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【連載版】このゲームをやり尽くした私を断罪する? どうぞどうぞ、やってみてくださいな。【三章更新中】  作者: 折巻 絡
三章

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 で、私は今、暗い廊下を走っています。


 誰かが手を引き、靴音と衣擦れがやけに響く。暗闇が薄れ、ぼんやり輪郭だけが見える。ゲーム通りの見慣れた光景――


 だが問題は、なぜこうなったかだ。


 走りながら少しずつ焦りが胸を渦巻く。実はこれ、大分予定が狂っている。


 本来は黒幕を誘導して自力突破するはずだったのだが、明かりが落ちた瞬間、誰かに掴まれて気づけばこの廊下にいた。まるでシナリオに引きずり込まれたようだった。


 おそらく、エレナの役割をなぞったせいだろう。途中から流れを変えられると思っていたが、甘かったらしい。


 そんなことを考えていると、手を引く人物がふいに立ち止まった。


 まあ、過ぎたことは仕方ない。ここから持てる知識を総動員してクリアすればいいだけ……こちとら三桁回クリアしてる猛者ですよ? 舐めてもらっては困る。


 というわけで、まずは現在地を確認。走った距離と曲がった回数からして、ここは建物の裏口付近だ。目印に髪飾りも落としてきたし、アルバートなら気づくはず。展開に支障はない。


 ならば、次の問題。この人は誰だ?


 乱れた息を整える。シナリオ通りなら、この場面で攻略対象が声をかけて――


  「大丈夫? ……怪我は、してない?」


 耳に入ったのは息を切らしながらもこちらを案ずる声。


 ……うん。私には分かる。間違いない。


 この『今は裏切りそうなキャラを演じがちな声優がその昔に演じていた主人公キャラ』みたいな声は――セシルしかありえない!


「っ……はい、大丈夫です。助けてくださってありがとうございます」

「驚かせてごめんね。しばらく僕がそばにいるから、安心して」


 彼の言葉に頷きつつ、私はこの後の展開をどう進めるか思考していた。


 (絶対怒られるだろうが)内情を知っているアルバート、正体をバラしても迷わず協力してくれるだろうダリウスだったら楽だったのに――いや、セシルといえば。


 一つの可能性が脳裏に浮かぶ。もしかしてセシル、かなり使えるのでは?


 良い案が浮かんで思わず唇が綻んだ。不幸中の幸い。読みにくい相手だが、今は一番頼もしい。


 よし、予定変更!


「もしかしたら、さっきの人が……私のことを追ってくるかもしれないです。私、どうしたら……」


 怯えたふりで肩を縮め、声を震わせながらそう呟く。


 これはゲームで実際に怯えたエレナが使う台詞だ。女性に甘い彼なら、これで協力してくれるはず。


 恐る恐る顔を上げると、彼は静かに微笑んで私の肩を軽く支えた。


「大丈夫。君はもう、一人じゃないよ。僕が必ず守るから」


 よし、クリア。その反応を見て、内心でガッツポーズを決める。……彼の優しさを利用するのはちょっと心苦しいが、今は最善を取ろう。


 本来のシナリオではこの後すぐにお互いの正体を開示し合うのだが、私はバラすわけにはいかない。今から私は、か弱きモブ。モブ令嬢だ。



 ――数分後。


「……誰かいるね」


 ひとまず安全な場所に向かおうと歩き出した私たちは、廊下の突き当たりの角を曲がろうとして足を止めていた。


 目を凝らすと、壁にかすかな明かりが揺れてるのが見える。そっと顔を出して先を覗き込むと、奥から何者かが小さな照明を片手にこちらに歩みを進めていた。


「こんなところに生徒がいるわけない」

「まさか、さっきの……」


 ……という茶番は置いておいてネタバレすると、この不審者は黒幕の手先だ。ゲームなら迷わず突っ込む場面だが、今は違う。


「怪しい人かもしれませんし、見つからずに通れれば……」

「それなら僕に任せて」


 そう言うと彼はふっと微笑んで指を鳴らした。敵の足元に淡い光の魔法陣が浮かび、瞬時に動きが止まった。


「今のうちに行こう」


 囁くような声とともに、セシルは私の手を取り、虚な目で固まった人の横をすり抜ける。……よし、上手くいった。


 そう、これがセシルの特技である。


 彼は状態異常などの妨害魔術に特化した、いわゆるデバフ要員。耐性さえなければ格上すら容赦なく効果を通すほど。


 魔術試験で私を妨害できたのも、この力ゆえだ。


「……それにしても、こんなことになるなんて思いもしませんでした」


 敵をやり過ごした私は少し苦笑しながら、そう漏らした。この辺でモブ令嬢として、平凡な感想を語っておく。


「そうだね。招待状が来た時は、まさかこんなことになるなんて……ああ、そうだ」


 彼はそう言うと立ち止まり、じっと私を見つめた。


「今夜みたいに正体を隠した人間を、君は何で判断する?」

「少し難しいご質問ですね。……服装か、話し方でしょうか」


 一般的にはそれで判断できるのではと言うと、彼は小さく首を横に振った。


「僕の考えだけど、外見や言葉遣いよりも、仕草や無意識の動き……見せるつもりのない部分にこそ、本性は出るんじゃないかな」

「見せるつもりのない部分、ですか?」


 想定外の言葉に息を詰める。彼は私から視線を逸らさず続けた。


「正体を隠しても、隠しきれない何かは零れ出る――そう思わない?」

「……!」


 その意味ありげな言い方に思考が止まる。『正体を隠しても、隠しきれない何か』って……


 まさか――(ルージュ)だとバレてる!? 


 ……変な声を出しそうになったがギリギリで堪えた。冷静になれ。よく考えれば接点の少ない彼に分かるはずがない。アルバートですら分からなかったのだから、きっとただの世間話だ。


「た、例えば、どなたか分かりやすい方はいらっしゃいましたか?」

「ダリウス君は知ってるかな? 彼は特に分かりやすかったよ」


 ……でしょうね。確かにダリウスは色々とそのままだった。


 少し気が抜けたが、セシルは私と話しながらも扉の配置に目を配っているし、周囲をよく見ている。油断は禁物だ。本当に見抜かれかねない。


 そんな感じで少し肝は冷えたが、攻略の方は順調だった。幾度となく敵の気配を感じたが、セシルが冷静に魔術で敵の動きを封じ、私たちは音もなく進む。セシル様様だ。


 敵に回すと厄介過ぎるが、味方だとこんなにも頼もしい。


「あんな風に動きを止められるなんて。すごいです」


 私が素直にそう言うと、彼は困ったように肩をすくめた。


「得意分野だからね。……卑怯な手段だと思うけど」

「そんなことありません」


 私は一歩踏み出して、まっすぐに顔を合わせて、彼の目を見て続ける。


「あなたの力は誰も傷つけずにいられる、素晴らしい力です」


 これは紛れもない本心。敵を無駄に傷つけず静かに突破できるのは彼だからこそ。アルバートやダリウスはもちろん、私一人だとしても、こうは行かなかったのだから。


 私の言葉を聞いた彼の目が、ほんの一瞬揺れる。


「……ありがとう。君がそう言ってくれるなら、ちょっと自信になるかも」


 暗闇の中でうっすらと見える彼の笑顔は少しぎこちなく見える。あ、これ嘘だな。ゲームでよく見た顔だ。気を遣って笑ってるだけ。


 だがそれも仕方ないと思う。今の彼は特に自信がない上に、持ち合わせているのは一般的には邪道とされる妨害魔術の才能だ。引け目を感じるのは当然なのかもしれない。


 でも今は、自分の力に自信を持ってもらいたい。だって、この後すぐに彼にはその力を全力で使ってもらう予定なのだ。


 なぜかといえば、次の角を曲がれば、このイベントの最終地点。


 ボス戦なのだから。



「ここは……?」


 曲がった先に辿り着くと、廊下の先に少し広い空間が広がっていた。足を踏み入れるとすぐに怪しげな声が響く。


「――まったく、待ちくたびれましたよ」


 その言葉と共に眩い光が突然空間を照らし出した。目を細めた私の視界の中で、一人の男が静かに現れる。まるでこの瞬間を待っていたかのように、完璧なタイミングで。


 この舞踏会の黒幕が、そこにいた。


「……あなたが彼女に危害を」


 私を射抜く視線を遮るように、セシルが一歩前に出る。その様子を見た黒幕は目を細めた。


「おや、随分と熱心な護衛ですね。ですが、そちらの令嬢は、私にお引き渡し願えますか?」

「……申し訳ありませんが、彼女の意思を尊重します」


 そう言って黒幕を見据えるセシルの声に場に漂う空気が張り詰める。そして、


「無理に奪おうとするなら――相応の覚悟が必要ですよ」


 低く響く声と同時に、セシルの掌から蒼白い魔力が噴き立つ――


 これ! これですよ! このシーンがカッコよくて、特にセシルの場合はこの後に――いや、一旦落ち着こう。ゲームと同じ流れを間近で見るのはテンション上がるけど、今は浮かれている場合じゃない。


「なるほど。覚悟、ですか。ならば力尽くで証明いたしましょう」


 そう言って黒幕は薄く笑いながら、ゆらりとこちらに近づく。


「! ……来るよ。構えて!」

「はい!」


 私は数歩進み、セシルの横に並んで黒幕と対峙する。そして深呼吸し、口元を引き締めた。


 さあ、ここからが本番。


 この黒幕を倒さないように(・・・・・・・)勝利しなければ。


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