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【連載版】このゲームをやり尽くした私を断罪する? どうぞどうぞ、やってみてくださいな。【三章更新中】  作者: 折巻 絡
一章

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8/92

 

「本日より、アルバート殿下の命により領主様の補佐としてお仕えすることとなりましたウォルターと申します」


 夏のある日、侯爵家にひとりの男がやって来た。澄み渡る青空の下、その男は背筋を伸ばし自信に満ちた清々しい笑顔を浮かべている。


「このような名誉ある役目を頂き、大変光栄に存じます。未熟者ではございますが、ご期待に応えられるよう誠心誠意尽力いたしますので、何卒よろしくお願い申し上げます」


 まるで舞台の上で台詞を読むかのように滑らかで落ち着いた声だ。その場に居合わせた使用人が彼の存在感に一瞬息をのむ。


 ちらりと横を見るとノアはまるでその雰囲気に微塵も影響されないような無表情で静かにウォルターを見つめていた。うん、至って通常運転だ。何を考えているのかはやっぱりわからない。


 彼とは今や帰省のたびに挨拶をする程度の仲である。果たしてこれは仲良くなれたといっていいのか……?


 そして逆側に目を向けると案の定、両親の様子が妙だった。普段の彼らはもっと上品で冷静な態度を崩さないのに今日はぎこちない振る舞いが目立つ。母は笑顔を貼りつけたまま目線を合わせず、父は短く相槌を打つだけで何やら居心地悪そうにしていた。計画通りである。


 ウォルターの歓迎は表向きは穏やかに進んでいたが、背後に漂う緊張感は隠しきれない。流石に理解しているのだろう、彼がアルバートの命令によりここに来たことの意味を。


 どうします? これでも今まで通りいられるものなら、是非やってみてください。


 口元が自然と歪む。……おっと危ない。思わず悪役令嬢感を出してしまうところだった。穏やかな微笑みに切り替えよう。


 さて、どうして我が家に彼が来たのか。そのきっかけは数週間前に遡る。




「贔屓の商人からの賄賂の受け取りに税金の横領。これは……密輸の黙認か。侯爵殿は随分と好き放題しているようだな」

「これでも序の口なんですよ。これからもっと酷くなります」

「なんと」


 アルバートの表情が険しくなる。


 私たちは今、学園内の個室で今後の――特に『侯爵家の汚職』に対する作戦会議をしているのだ。目の前の机上には私が持ってきた報告書が広げられており、彼はそれを見て感心したように呟いた。


「それにしても、よくここまでの証拠を集めてこれたな」

「最初から知ってましたので」

「これもか」


 そうです。どうしてこんなにも簡単に情報を集められたのかといえば、それはやっぱりゲームでやったことがあるからです。


 ノアルートでは侯爵家の悪事を暴くために証拠を集めるクエストがある。操作キャラがノアに代わり、彼の視点で侯爵家の中を探索するのだ。父の執務室の本棚、机の中、そして地下倉庫。これらの場所はゲームのシナリオ通りに進めば重要な証拠が見つかるスポット。私はその内容を詳細まで覚えていたため侯爵家の中にどんな不正の証拠が隠されているか、どこに何が保管されているかは最初からすべてお見通しだった。


 両親がルージュのことを何もできないだろうと甘く見ていることもあり、私はあまり苦労することなくひそかにこれらの場所に侵入して必要な書類を発見。そしてゲームの知識と実際の証拠とを照合しながら簡潔な報告書にまとめるのはほんの数日の作業だった。楽勝楽勝。


 両親へ。機密情報はもう少ししっかりと管理しましょう。セキュリティー意識が低すぎです。



 アルバートは報告書をめくりながらますます表情を険しくしていくが、先ほど言ったように今回私が報告した証拠はまだ序章に過ぎない。実際にはこの先二年間で侯爵家はさらに大胆な悪事を働くことになる。


 領民の土地を不当に奪いその土地を売り払う。贈り物を強要し拒否した者には厳しい罰を与える。違法な貿易の黙認や軍事費を横領。特定の商人に特権を与え、気に入らない商人は追放する。公共事業の契約は全て裏取引で不正に分配し、その背後で莫大な賄賂を受け取る……等々。


 これらすべての目的はひとえに贅沢三昧。つまり私利私欲のためだ。特に浪費癖が激しい母は、華美な生活を続けるために領民から金を搾り取ることに一切のためらいがなかった。貴族の名誉や責任などはどうでもよくただ己の欲望を満たすために手段を選ばない女。そんな母と上っ面の権力至上主義の父が実権を握る、それが侯爵家の実態だった。まさに悪役。


 ゲームのシナリオで断罪しやすくするためだとしても、少々盛り過ぎではないのかと思うほどの悪事のオンパレードである。


「こんなことが……あるのか……」


 それを伝えるとアルバートは明らかにドン引きしていた。当たり前だよね。自分の婚約者の実家がまさかこんなとんでもない家だとは思わないだろうし。


「それで、ここまでくるとさすがに私一人じゃどうにもできないんですよね~」


 私はため息をつきながら言った。


 このようなとんでもない量の悪事を長期間にわたってバレずに続けるのだから両親もそれなりに頭が切れるのだ。ゲームでも終盤まで決定的な証拠を掴むことができず、国も断罪の直前まで悪事の全貌を把握できていなかったほどだった。そもそも攻略対象によっては侯爵家自体は断罪されずに逃げ切っている。恐ろしや。


 なので私が一人で動いたとしても止めることはおろか巻き込まれて加担させられる可能性もある。


 最悪の場合、証拠隠滅のために消されるんじゃないかと思ったり。ぶっちゃけ怖い。


「ということで、アルバートに悪事の監視と抑制をお願いしたいというわけです」

「なるほどな、理解した」


 その後、アルバートはしばらく考え込んでいたが、やがて「監視なら、適任者がいる」と言ってすぐに手配してくれたのだ。


 それが先ほど我が家に『新人』として現れたウォルターだった。




 ――その姿を見た瞬間に私はゲームのことを思い出して内心頭を抱えた。


 まさかアルバートがこの男を派遣してくるとは完全に想定外だったのだ。


 彼の名前はウォルター。家名は設定集でも明かされていないので不明。そもそもウォルターという名も本名かどうかも不明という怪しさ満点のキャラクターだ。年齢も不明だが外見から恐らく私より少し上程度だと思う。多分。


 彼はアルバートの従者の一人であり、王家に仕える隠密だ。よく『王家の影』と呼ばれる存在が物語にいると思うが、それである。


 そしてアルバートルートではルージュを断罪するため彼女に近づき淡々と証拠集めをしていた切れ者でもある。あの時はお世話になりました。


 確かに監視には適任だ。ゲームでもやってたのでその実力に不安はない。


 ではなぜ頭を抱えたのかといえば、敵のイメージが強いから。もっと正確に言えば『完全な味方』だと思えなかったからだ。実はウォルターはルージュだけでなく主人公にも友好的に近づく一方、その裏では彼女の行動を監視しアルバートに逐一報告していたのだ。


 爽やかな笑顔の裏で何を隠しているのかわからない人間、なんとなく中盤で裏切りそうなやつ。しかも普段は人当たりが良いからより厄介なタイプの。


 そんな彼が我が家に? 違う人じゃダメですか? そうですか。


 余談だが普段は猫をかぶり爽やかな顔をしているが中身は結構チャラい。攻略対象ではないものの一部のプレイヤーに人気があった。それはなんかわかる。


 とにかく、そんな彼を『新人の教育』という名目で父の補佐につけ、加えて毎月抜き打ちの監査を送るというのがアルバートの作戦だ。この監査はウォルターの業務に対するものという名目で行われる。


 つまり侯爵家を内外から監視するというスタイルだ。両親にとっては相当な圧力をかけられるだろう。


 これは他ならぬアルバートからの直々のお願いであったため、父も断れずに渋々承諾したらしい。母はそのことに対して散々喚き散らしていたが、王太子である彼との関係は侯爵家の行く先を左右しかねないと首を縦に振るしかなかったようだ。中々いい作戦だ。いいぞもっとやれ。


 これでしばらくは様子見。王家の監視下に置かれた両親がこれまで通りの悪事を続けられるかどうか見物である。




「ルージュ様」

「!?」


 一仕事終えてのんびり屋敷の中を歩いていた私は突然、背後からウォルターに声をかけられた。何事かと思い振り返ると、彼の爽やかな笑顔がそこにあった。え、何? 急にどうした? ていうか気配が全然なかった。超怖いんだけど……!


「ど、どうかなさいましたか?」

「いえ、最近少し雰囲気がお変わりになったとの風の噂を耳にしまして。個人的に気になりましたもので、つい」


 ……はい!?


 心臓が一瞬跳ね上がる。うおおおお急に何を言い出すんだこいつ! そもそもそんな噂どこから!? やばいやばい今は落ち着け!


「あ、あら、そうでしたのね。ですがわたくしは特に何も変わりませんわ。どなたがおっしゃっていたのかはわかりませんが、きっとその方の気のせいでしょう」

「そうでしたか。噂は噂でしかないということですね。妙なことをお訊ねしてしまい申し訳ありませんでした」


 私はなるべく穏やかに平然を装って答えたが、ウォルターの目はじっと私を見つめていた。その瞳の奥は笑っていない。


 ひええ、目敏い。まさか中身が別人になったってバレてないよね? あとまさかだけど私も監視対象にされている感じですか? 噓でしょ!? これから帰りづらいんだけど!


 あ、もしかして目の届かないところで私が何かやらかさないか監視しようとしてるのかアルバートよ。そうだとしたら恨むぞ。覚えてろよ。


「それでは、失礼いたします」


 冷や汗をかきながら戦々恐々としている私に対し、ウォルターは滑らかに一礼して去っていく。その背中を見送りながら心の中で思わずため息をついた。


 ……あの腹黒王太子め。とんでもない相手を送り込んできやがったな。


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