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【連載版】このゲームをやり尽くした私を断罪する? どうぞどうぞ、やってみてくださいな。【三章更新中】  作者: 折巻 絡
三章

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「うぅ……」


 こうなるから、このイベントについて話すのを躊躇っていたのだ。アルバートのことだ、聞いたら絶対やるって言い出すのが目に見えていた。で、実際にそうなったわけだ。


 でも、このシーンは再現できるわけがない。見てるだけでも激甘だったのに、自分でやるなんて無理だ。


「アルバート、お願いが――」


 本気で頼んで見逃してもらおうと視線を向けると、彼はあたふたする私を見て口角を上げていた。


「どうした? まさか侯爵令嬢ともあろう者が、この程度で怯むのか?」

「それ今関係あります?」


 からかうように彼は楽しげに笑う。悪意などなく、ただ純粋に反応を面白がっているようだ。今の私には厄介極まりないが。


「ルージュ、ほら」


 口調自体は優しいが、容赦なくキッシュを差し出す手には引く気配など微塵もない。……どうやらこれをやらない限り逃げられないらしい。


 それでもなんとか回避できないかと長考していると、少ししょんぼりした表情でアルバートが口を開いた。


「もしや、嫌か?」

「嫌では……ないです、が」

「! そうか!」


 分かりやすく目が輝く。まずい、悲しそうな顔をするから思わず口に出してしまった。


 で、言ってしまったからには、もう引き下がれないわけで。


「……」


 覚悟を決めろ、私。これ以上引き延ばしたら、余計に恥ずかしくなるだけだ。


 ――ええい、ままよ!


 目を閉じ、差し出されたキッシュをそっと口に運び、咀嚼する。


「どうだ?」

「……おいしいです」

「そうか!」


 嘘だ。本当は緊張しすぎて味など全く分からなかった。目を合わせられずに視線を逸らすと、対面から小さな笑い声が聞こえる。


「ちょっと、何楽しんでるんですか」

「たまにはいいだろう? こんなルージュ、滅多に見られないからな」

「……そうかもしれないですけど」


 軽く抗議をすると、アルバートは満足そうに目を細めた。


 こうなる可能性を考えて、念のためバッチリ変装してきたのである。こんなやり取りを運悪くクラスメイトに見られたら『仲良くデートしてた』と噂になるだろう。不仲の設定が台無しだ。


 ……なんだろう。自分で言ってて恥ずかしくなってきた。手元のケーキに目を向けて現実逃避しているとアルバートが問いかけてくる。


「それで、次はどうするんだ?」

「次はお返しに……」

「お返しに?」


 お返しに主人公がセシルに『あーん』するのである。


「アルバート。次はあなたの番です」


 ……ここまで来たらもう一緒だろう。どうにでもなれだ。大丈夫、勢いでやればいける!


 目の前の皿のチョコケーキを一口分取り、フォークでアルバートの前に差し出す。


「はい、どうぞ!」

「うむ」


 軽く頷くと、アルバートは躊躇いなく食べた。うわ、顔良。


 ただケーキを食べているだけなのに、ひとつひとつの仕草が完成された美しさだ。改めて顔が良いなと思う。さすが乙女ゲームの攻略対象……!


 しばらくぼーっと見入っていると、不意に目が合って我に帰った。


「あっ、ど、どうですか?」

「……」

「もしかして口に合わなかったり――」

「いや、そんなことはないが……ふふ」


 アルバートは楽しげな声を上げた後、少し声を抑えて続けた。


「ルージュよ。さては、俺に気を遣ったな?」

「!」


 その一言にハッとする。これはビターチョコケーキ。つまり甘さ控えめだ。メニューを見て、アルバートは甘い物が苦手だから出来るだけ甘くないケーキにしたのだ。食べてもらうならば、その方がいいから。


 問題は、それを自然にやっていたことだ。彼の好みに合わせて選んでいた――無意識のうちに。


 ……これってアルバートから見たら、私がこのイベントをやる気満々だったみたいに見えるんじゃない!?


 それに気がついた瞬間、頬がすごい勢いで熱くなる。多分、フォークを握る指先まで赤くなっている。


「ぐ、偶然ですからね!?」

「では、そういうことにしておこう」

「いや本当に偶然で……!」


 ダメだ、完全にバレている。思わず両手で顔を覆う。指の隙間から様子を伺うとアルバートは嬉しそうに笑っていた。めちゃくちゃ恥ずかしいのだが、その笑顔を見ると……まあ、いいかと思えてしまう。


 そんな感じで、もう既に精神がピンチだ。けれど、このデートイベントはまだ途中。


「この後に、もう一つの山場が待っています」

「ほう。どうなるんだ?」


 期待たっぷりの目でアルバートが尋ねてくる。それに対して私は小さく息を吸い込み、口を開いた。


「二人が一緒に演奏するんです」


 そう言って視線を店の中央に向ける。そこにあるのは黒く艶めくピアノ。このイベントは、エレナがあのピアノに気づくところから始まる。



 ――少しだけ弾いてもいいかと店員に尋ねるエレナ。店員は快く頷き、彼女は鍵盤に触れる。その指先から奏でられた旋律は、温かくて優しかった。一曲弾き終えると彼女は、


「小さい頃に少しだけ習っていて。ピアノの先生になりたかったこともあるんです」


 とセシルに話す。その言葉に彼は少し驚いたように目を瞬かせ、


「なら、少し一緒に演奏してみないかい?」


 と提案するのだ。


 そして、セシルは携えていたバイオリンを取り出し、即興で二人は演奏をする。


 ピアノとバイオリンの音が重なり、穏やかな時間が流れる。そんな中、二人は互いを見つめ合いながら微笑むのだった――



「という感じで……」


 これはセシルルートの名シーン。なのに説明しながら、少しだけ胸の奥がもやもやした。あんなふうに演奏できる彼女が羨ましいと思ってしまったのだ。私にはこれを再現することはできないから。


「ふむ。ピアノか」


 静かになった私を見たアルバートは小さく呟き、立ち上がった。そのまま真っ直ぐピアノへと歩いていく。


 そして店員に短く声をかけ、軽く会釈を交わすと、彼は迷いなく椅子に腰を下ろした。私は慌てて立ち上がり、彼のそばへと歩み寄る。


「弾くんですか……というか、弾けるんですか?」

「ああ。少しだけだが」


 そう言うと彼は軽く息を吐き、静かに鍵盤に指を乗せた。


 その瞬間、店内のざわめきがふっと遠のいた気がした。彼が鍵盤に触れるたびに澄んだ音が店内に広がる。指の動きは迷いがなく、強弱のつけ方も自然だ。


「……すごい」


 派手な演奏ではないが、思わず聴き入ってしまう。まさかピアノを弾けるとは思わなかった。


 見つめているとアルバートは一曲弾き終え、口を開いた。


「ふむ、こんなところか。王族の教育の一環で習っていた時期があったのだが、得意というほどでもないからな。案外、普通だろう?」

「これが普通……?」


 確かにプロには及ばないだろうけど、普通とはいえないほど上手く弾けていると思う。


「アルバートは普通のハードルが高過ぎるんですよ」

「そうか?」

「そうです」


 おそらく努力してどうにかしてきたのだろう。だけどそれを見せびらかさず、さらりとやってのけるのがこの人らしい。


「ルージュも弾いてみるか?」

「いえ、私は……遠慮しておきます」


 まともに弾けないからと言う前に、アルバートが不満げにぼそりと呟いた。


「セシルとは弾いていたのに、か」

「見てたんですか?」

「うむ」


 まさかあの時の様子を見られていたとは。まあ、あの『バイオリンを池に投げるフリ作戦』の件では彼にも協力してもらったのだから、見に来ていてもおかしくはない。


「俺では不満か?」

「そういうわけでは……」

「では何だ?」


 少しだけ目を細めて問いかけてくる。これはアレだ。この人、拗ねてる。


「もう、拗ねないでくださいよ」

「……拗ねてなどはいない」


 アルバートは少しムッとしたように答えた。どう見ても拗ねていらっしゃるやつだ。私は苦笑しながら言葉を続けた。


「私、全っ然弾けませんよ? それでもいいですか?」

「構わない」

「分かりました。弾きます」


 仕方ない、観念して弾くことにする。変装してるし、下手くそでもみんなにはバレはしないのだから別にいいだろう。


 アルバートが少し体をずらし、椅子の隣を空けた。小さく頷き、恐る恐るそこに腰を下ろす。


 ……いや待って近い。肩が触れそうで落ち着かないし、気を逸らすように鍵盤見ても、どこから手を出せばいいのか全く分からない。


「適当に弾いてみてくれ」

「え、適当に?」

「とにかく音を出すことが大事だ」

「それで大丈夫なんですか?」


 困惑しながら聞き返すと、彼は肩をすくめて笑った。


「大丈夫だ、俺が合わせる」

「……本当に適当に弾きますよ?」

「いいぞ」


 言われるがまま、おそるおそる鍵盤に指を置くと指先にひんやりとした感触が伝わる。思い切って一音を鳴らすと、想像していたよりも柔らかい音が返ってきた。


 その瞬間、アルバートが隣で同じ音を拾うように和音を重ねる。


「!」


 ぎこちなく次の音を鳴らすと、彼はそれに合わせてさらに音を足す。


 演奏というには拙いことに変わりはないが、なんだかそれっぽく聞こえないこともない。顔を上げ隣を見ると、アルバートがわずかに微笑んでいた。


「悪くないだろう?」

「そうですね、意外と……楽しいです」


 最初は音がばらばらだったが、彼が合わせてくれるうちに形になっていく。上手くはないのに不思議と心地よくて、気づけば夢中になっていた。


 音を出すたびに、気持ちが通じ合うような感覚で、ただ音を鳴らすだけなのに、それだけで嬉しくなってしまう。


 隣に座る温もりを感じながら、こんな時間をまた過ごせたらいい――そう思った。


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