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【連載版】このゲームをやり尽くした私を断罪する? どうぞどうぞ、やってみてくださいな。【三章更新中】  作者: 折巻 絡
三章

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 耳元をかすめた低い声に、反射的に体が跳ね上がった。


「――っ」


 慌てて口を押さえ、建物の陰に身を滑り込ませる。振り返ると、腕を組んだアルバートが壁にもたれていた。


「お、驚かせないでくださいよ……!」


 心臓が飛び出るかと思ったし、セシルに見つかったらどうするつもりだったんだ。


「それはすまなかった」


 急いでアルバートにも認識阻害を施し、改めて向き直る。


「それで、いつからここにいたんです?」

「あの二人が話し出したところだ」

「……ほぼ初めからでは?」


 私は小さくため息をついた。それなら先に声をかけてほしかったのだが。


「そもそもなぜこちらに?」

「ルージュがこそこそと動いていたのを見かけて、さては何かあるのかと……まあ、偶然だ」


 本当か?


 ……というか、普通に私のことが見えているということは、認識阻害が効いてないのか。さてはあの大精霊の時からかなりレベルを上げたな? 


「で、ルージュの薬草に危険物が紛れ込む予定だが、大丈夫なのか?」

「先にわかってるんですから。なんとでもできますよ」


 対処法はすでに頭にある。私は口元をわずかに吊り上げた。


「むしろ、あの草が私の目の前に来るなんて……またとないチャンスです」


 鴨がネギを背負って突っ込んでくるとはね。


「ですが、問題は他のところにあります」


 彼女が私を貶めようと仕掛けてくることは想定のうち。問題はセシルが巻き込まれていることだ。このままでは傷つくのは彼自身になる。


「そもそも、あいつは何故エレナに従っているんだ? 自分が何をしているのか理解していないわけではないのだろう?」

「……そうですね」


 私たちはセシルから離れ、人目のない場所へ移動した。


「簡単に言えば……今の彼は自分の意志を持てずにいるんです」


 間違いと分かっていても、誰かに従っている方が楽だ。だから彼はエレナに依存してしまっている。


 そう説明すると、アルバートは眉を寄せた。


「魔術試験でのお前への妨害も、その延長か」

「おそらく。彼自身にそんな意図はなかったはずですから」


 今のセシルは自分と向き合うことを避けている。彼自身も、それが良くないことだと理解しているが、自分の足で立つきっかけがなければ、いつまでも他者に縋るしかない。


「……これが、セシルルートの裏側です」


 ダリウスとは違う。セシルは、立ち止まったまま逃げ続けている人間だった。


「ゲームではどうやって克服したんだ?」


 きっかけ、それは――


「バイオリンを池に投げ込まれたことです」


 アルバートは目を細め、苦笑した。


 エレナを傷つけるために彼女と仲の良いセシルを標的にする。それがルージュの嫌がらせだった。


 脳裏にゲームで見たイベントがよみがえる。あの日――ルージュが彼の大切なバイオリンを盗み、目の前で池に投げ込む場面だ。


 雨上がりで泥に濁った池へ、黒いケースが放り込まれる。波紋が広がり、彼はただ呆然と立ち尽くしていた。


 そこへエレナが駆け寄り、ためらいなく池へ飛び込んだ。衣服も髪も水を吸って重く垂れる。それでも、泥にまみれた手でケースを必死に抱え、ふらつきながら岸に立ち上がった。


 ――その瞬間、彼は『変わらなければ』と心に決めたのだ。


「『誰かのためにそこまでできるのか』と衝撃を受けたんです」


 それは彼にとって、逃げ続けていた自分と向き合うきっかけとなる出来事だった。


「……なるほどな。つまり、今のあいつはきっかけが必要ということか」

「ええ。けれど私にとっては断罪の呼び水にしかならない事件です」


 だから避けてしまっていた。あの時の私は気づかなかった。


 けれど――今なら分かる。


 この出来事でセシルが得たのは『奪われること』ではなく、『それでも取り戻そうとするきっかけ』だった。


 これは、彼にとって大切な出来事だったのだ。


「……もしかして、シナリオ通りに進まないといけないやつなんですかね」


 どうしたものか……いっそ本当に池へ投げ込むべきかと一瞬よぎるが、私は首を振った。そんなことをすれば断罪に一直線だ。なにより、彼の大切な楽器を投げ捨てるなんてできるはずがない。


 ゲームの筋書きに従えば、確かに彼は成長する。だが、その代償はあまりに大きい。それを受け入れる覚悟が、私に本当にあるのか――


「ルージュよ。俺に案があるのだが」

「なんですか?」


 迷いを断ち切れずにいると、アルバートが顔を寄せ、囁いた。


「今のあいつは……ということだろう? ならば――」


 聞こえてきた言葉に私は目を瞬かせる。


「……つまり、一芝居打つと?」

「そういうことだ。なかなか良い案ではないか?」


 筋書きに飲まれる前に、逆に筋書きを利用すればいいと彼は言った。さすがアルバート。そういうところは抜かりない。


 けれど、それは『セシルに偽りの試練を仕掛ける』ことでもある。そんなことをしてよいのだろうか。


「それだと、結局セシルを傷つけることになるじゃないですか」

「ふむ。ならば他にどんな手がある?」

「それは……」


 だけど、他に道が思いつかないならば背に腹は代えられぬ。


 ……やるしかない。


「今回はアルバートの案に乗せてもらいます」

「決まりだな」


 アルバートはそう言うとニヤリと笑った。


「……なんだか悪い顔をしていますね」

「それはお互い様だろう?」


 いや、私は元から悪役顔なだけですからね?


 互いに皮肉を飛ばし合いながらも、腹は決まった。



 ――そして迎えた当日。


 魔術実技の授業が始まる。広い訓練場には魔道具や薬草が整然と並び、生徒たちは思い思いに準備を進めていた。


「さて、」


 私は支給された薬草をじっと見つめていた。


 ちなみに、すでに例の草が紛れ込んでいることは確認済みだ。先ほどセシルがこそこそと混ぜ込む様子を見ていたから。


 案の定、エレナが少し離れた場所からこちらを窺っている。それとは対照的に、その近くにいるセシルの視線は不安そうだ。


 やがて号令が響き、授業が始まった。


 教師の指示通り、生徒たちは一斉に薬草を手に取る。魔力を流し込んで反応を確かめる者もいて、訓練場は薬草の匂いで満ちていった。


 私も薬草を手に取ろうとした。そのとき――


「ルージュ様、それ――」


 慌てて駆け寄るセシルの手を、私はすっと上げて制した。


「今は授業中ですわ。なんのご用です?」

「……その薬草、もう少しちゃんと確認した方がいいんじゃないかなと思ってね」


 飄々とした様子に見えるが、彼は眉間に皺を寄せ、落ち着かない様子で言葉を探している。なるほど。罪悪感に耐えきれず、止めようとしにきたわけか。


 だけど、そうはいかない。


「確認は済んでおります。問題はありませんわ」

「でも――」


 私はあえて穏やかな笑みを浮かべて返した。


「細工されていると? そんなこと、最初から知っていますわ」

「え……?」


 セシルの目が大きく見開かれる。私は口元をわずかに吊り上げ、予想していたとでも言うように微笑んだ。


「ですから……その結果、何が起こるか。そこで黙ってご覧なさい?」

「――っ!?」


 私は魔力を薬草に流し込むと、混ぜ込まれた草が反応し、炎がぱっと立ち上がった。赤橙の火花が弾け、熱風が前髪を揺らす。


 その瞬間、訓練場は一斉にざわめき立った。悲鳴や驚きの声が飛び交い、生徒たちが慌てて後ずさる。


 近くで見ていたセシルがハッとしたように一歩踏み出しかけたが、私が微動だにしないのを見て、足を止めた。


「お静かに」


 私は一歩も動じず、すぐに氷の魔術を重ねる。炎はしゅんと音を立てて消え、残った灰の中できらりと結晶が光った。


 小粒ながら澄んだ光を放つ結晶。


 ……ただの結晶ではない。実はこれ、かなりのレアアイテムなのだ。


 この草を発火させ、急冷することで得られる結晶体で、とある秘薬の重要な材料となる。


 しかしこれは行商人がたまに持ち込む程度で、入手が難しいという欠点があった。そのため、私はずっと手に入らず困っていたのだ。


 それが向こうから転がり込むとは、なんという幸運!


「これは偶然ではありませんわ」


 私は指先で小さな結晶を拾い上げ、静かに告げた。


「珍しい草が紛れ込んでいましたので……せっかくですし、実験を兼ねて皆様にお見せしましたの」


 優雅に言い放つと、教師は目を丸くし、生徒たちは感嘆の声を漏らした。尊敬と羨望の視線が一斉に私へ注がれる。


 それを受けながら私は微笑み、涼しい顔のまま結晶を小瓶に収めた。もちろんこれは私のもの。内心ウキウキである。


 というわけで、私を失敗させるはずが、成果はすべて私のものとなった。


 残念でしたね、エレナさん。むしろレアアイテムを手に入れる機会を作ってくれてありがとう。


 ちらりと視線を送ると、エレナは凍りついたように立ち尽くし、悔しげに唇を噛みしめていた。……よし。ひとまずこちらの用は片付いた。


 私はその姿を一瞥し、背筋を伸ばす。そして、呆然と口を開けているセシルに目を向けた。


 ――次はこっちだ。


「セシル様。放課後――少しお時間をいただけますか?」

「……構わないよ」


 彼は一瞬ためらったのち、小さく頷いた。


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