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それから数日後。
王城の一室――王太子の執務室。そこに集まったエレナたちを前に、アルバートは重苦しく口を開いた。
「急に呼び出してすまない。昨日の魔物の群れの件について、話しておきたいことがある」
それは突然起こった。大量のハチトカゲの群れが王都の中心部に出現したのだ。それを偶然目撃した彼ら四人は、急遽対応に追われることになった。
「様子がおかしかったっていう話はしてたよな」
「そうだね。ハチトカゲがあんなところに現れることはないから」
ダリウスの言葉にセシルが頷く。あの魔物は通常、自然の多い場所にしか現れない。それが街中に姿を見せたのだ。しかも、それだけではなかった。
「なんだか一方向に向かって進んでいるように見えました」
「だけど今は渡りの時期じゃねぇ」
エレナの言葉にダリウスが不思議そうに続ける。魔物たちは逃げ惑う民には一切目もくれず、ひたすら移動し続けていたのだ。しかし、本来なら今の時期は餌と魔力の豊富な峡谷から離れることはない。
「ひとまず座ってくれ。これから話すのは、その件についてだ」
アルバートに促され、皆が席に着く。全員が席に座ったことを確認すると、彼は手元の書類に目を通し、話を始めた。
「峡谷に派遣した研究員からの調査報告が入った。それによると、魔力量に異常はなく、環境についても同様だったそうだ。しかし――異様な痕跡が残されていた、と」
「どんな痕跡だ?」
「……岩場に巨大な爪痕があった」
皆が一斉に息をのむ。峡谷は本来、小型の魔物しかいない穏やかな土地だ。セシルがわずかに声を震わせて尋ねた。
「つまり……あのハチトカゲはその『巨大な何か』から逃げてきたということ?」
「その可能性が高い」
それは、『峡谷に危険な魔物が棲みついた』ということに等しい。
「そんな……!」
エレナが不安げに声を上げた。峡谷の近くには小規模ながら集落が点在している。住民の身を案じたのだろう。
「まずいな。すぐに峡谷に行こう」
「はい!」
……こうして、ハチトカゲの異常行動の原因を確かめるべく、彼らは翌日峡谷へ向かうことになったのだ。
はい、今回のメインクエストへの導入終了。
アルバートの状況説明からという特殊な入りだが、これで依頼を受けたという判定になる。作戦会議を終えると、エレナたちは明日の準備のため、すぐに部屋から退出した。
扉が閉まってしばらくすると、アルバートが小さく呟いた。
「さて……こんなところでどうだ?」
「ナイスです。ちゃんとゲーム通りですよ、……っと」
私は返事をしながら、彼の足元から出て伸びをする。……どこにいたかといえば、机の下である。実はずっとここから聞き耳を立てていた。
侯爵令嬢としては少しどうかと思う絵面だが、実際の打ち合わせの場面を確認するためだ。認識阻害もかけてはいるが念のため。
「打ち合わせ中にアルバートの足元を覗くような人はそうそういません」
「いてたまるか」
アルバートが少し呆れたように笑った。まあ、それはともかく。
「エレナさんは特に変な様子ではなかったですね」
「そうか」
彼女の様子に妙なことがないか気になっていたが、ほぼゲーム通りで、いたって普通だった。やはり実際の戦闘で見るしかないのだろう。
「うむ。俺もよく見ておこう」
「あとは今回のクエストについてですね」
私は近くの椅子に腰掛け、アルバートと向き合った。今回の魔物の件は夏季休暇中に突然発生するイベントだが、当然、理由はある。『異変』の影響ひとつに、『精霊王に魔力を奪われたことによる土地の魔力不足』があるのだ。
「今回はそれの影響ですね」
「つまり、魔力を欲した大型の魔物が移動しているのだな」
「そういうことです」
そして、その魔物を恐れてハチトカゲが逃げ出した結果が今回の異常行動だ。それは『異変』の危険度が本格的に上がり始めている証でもあった。
「それに、ハチトカゲ自体も普通の状態ではなかったですね」
私も現場におり、観察と素材集めを兼ねて何体か倒していた。それで気がついたが、明らかに通常の個体より爪も牙も長く、耐久があったのだ。
「おそらく以前倒したものより、ずっとレベルが高いです」
魔物は魔力不足に対抗しようとして進化する性質がある。『異変』は、そうした目に見えにくい形でも着実に進行しているのだ。
「簡単に目につく現象ばかり追うと、本当に危険な部分を見落とします」
「ふむ。肝に銘じておこう」
とはいえ、今は峡谷のメインクエストに集中すべきだ。軽く作戦会議をし、私は現地に先回りして皆の様子を観察することに決まった。
翌日、私はワープポイントから峡谷に向かった。谷を一望できる斜面の中腹に陣取り様子を伺っていると、アルバートたちは細い谷底を西に向かって進んでいた。
さすがに距離があり会話が聞こえにくいので、最近習得した魔術を使い、彼らの声を増幅して拾う。
「ここなら少し開けている。戦いやすいはずだ」
「他の通りは狭すぎるからね」
どうやら魔物の群れを発見し、戦闘のために場所を移動していたようだ。
峡谷は狭く、谷底以外に平坦な場所はほとんどない。そして案の定、少し待つと彼らに向かって鱗のあるハイエナのような魔物の群れが迫ってきた。
「じゃあ行くよ!」
セシルが手を振り上げ妨害魔術を放つと魔物たちの動きが一気に鈍る。それを逃さぬようアルバートが素早く剣を振り抜くと、すぐに魔物の一匹が真っ二つになり地面に倒れた。その背後ではダリウスに斬られた別の魔物が慌てて逃げ去っていく。
この魔物たちも『異変』によって強化されているはずだが、それでも彼らはあっさりと倒していく。私も魔術でこっそり加勢しようかと考えていたが、どうやら必要なさそうである。
「ひとまずは退いたようだな」
「まだまだ奥にいそうだけどな」
数分後。一旦群れを追い返した彼らは岩陰で態勢を立て直していた。
「みなさん、大丈夫ですか?」
「ああ、助かる」
エレナが回復薬を手渡す。それを飲みながら彼らは次の群れの出現を待つらしい。……ちなみに、彼女は三人の後ろに隠れたままで、戦闘には加わっていなかった。相変わらずである。
「強くはないが、数が多いな」
「だな。倒しても倒してもキリがねぇ」
アルバートとダリウスがくたびれた様子でぼやいた。魔物は確実に撃退しているが、数が多すぎるのだ。倒しても追い払っても、次々と補充されるように湧いてくる。
「それに、戦いにくいかな。ここは」
一息ついたセシルが二人に言葉を続けた。峡谷の地形は一筋縄ではいかない。狭い岩場や段差に阻まれて動きが制限される一方、魔物は高低差をものともせずに移動してくる。包囲されぬように注意して戦わなければならない。
「この調子ならどうにか追い払えそうだがな」
「でも……あの爪痕の主がいないですね」
エレナの言葉にハッとした彼らは近くの岩に目を向けた。そこには調査報告通りの巨大な爪痕があるが、これまで出てきた魔物ではまったく大きさが足りていなかった。
『――!』
「また来たな」
しばらくすると谷の奥から唸り声が聞こえ、四人は岩陰から出て次の群れを待ち構える。
「待て、あれは――」
だが現れたその群れは、さっきのものとは違った。小型の魔物たちに囲まれ、見上げるほどの巨大な影が、ゆっくりと姿を現したのだ。
『――!』
「なんだよ、こいつだけやけにデケェな」
ダリウスが呆気に取られたような声を上げるが無理もない。その体躯は他の魔物の五倍程度もあり、身体中を無数の鋭い鱗が覆っている。その存在感だけで通常の魔物とは明らかに質が違う存在だと一目で分かるのだ。
「群れの親玉って感じかな?」
「なるほど、あれはこの魔物の爪痕というわけか」
その通り、この魔物の群れにはボスがいる。群れをある程度撤退させると現れるのだが、このボスのHPを一定以下に減らせばクエストクリアだ。
「行くぞ!」
アルバートが声を上げると、三人は同時に動き出した。
しかし彼らはあえてボスを狙わない。あのボスはその大きさゆえに動きが遅い。まずは周囲の取り巻きから狙うのがセオリーなのだ。ボスの大振りの攻撃を避けながら群れを追い立てるように誘導していくと、魔物たちは徐々に行き場を無くし追い詰められていく。
魔物は機動力こそ高いが、狭い場所で密集すれば動きは鈍る。そこを囲むように一気に攻撃すると、取り巻きたちはあっという間に散り、谷の奥へ逃げていった。
『――!』
「残りは、この親玉だけだな」
三人はボスと向かい合った。相手はそれなりに強いが、レベルを上げた彼らにとっては十分に対処できる相手だ。
『――、――!!』
魔物の咆哮と共に戦闘が始まった。……ただ、今回は簡単に終わらせるつもりはない。
「くっ、鱗が硬いな……!」
アルバートが演技をしつつ、剣の振りをわざと浅くし、威力を抑える。このクエストを利用してエレナの力を確認するため、瞬殺しないよう事前に話をしていた。攻撃力の高い彼が加減するだけでも時間稼ぎ程度なら十分だ。
……さて、ボスはもういいだろう。私が見たいのはエレナの動きだ。
アルバートの後ろに待機する彼女に目を向ける。相変わらず戦闘に参加せず離れた位置にいるが、そろそろ動くと私は踏んでいる。どうだろうか。
しばらく様子を見ていると、彼女は苦戦している(ように見える)三人を確認し、一瞬だけ不敵な笑みを浮かべ、前に出た。……よし、来た来た。
「みなさん、私に任せてください!」
彼女がその言葉と共に魔術を放つと、峡谷一帯が眩い光に包まれた。




