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【連載版】このゲームをやり尽くした私を断罪する? どうぞどうぞ、やってみてくださいな。【四章更新中】  作者: 折巻 絡
三章

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 とはいえ踊るつもりはさらさらないわけで。


「――ですが、その前に少しお話ししませんか?」

「……お話、ですか?」


 私の言葉に、目の前の人物は微笑をたたえたまま少し戸惑ったような素振りを見せた。


「はい。お誘いはありがたいのですが、ダンスは、あまり慣れていなくて」


 私は少し心の準備が必要だと続け、申し訳なさそうに軽く視線を落とす。


「こんな舞踏会も今夜が初めてなんです。だから、お上手な方とご一緒するなんて、恐れ多くて……」


 言葉尻を窄めて目を伏せる。それだけで『らしく』見えるはずだ。『精霊の姫君』は平民だということは既に広く知れ渡っている。踊れなくてもおかしくないわけで。


「――そうなのですね」


 案の定、「構いませんよ」と言いながら黒幕は微かに目を細めた。……よし。


 貴族の子息たちが集まるこの空間で、『踊れない』『舞踏会が初めて』は、ほぼ平民の証。狙い通り、私をエレナだと誤認しただろう。


 ……別に嘘を言ってはいない。踊れないのは(不本意だが)本当だし、こんな(・・・)舞踏会は初めてだ。


 私は黒幕の差し出す手を借りてダンスの輪からそっと抜け出し、会場の隅に向かう。煌びやかな中心から少し距離を取れば、音楽も遠く、耳に届くのはかすかなざわめきだけ。ほどよく人目も少なく、会話にはぴったりの場所だ。


 さて、なぜ私がわざわざエレナのフリをしてまで黒幕と接触したのかといえば、答えは簡単。情報が欲しいからだ。


 それに、どのパターンでもやり方は分かっているし、本物のエレナを余計な危険に晒さずに済むというメリットもある。彼女のことは攻略対象たちがどうにかしてくれるだろう。


 この作戦は私の独断。アルバートに怒られる未来は見えている。が、今は突き進むしかない。怒られるのは後で。


 というわけで、これからするのは『姫君』の演技。ちゃんと平民の少女に見せかけなければ。


「……どこを見ても綺麗で、目が泳いじゃって。こういう場、どう振る舞えばいいか分からなくて……つい緊張してしまって」


 はにかんでみせながら、軽食のテーブルに並べられたグラスを一つ取り、両手で持ってみる。普段の私なら絶対しないような仕草だが、わざとらしくなりすぎないよう、演技の匙加減を探る。


「ですが、初めてとは思えない立ち居振る舞いですよ」

「そ、そうでしょうか。よかった……ぎこちなく見えていないか心配で、ちょっとだけ練習はしてきたんです」


 言葉の中に計算された無知と謙遜を織り込む。まるで貴族の世界に踏み入れたばかりの少女のように。


「……なるほど。確かに、そういう雰囲気をお持ちですね」


 その言い方はなんだか満足げに聞こえた。一瞬ヒヤッとしたが大丈夫そうだ。気を引き締めないと。油断してバレたらやばい。


 グラスを傾けながら、ちらりと彼の横顔を見る。


 目の前の人物は不思議と印象に残る容姿をしていた。中性的な輪郭に、涼やかな目元。声は静かで心地良い――けれど、その奥には何か、ざわつくものがあった。


 一応男性ではあるが、その中性的で現実離れした雰囲気には奇妙な魅力があった。ゲームでもプレイヤー間で騒がれていたのも納得だ。


「こうしてお話しできて、なんだか緊張がほぐれました。あまり場に馴染めなくて……」

「気後れすることはありませんよ。誰しも最初は、そう感じるものです」


 あと声が良い、やたら良い。マジで。


 それもそのはず、中の人がめちゃくちゃ人気声優なのだ。ゲーム発売当時も『攻略対象じゃないのにこの声優!?』と妙なところで話題になっていた。


 ……まあ、豪華過ぎる配役のせいで声が判明した時点で『敵だろこいつ』と言われていたのはご愛嬌である。アニメのゲストキャラが声で敵バレするパターンと大体一緒だ。


 余談はさておき、黒幕の正体――この人物の正体について、私が知っている限りの情報を整理しておこう。


 彼はかつてこの国から国外追放された、有力貴族の血筋。隣国で生まれ育ち、今は『精霊の姫君』の噂を聞きつけ、この国に姿を現した。目的は復讐と、隣国への恩返し。年齢は私たちと同じくらい――ここまでは、設定集の記述通りだ。


 でも、私が知りたいのはそこじゃない。問題は、この騒動の裏に、ラリマー侯爵家……つまり私の家が絡んでるかどうか。


 彼は隣国育ちで、この国に深く関わるだけの力はない。なのにこんな舞踏会を開催できるということは、国内に後ろ盾があるはず。


 ゲーム本編ではこの点に明確な答えはなかった。けれど、あるサブクエストや設定集の端々に、彼と侯爵家が遠い血縁である可能性が仄めかされていた。それを元に、プレイヤーの間では「裏でラリマー侯爵家が糸を引いていたのでは」と囁かれていたのだ。


 結局、この真相はゲームでも、その他の媒体でも明かされなかった。けれどこのままでは終われない。今の私はプレイヤーではなく、当事者だ。今ここで突き止めなければ、私自身の未来に関わる。


 断罪回避のためにも――ここで決定的な証拠を掴んでおきたい。


 だから、ごめんねエレナさん。勝手に演じさせてもらいます。悪いようにはしないから!


「あなたは夜会には慣れていらっしゃるようですが、ご家族の方もよくご参加なさるのですか?」

「……母は他界しております。妹が一人おりますが、舞踏会はまだ先ですね。父は――職務が忙しく、こうした場にはほとんど姿を見せません」


 ここまでは知っている。確かまだ幼い妹を溺愛しているとかなんとか……これを利用してさらに踏み込もう。


「妹さんがいらっしゃるのですね。きっと可愛らしい方なのでしょう?」

「ええ。少々年が離れておりますので、世話を焼かねばならない立場ですが」

「それは……まるで父親代わりのようですね」

「昔からよくからかわれました」


 相手が軽く笑うのを見計らい、話題をもう一歩深く潜らせる。


「ご家族の皆さんを大切に思ってらっしゃるのですね。……お父様は、どんなお仕事を?」

「外交関係で各国を渡り歩いています」

「では、人脈がたくさんあるのでは?」

「ええ。父のお陰で……繋がりのある貴族の方が数名いらっしゃいますよ。旧くからの縁です」


 貴族の縁とは強固なものだ。名も、血も、記録すら武器になる。そして、目の前の彼にも後ろ盾がある。


 ――問題はその中に侯爵家(ウチ)がいるか。


「……そういった旧い縁があれば、たとえ遠くにいても、力になってくれる方がいるんですよね?」

「ええ、もちろん」

「すごいです! 例えばどんな方なんですか?」

「……名は申しませんが、いずれ分かる日が来ますよ」


 うーん、流石に言わないか。まあ、この『意味深なセリフだけ言って具体的には教えてくれない』のは古今東西の創作物あるあるなので仕方ない。現実でやられるとなんか腹立つけど。


 とにかく、このまま引き下がるわけにはいかない。視点を変えて、別の切り口から攻めるしかない。


「それにしても、今夜の舞踏会って、すごいですよね。こんなに素敵な会場で、魔術まで使われてて。主催の方って、どんな方なんでしょうか」


 私の問いかけに、彼は微笑みの奥で一瞬だけ目を細めた。


「この手の催しにおいて、表に出る人間は往々にして『役者』に過ぎません。真に舞台を動かしているのは、古い血です」

「古い血……?」

「詳しくは語りません。けれど……流れを読めば、どこから風が吹いたか分かるでしょう」

「風……?」


 何言ってんだこいつ。


 ……いや待て。もしかして意味深な比喩で煙に巻くつもりだろうか。


 だとしたらまずい。このチャンスを逃せばこの人と会話できるタイミングはないかもしれない。


 もう時間もないし、覚悟を決めて核心に思いっきり踏み込むしかないだろう。「血とか風? とかはよくわかりませんが」と前置きして、小声で続ける。


「やっぱりすごい人なんですか? あ、もしかして……侯爵様とか、そういう……?」

「――ははっ」


 グラスの縁を指先でなぞりながら、彼は愉快そうに口元を緩める。


「……いつの時代も、裏で糸を引くことに長けている方はいるものですよ」

「? そうなんですね。私には想像もできない世界ですけど、すごいです!」


 (若干アホっぽくし過ぎた気もするが)何も知らない、何も気がつかない少女のように無邪気を装ってそう言うと、彼の目が意味ありげに細められた。


 彼の言葉にこめられた含み。冗談とも、本気とも取れるその語り口。だがそれよりも重要なのは、


 私の『侯爵』という言葉を彼は否定をしなかったということ。


 ……ねえ、知ってる? 今この国に侯爵家はラリマー侯爵家(ウチ)しかないんですよ。


 それを否定しなかった……つまり、そういうことだ。


 これだけ聞ければ十分。確信にはまだ早いが、限りなく黒に近い。……なんだか少し頭が痛くなってきたが、目標は概ね達成だ。この先どうするかは後で考えさせていただくとして、


 そろそろ頃合いだろう。彼とのお話はこの辺でお開きにしましょうか。


 ちょうど良く、今まで流れていた曲が終わり、次の曲が始まった。ゆったりとしたリズムで静かに誘うような旋律が聞こえてくる。


 私はそっと微笑んで彼を見上げる。


「もしよければ、この曲……ご一緒に、いかがですか?」


 だけど黒幕は私の誘いに対して首を横に振った。


「それは光栄ですが――あいにく、少し、思い出した用事がありまして」

「……そうなんですね。残念ですが、仕方ありません」


 もちろん断られることは想定済みだ。軽く会釈をして黒幕と距離を取ると、彼は私を見て低く呟いた。


「では、またお会いしましょう。……近いうちに、ね」


 空気に溶けるようなその声の余韻が消えると同時に、


 ――会場の光がふっと、落ちた。


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