表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】このゲームをやり尽くした私を断罪する? どうぞどうぞ、やってみてくださいな。【三章更新中】  作者: 折巻 絡
三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/92

79

 

 黒幕が片手をひらりと翻した瞬間、紫がかった衝撃波が空気を切り裂き、セシルめがけて走る。


「くっ!」


 彼はギリギリで身を捻り、滑るように床を蹴ってかわす。反撃に淡青色の魔力を撃ち込むが、黒幕は一歩も退かず、傷一つ負っていなかった。


「弱いですね。その程度の力で、私を止められると本気でお思いです?」

「……っ」


 黒幕が口の端を持ち上げ、嘲笑する。セシルは眉間に皺を寄せ、一瞬だけ視線を落としたが、すぐに顔を上げた。


「そんなこと、やってみなければ分かりません」

「はは……それはそれは」


 けれど黒幕はさらに楽しそうに笑うだけだ。私はセシルの腕を軽く引き、数歩後ろへ下がる。


 ……さて。なぜ、この黒幕をここで倒してはいけないのかといえば答えは単純。物語終盤に必要になる人物だからだ。ここで倒せば展開が狂うため、絶対に生かさねばならない。


 ゲームでの彼は現時点は倒せず、一定のダメージで自動的に撤退する仕様があったが、今は現実。鍛えた私の力なら、うっかりすれば普通に倒してしまう。それゆえに私は迂闊に動けない。


 加えて、もう一つ問題がある。


「これならどうです!」


 セシルが指先を鳴らす。魔力が走り、黒幕の足元に現れた魔法陣から光が伸びて絡みつく。だが――


「悪くない試みですが、」


 そう言って黒幕が軽く手で払うと、その光はあっさりと散った。


「なっ……!?」

「小細工は効きませんよ?」


 そう。この黒幕、ボス仕様なので妨害に対してかなりの耐性があるのだ。


 飛んでくる魔術を回避し、体勢を立て直す。ちらりとセシルの様子を見ると、額に汗が滲み、息は荒い。得意の戦術が通じず、しかもレベル差もある。今の彼には荷が重い相手だ。


 ……ならば私はどう動くべきか。武器はない。使えるのは体術と魔術だけ。呼吸を整え、次の動きを思案する。


 ――よし。


「……耳を貸してください」


 セシルの耳元に顔を寄せ、小声で簡潔に指示を出すと、戸惑いながらも彼は頷いた。


「こそこそと何をなさっているのか知りませんが、準備はもうよろしいですか?」


 黒幕の声は絹のように滑らかだが、視線は冷たい。足元に淡い紋章が浮かび、照明を受けてじわりと紫を帯びていく。


「来ます!」


 黒幕がセシルに向けて攻撃しようとした瞬間に合わせ、私は魔術を放った。直線的な一撃は黒幕の肩口に命中し、小さく火花を散らす。


「効きませんね」


 彼は軽く眉を上げただけで、『その程度か』という目をした。……でもこれは作戦の内。そのまま油断していてくれればいい。


 流れはこうだ。まず、黒幕の注意をこちらに引きつけ、セシルへの攻撃を防ぐ。そして次に――


「こちらです」

「ああ、またです? 私にそんなものは……っ!?」


 セシルの声とともに霧のようなものが黒幕の周囲に浮かび上がる。それが絡みつくと、黒幕に集められていた紫の光が揺らいで弱まった。


「……なるほど、そういうことですか」


 黒幕の瞳が不愉快そうに細められる。


 そう。これは直接拘束するのではなく、魔力の流れを鈍らせる――攻撃力を下げるデバフ。実は拘束は弾かれるが、これは通るのだ。これで危険度が大幅に下がる。


 耐性はあっても、完璧ではない。穴があるなら、そこを突けばいい。


 あとは守りに徹しながら撤退するまで地道に削るだけ。……戦い方が地味過ぎる? 無事に勝てればいいのだ。


「……小賢しい真似を」


 黒幕の口元が憎々しげに歪む。


「つまらない感想は結構です。それより、あなたの目的はなんですか?」

「おや、まだお分かりにならないのですか?」


 眉を顰めながらセシルが問いかけると、黒幕はめんどくさそうに口を開いた。


「簡単なこと。この国から『精霊の姫君』を奪うことですよ」

「……『姫君』を……?」


 セシルが何か言いたげにこちらを見たので首を横に振る。流石に私がエレナではないことくらいは既に察しているだろう。


 それに、ここまで来たら『エレナのフリ』の目的は達成している。黒幕を欺き続ける必要もないわけで。


「申し訳ございませんが人違いです。私は『姫君』では――」


 勘違いと分かれば穏便に退いてくれるかも――そう思った矢先、耳に聞き捨てならない言葉が飛び込んだ。


「おや、嘘はいけませんよ。大精霊の加護が最も強い女性が『姫君』でないはずがないでしょう」


 想定外の言葉に思考が止まる。


「……最も強い?」

「ええ。あなたの持つ加護は群を抜いている……それが答えではありませんか?」


 私がエレナより強い加護を持ってるってこと? そんなはず……いや、待て。


『――あ、そうだ。君にはオマケも付けといたよ』


 脳裏に青の大精霊の軽い声が蘇る。あれか。オマケの分で加護が上乗せされていたら、そりゃ一番になるじゃないか!


 完全に忘れていた……こうなると勘違いを解くのは難しいだろう。仕方ない、もう今は私が『精霊の姫君』ってことでいいです。この先のことを考えるのは後回しにして話を戻そう。


「……手を引いてはいただけないのですね」

「ええ、もちろん。……無駄話はこの辺に。どうやら、少々お遊びが過ぎたようです。こちらに来る気は起きましたか?」

「いいえ。お断りします」

「それは残念です。……ふふ、私としてはそれでも構いませんが」

「え?」


 いいの? 言葉の意味が分からず黒幕の顔を見て……背中に寒気が走った。


「なぜなら――最悪、消してしまってもいいのですから」


 ……私たちを見るその目が、いつの間にか獲物を測る狩人のものに変わっていたのだから。


 黒幕の手のひらに集まった紫の光が、強く揺らめきながら脈打つ。空気が唸り、足元の床石がわずかに震えはじめた。


「な、なんで……?」


 ……待って、ゲームとシナリオが違う。


 いやそれより、この予備動作。見覚えしかない。


 私の目の前で紫の魔力が確実に形を成していく。これは間違いなく、この黒幕最大の魔術。だけどそんなはずはない。本来なら、まだ使われないはずだが……まさかゲームでは、手加減していただけってこと? 嘘でしょ?


 ……どちらにせよ、まずい。これが来たら終わる。少なくともセシルが耐えられるような威力じゃない。


「っ、下がって!」


 セシルの前に出て魔力を練り、発動を阻止しようと試みる。だけど黒幕の詠唱は淀みなく、魔力が刃のように研ぎ澄まされていく。


 ――ダメだ、これじゃ間に合わない!


「――破滅を知れ」


 最後の音が広間に落ちた瞬間、紫黒の波が押し寄せ、照明が色を失ったかのように錯覚する。広間の温度が急降下し、耳の奥でキンと高い音が鳴った。


 空間ごと呑み込むような重圧。攻撃力を下げても、なお桁が違う。食らえばタダでは済まない。


 考える前に床を蹴り、右手に魔力を込める。


 だって、止められないなら――砕くしかないじゃないか。


 ……でもこの技を使えるということは、黒幕のレベルが想定より高いかもしれない。だとしたら私の力でいけるだろうか。


 そんな不安が胸の奥によぎった時、ふいに目の前の魔術の波が揺らぎ、勢いが一回り削がれた。


「! これ……!」


 攻撃力低下のデバフ!? 追加で発動してくれた……?


 ――ナイス、セシル! これならばいけるはず!


 私は全力で魔力を練り上げ、そのままの勢いで光に叩きつけた。


『――』


 その瞬間、音が消える。


 そして一瞬の静止の後、ガラスを叩き割ったような破砕音が広間を裂いた。紫黒の塊が、内側から弾け飛んでいく。


「!? ……馬鹿な!」


 黒幕と私の間に、色を失った光の欠片が、はらはらと舞い落ちていく。どんな強い魔術でも、砕ければただの魔力の屑だ。


「――」


 セシルが息をのむ音が耳に入った。彼の視線が私に突き刺さるのを感じるが、今は構っている暇はない。


 魔術を粉砕したなら、次は本命。私は腕をひねり、砕けた光の流れをそのまま導線に使って魔術を一直線に通した。


「は――」


 驚愕をその目に浮かべた黒幕の元へ、閃光が走る。


 回避されるだろうか。いや、それはない。あれだけの大技を放った余韻が残っているなら、確実に反応は半拍遅れる――


「ぐぁ!? あ……がっ……ぅぅぅ……ッ……!」


 ――直撃。黒幕の身体がのけぞり、肩口から赤が飛び散った。


 その体から紫の光が離散し、広間が静まり返る。


 ……。


 ……あ、やばい。やりすぎたかもしれない。


 咄嗟のことだったから、加減がきかなかった。


「……っ、こんな、はずは……!」


 恐る恐る覗くと、黒幕はふらつきながらもこちらを睨んでいる。良かった、倒れてはいない。なら大丈夫……だろうか。


 ゲームより明らかに深手を負わせてしまった気がするが、このダメージではまともな反撃はできないだろう。


 肩から力が抜ける。散った光がまだ雪のように舞っている中、足音と視線を感じ横を見れば、セシルの瞳が驚きで開いていた。


「君は、一体――」

「そこで何をしている!」


 セシルの問いかけを遮るように反対側の通路から声が飛んできた。目を向けるとアルバートとダリウスが入ってくる。


 それを見た黒幕は舌打ちし、私たちから距離を取った。


「……っ、今日のところは引きましょう。次は、必ず」


 その声と同時に、広間の照明がふっと落ち、闇が一瞬で視界を奪った。


 数秒の後、すぐに明かりは戻ったが、もうそこに黒幕の姿はない。代わりに、硬い床を蹴る足音だけが遠ざかっていく。


「くそっ、逃がすかっ!」


 黒幕の背を追って踏み出そうとしたダリウスの肩を、アルバートが掴んだ。


「待て、今は追うな」

「だけど!」

「危険だ。追えば足をすくわれかねん」


 ダリウスは歯を食いしばって止まる。


 そうしているうちに、黒幕の気配は完全に消えた。イベントクリアだ。


 でも、安堵している暇はない。イベントが終わったということは、会場の認識阻害魔術がもうすぐ切れるはず。その前にセシルから離れないと。


 アルバートも『こっちは任せて、はよ行け』みたいな目でこちらを見てるし! 


 ……ということで、私も逃げます!


「助けていただき、本当にありがとうございました! では、私は用事があるのでここで!」

「あ! ちょっと――」


 深く礼をし、踵を返す。セシルの呼び止める声が耳に入ったが、散った光の粒子がまだうっすらと宙に舞っている中、私は振り返らず駆けだした。


 ――この時の私は気づいていなかった。


 セシルがずっと私を見つめていたことに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ