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「というわけで――見てくださいアルバート、この素晴らしい戦利品を!」
「おお……!」
テーブルに並べた魔道具たちをアルバートが顎に手を当て、じっと観察する。
「初めて見るものばかりだな。これが例の店の商品か」
「はい! いい買い物ができました」
魔道具屋の建物自体は以前からあったが、長らく閉ざされていた。ゲーム通り、舞踏会の後に開いたばかりのその店は、並ぶ品のほとんどが隣国製のアイテムだ。物珍しいと思うのは当然である。
「輸入品ですし、国内ではなかなか手に入りませんから」
「なるほどな。だがこれは魔道具なのか? そうは見えんが……」
彼が不思議そうに呟く。それもそのはず。並べられた魔道具のごく一部は、一見するとただの古びたガラクタにしか見えないのだ。
鎖の切れかけた鈍色のペンダント、道端に転がってそうな石ころ、煤けた木の板……どう見ても魔道具には見えないだろう。だが、その奥に宿る魔力は一級品だ。
「貴重品ですからね。あえて骨董品にしか見えないように巧妙に細工されていまして。……どれも便利なんです。例えばこれ」
石ころを手に取ると、手のひらの上で青白く脈打った。
「身につければ水中でも呼吸ができます」
「なんと!」
「しかもこれ、湖の底の隠しダンジョンに行くための鍵なんです」
「どこの湖だ、今すぐ――!」
椅子から半ば立ち上がるアルバートに、思わず吹き出しそうになる。すごい食いつきだ。落ち着け。
「後で一緒に行きましょう、後で」
奥にレアアイテムが眠っているものの、出てくる魔物が強いのでちゃんと準備してからと言うと、彼はおとなしく座った。
ちなみにこの石は、あの施錠棚の中にあった一点物。本来なら物語終盤にしか手に入らない代物だ。それを今ここに持っているのは、ラリマー侯爵令嬢という立場を利用したからにほかならない。権力の乱用? はい、その通りです。
けれど、今は迷っていられない。次の一手を誤れば、物語どおりに破滅へ突き進むしかなくなる。
今回買ったのは、どれもこれもシナリオ攻略に役立つ品ばかり。最善手を取るため、多少の後ろめたさは飲み込む。使える物は遠慮なく使わせてもらおう。
他にも珍しい魔道具をいくつか取り出して見せると、アルバートは子供のように目を輝かせた。
どれも魅力的な品だ。ただし、それだけではない。しばらく説明を続けた後、私はふっと言葉を切った。
――さて、ここからが本題だ。
「……実は」
わざと声を落とし、アルバートを覗き込む。
「これ、全部密輸品なんです」
「なっ……!?」
きれいに固まった表情を見て、私は肩をすくめた。
正真正銘の本物――だが、関税をすり抜けた裏物だ。盗品でも偽物でもないだけに、なお始末が悪い。
「どうやら輸入途中の業者が仕組んでいるようで、その分を着服してるらしいです」
「ほう……? 処罰するか」
「ええ。ですが、気をつけてください。一部を捕らえても代わりが出ます。流通網ごと断たなければ意味がありません」
突き詰めれば国境管理の問題に行き着く。『異変』で監視が緩んだ今なら、業者は好き放題に抜けられる。しかも流れているのは、この魔道具だけにとどまらない。
「他の商店にも密輸品が大量に潜んでいまして。……おそらく国境の貴族が黙認しているはずです。でなければ、こんなに流れ込むはずがありませんから」
「なおさら、早急に対策をせねばな」
「お願いしますね」
軽く微笑んで返す。実は今のうちに、このルートを密かに潰しておきたいという事情もあったり――
「放っておくと、どこかの侯爵家辺りが利用して勢力を広げるだろうからな」
「……あはは。ご明察です」
どうやら全部バレているらしい。さすがアルバート。
そう。これは国のためだけの話ではなく、私自身にとっても切実な問題だった。
国境の貴族の背後にいるのはラリマー侯爵家、つまり私の両親だ。まだ表立って動いてはいないが、『利用する側』に回る危険は常にある。
だからこそ今のうちに、その芽を根から摘み取らねばならない。
「あ、今回買った商品の関税については、私が個人的に納めておきますので」
「真面目か」
不正品と知っていて買った以上、後ろめたさはある。それを告げると、彼はニヤリと笑った。
「安心しろ。その分は、件の業者と貴族から根こそぎ吐き出させる」
「た、頼もしいです」
……いや、頼もしいどころかちょっと怖い。変なスイッチを入れてしまった気がするが、その勢いのまま突っ走ってくれるなら好都合だ。
関係者は震えて待つことになるだろう。
気がつけば、窓から差し込む光は赤みを帯びていた。
「もうこんな時間ですか」
今日伝えるべきことは伝えたし、魔道具の説明も一通り済んだ。そろそろ帰らせていただこう。
「では、今日はこの辺で――」
そう言って立ち上がりかけた瞬間、制止する声が飛んできた。
「待て、ルージュよ。何か忘れてはいないか?」
「……はい。黒幕の話ですね」
観念して座り直す。テーブルの上の魔道具を箱に片付けつつ、さりげなく話を終わらせてみようとしたが、誤魔化せなかったらしい。
「奴の様子を見てきたのだろう? ルージュが買い物だけで済ませるとは思えん」
「お察しの通りです」
アルバートの私に対する解像度はだいぶ上がっているようだ。
確かに私があの店に向かった理由は商品購入だけではない。黒幕が無事かどうかを確認するためでもあった。
「その様子だと問題はなかったのだろうが」
「でなければ買えませんからね」
黒幕が無事でないと困る理由の一つがこれだ。彼が生きているからこそ、あの魔道具屋は成り立つのだ。幸い命に別状はなさそうで、ほっとしているが……敵の無事を喜ぶとは、妙な話だ。
ちなみに店に行くことは、事前に伝えてある。案の定ついて行きたがったので、それは断固として止めた。
「やはりダメか?」
「この国を恨んでる相手の店に、よりによって王太子が行くなんて、正気じゃありませんよ?」
煽りすぎにも程がある。キレられても知らんぞ。
「冗談だ、冗談。しかし……恨み、か」
アルバートは箱の中に収められた魔道具を見つめ、真面目な声色で続ける。
「奴はイクリール家の者だろう? どうしてそこまでこの国を恨んでいる? 国外追放からだいぶ時間が経ってるはずだが」
彼のその疑問はもっともだ。だけど、それにはちゃんと理由がある……のだが。
「それは……」
答えを探して逡巡しているのが表情に出たのだろう。すぐに彼は気を遣うように言葉を継いだ。
「ルージュよ。昨日から黒幕の話を避けているように思えるのだが、もしや話しにくいことでもあるのか?」
「……そうですね」
見抜かれているならこれ以上隠しても仕方ないだろう。素直に頷いて、今度はこちらから問いを投げた。
「追放された理由、ご存じですか?」
「確か『政治的不正』と伝わっているが……違うのか?」
「……そんな単純な設定で、このゲームの敵キャラが務まると思います?」
私の言葉にアルバートはしばらく考えた後、神妙に口を開いた。
「思わないな」
ですよね。思い当たる節があるらしい。
「本当のことを知りたいですか?」
問いかけると彼は数秒目を閉じ、それから私を見て静かに頷いた。
「ああ」
その様子に迷いはない。ならば私も覚悟を決めるしかないか。
「では、お話ししましょう。ただし――その前に」
私は立ち上がり、窓の外へ視線を向けた。これから語るのは、彼にとっても、この国にとっても避けられない真実だ。
そこに選択肢はない。
「場所を変えましょう」
彼に見せなければならないものがある。
明日も更新します




