポ無しに近いが、相手は王族。訪問を拒否する選択肢はないに等しい。あまりにも唐突な王太子の襲来に屋敷中が大騒ぎだ。
「後で小言を言われるのは私なんですからね? それをお分かりで?」
「そ、それは本当にすまなかった。反省している……!」
アルバートにジリジリと詰め寄ると彼は申し訳なさそうに謝罪した。分かればいいのだ、分かれば。
……というわけで、来てしまったからには仕方ない。お望み通り、話をすることにしよう。
「それで、エレナさんの話でしたよね?」
「ああ! 結局、あの魔力はなんなんだ? 俺も使えるものなのか?」
「まあまあ、落ち着いてください」
勢いよく身を乗り出してくるアルバートを軽く制しながら、私は対面のソファに腰掛ける。
「単刀直入に言いますと、あれは神の力です。そしてアルバートも使えます」
「つまり……いや、どういうことだ? 詳しく頼む」
「ですよね。これは話すと長くなりますが……」
私は深く息を吸い、思考を整理する。エレナの魔力の秘密を説明するには、あの祠の神について触れる必要があった。
「彼の背景については前に話しましたよね」
「ああ」
あの神は祀る者がいなくなり、力を失った末に長い眠りについていた。姿が見えるのは参拝したことのある人間だけで、しかも自力では学園の敷地から出ることもできない。
例外的に白い子犬の姿で主人公に運んでもらえば外に出られるのだが、それすら終盤に入ってから。
「現時点ではその姿すら学園内でしか保てないほど力を失っています」
そのため直接クエストには参加できないが、主人公パーティへバフを付与できる特性がある。
「……なるほど、エレナが使っている『謎の魔力』は、そのバフということか」
「はい。いつの間にか出会っていたみたいですね」
私がそう続けるとアルバートは首を傾げた。
「ルージュも毒沼を突破する時に力を借りていたが……今のあの神には力がほとんどないのだろう? そんなことができるものなのか?」
「実は、そこに今回の鍵がありまして」
一拍置いてから私は続ける。
「あの神のバフには対価があります」
仕組みは単純だ。対価を魔力に変換し、それをバフとして与えている。神自身の力はほとんど介在しない、彼の編み出した謂わば苦肉の策だ。
そして、魔力へ変換される以上、対価はバフの効果に比例する。
「簡単なバフなら、それこそ店売りのお菓子程度でも済みます」
「軽すぎないか?」
「私もそう思いますが……逆に好感度が低い時は力を貸すに値するか試すため、えげつない要求をしてくるんですよ」
それゆえに、ある程度まで好感度を上げないとまともに使えたものではない。そしておそらくエレナは顔を合わせたばかりなので好感度は初期値。
「にも関わらず、借りているのはあの膨大な魔力……相当な対価を求められているということか」
私は頷く。ゲームでも目覚めた直後からバフをもらうこと自体は可能だった。だからエレナが力を使っていてもおかしくはない。
問題は、その対価の入手方法。バフの内容によっては普通に激レアアイテムを要求される。
「それほどの対価を彼女がどう手に入れているのか、気になりませんか?」
「それは――気になるだろう」
今回の対価だけの話ではない。例えば、あの発火する草。あれを私より先に手に入れていたのだ。彼女には私の知らないアイテムの入手経路がある可能性がある。
「そして、その確認にウォルターの監視が活かせます」
「!」
そう続けるとアルバートは楽しげに口角を上げた。ウォルターがエレナの監視を始めるのは原作通り。だが、監視の意味合いは少し変わってくる。
彼女が裏でどう動いているのか。それを暴いてもらおうではないか。
「エレナさんの魔術の件はこんな感じですね。状況は分かりましたか?」
「よく分かった。……もうひとついいか?」
説明に満足したのか、アルバートは深く頷いた。しかし、まだ話は終わらないとばかりに、彼はさらに口を開く。
「例の神の攻略シナリオについても聞きたいのだが」
「あー……」
どうやら神の話が出たので、彼の知りたいものがそちらにシフトしたらしい。
「今後のシナリオを円滑に進めるためにも、詳しく教えてほしい」
「……ただ気になるだけでは?」
「そうとも言う」
そうとも言うな。
彼の目が期待で輝いているのが見える。たぶん今ここで話せば、彼はそのまま延々と聞いてくるに違いない。
いや、それは別に構わないのだが……今は少し都合が良くなかった。
「今日はもう時間です。それはまた後で」
「しかし――」
「いえ、本当は話したいんですけど……実は両親が部屋の外で待ち構えているようで」
盗み聞きを防ぐため、部屋全体に防音と感知の魔術を張っていたのだが、ちょっと前から扉の前で二人ほど変なのが引っかかっているのだ。十中八九、両親である。
「……なるほど。ならば仕方ないな」
状況を理解した彼は、そう言って小さく肩を落とした。
窓からこっそり屋敷を抜け出し、私たちは近場のワープポイントに向かう。日が落ちた暗い道を並んで歩いていると、アルバートが口を開いた。
「こうして逃げるように帰るのは、少し不思議な気分だ」
「普通なら、こんなことないですもんね」
両親が待ち構えていた目的はどう考えてもアルバートだ。王族相手にゴマを擦りたいという魂胆が見え見えだが、ただでさえ明日から忙しくなる彼に、あんな人たちの相手をさせるわけにはいかない。
まあ、代わりに私が叱られることが確定しているのだが、その程度は許容しよう。
ほどなくして、私たちはワープポイントへと辿り着いた。周囲には人の気配もなく、辺りはしんと静まり返っている。
「じゃあ、また落ち着いた頃に。今度は私が王城に行きますね」
「ああ。……ルージュ」
「なんです?」
ワープポイントに踏み入れようとした足を止め、アルバートは一歩だけこちらに近づいた。
「俺のいない間、くれぐれも無理はするな。ルージュは何でも一人で抱え込みすぎる」
「それはアルバートも同じでしょう」
私の言葉に、彼は「否定できないな」と小さく笑う。
「次に会う時は、今日の話の続きを聞かせてほしい」
「ええ。約束します」
「……楽しみにしている」
そう言うと彼は、私の髪――頬にかかるあたりに指先を伸ばし、ほんの一瞬だけ触れてから離した。
「……!?」
突然のことに呆然としているとアルバートは軽く微笑み、ワープポイントに足を踏み入れる。淡い光に包まれながら王城へと転移していく彼の背を、私はただ見送った。
「不意打ちはやめてくださいよ……」
あまりにも自然で、思考が完全に追いついていなかった。さすが乙女ゲームの攻略対象、何気ない仕草で心拍数を上げてくるのだから質が悪い。
とはいえ、こっちはこれでよし。次は両親だ。
何事もなかったかのように玄関から屋敷に戻る。まだ応接室の前にいた両親に『アルバートは用があって帰った』と伝えると、二人は分かりやすく声を荒げた。
「殿下がお帰りになった、ですって? 勝手に帰してしまうだなんて、侯爵家の者としての自覚がないの!?」
「ルージュよ。当主に見送りをさせないとはどういうつもりだ。王太子殿下に不敬と受け取られかねんだろう!」
あー、はいはい。多分アルバートの中でのあなた方の印象は既にお察しなので安心してください。
「以後気を付けますわ」
あれこれ言い募ってくる二人に真面目に付き合う必要はない。申し訳なさそうに無難な相槌を打ちながら話を受け流し続ければ終わるのだ。
小一時間にわたる叱責も、ほとんどは普段から聞き慣れたものばかりだった。
それでも、解放された私は軽い足取りで廊下を歩いていた。――今回は、その中にちょっとした収穫があったからだ。
『――それに、殿下が来るならもっと早く言いなさい。今日は大事な取引があったのよ? もし見られたら、全部水の泡じゃない!』
……アルバートに見られたら一発アウトな取引ってなんでしょうね?
どうやら私への怒りのあまり、うっかり口を滑らせてしまったらしい。そのまま全部暴露してもらいたかったが、そこまでの間抜けではなかった。残念。
でも、調査するポイントを絞れたのはラッキーだ。まさかの叱られ得である。
「そもそも、そんなに家が大事なら早く悪どいことから手を引けばいいのに」
いっそ早めに悪事を全部暴いてやろうか?
「……まあ、それはまだ置いておきましょうか」
そう呟き、足を止める。屋敷の奥、物置部屋が並ぶ区画。そのさらに最奥にある扉の前に私は立っていた。
想定外の出来事が続いているが、私がこのタイミングで帰省しているのには、きちんと理由がある。
鍵と魔術で幾重にも施錠されたそれを慎重に解錠していく。全ての封印が外れると、重い扉がゆっくりと開いた。
「これだけあれば十分ですね」
眼前に広がっていたのは、所狭しと積み上げられたアイテムの山。転生してから集め続けてきた品は、全てここに保管している。
……神のバフには強力な効果を持つものがいくつかある。それを簡単に使えないのは対価を支払う難易度が高いから。
それは逆に言えば、払えるのなら話は別ということ。
今まではバフの使用は必要最低限に留めていたが、エレナが使うなら、私だってもっと使ってもいいだろう。
ざっと確認すると、対価として必要なものは既に揃っていた。となると、あとはどの順序で動くかだが……そうだ。
「久しぶりにエレナさんと顔を合わせにでも行きましょうか」




