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【連載版】このゲームをやり尽くした私を断罪する? どうぞどうぞ、やってみてくださいな。【三章更新中】  作者: 折巻 絡
三章

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 ――時は流れて舞踏会当日。


 足を踏み入れた会場には優雅な音楽と共に、笑い声と靴音が重なって響いている。強力な認識阻害の魔術が掛けられたこの空間では、誰が誰だか簡単には判別がつかない。


 この中で人探しとか、普通に考えれば(・・・・・・・)無理ゲーである。


 音楽に合わせて戸惑いつつも踊り始める人々を眺めながら静かに会場を歩いていくと、柱の陰に隠れ、周囲から視線を逸らすようにして立つ人影が目に留まった。


 ……まずは一人目。ちゃんと指定通り、見つけやすい場所にいてくれて本当に助かる。


 私は背後を振り返り、控えていた存在に目をやる。


「あちらの方に話しかけていただけるかしら。……くれぐれも、言葉数は少なめで目立たないように」


 そう小声で伝えると、その人物は軽く頷き、すっと身を翻す。黒い燕尾服が人影に向かっていくのを見届け、私は小さく息をついた。


 ……これでよし。次に行こう。


「それにしても……」


 改めて会場を見渡すが、完全に見覚えのない顔ばかりだ。視界ははっきりしているのに、同級生のはずなのに誰の顔も分からない。


 ゲームで既に知っていたものだったが――実際にこの場に立つと、その違和感は想像以上だった。


「そこの美しい方。お手を取っていただけますか」

「あら」


 誰とも踊らず歩く私に気を遣ってか、近づいてきた男が手を差し出してくる。私は意識して優雅な笑みを浮かべ、軽く横に首を振った。


「……申し訳ありませんわ。今宵は別の方をお待ちしているのです」

「そうでしたか、それは失礼」


 男が残念そうに一歩引くのを見届けてから、私はそっとドレスの裾を持ち上げ、歩き出した。


 ……危ない危ない、ダンスは絶対に回避しないと。さて、彼はどこにいるのだろうか。


 人混みをすり抜けながら横目でひとりひとりの様子を見ながら歩いていると、やがて音楽の切れ目に合わせて、ひとつだけ聞き覚えのある声(・・・・・・・・)が耳に入った。


「あ、いたいた」


 声の主に目を向ける。遠目にも分かる整った姿勢、動きの隅々にまで見える優雅さ。間違いなく彼だろう。


 私は人混みを抜け、その人物のもとへと歩みを進める。


「ごきげんよう」


 そして声を掛けると、その男はぴたりと動きを止めて私に目を向けた。


 私は軽く礼をして、静かに口を開く。


「お隣、よろしいでしょうか?」

「……悪いが、今は――」


 彼は一瞬迷うように言葉を切り、そのまま断った。やはり私の顔も声も、今の彼には分からないのだろう。


「私ですよ、私。ルージュです」


 笑いを堪えつつも小さくそう囁くと、彼の眉がぴくりと動いた。


「ほう……だとしたら、証拠を――」

「すぐには信じてくれないその慎重さ。まさにアルバートですね」

「……間違いなくルージュだな」


 その男――アルバートはこめかみに手を当てて、力が抜けたようなため息をついた。


「合流できて良かったです。それにしても強力な魔術ですよね、これ」

「そうだな。ここまで分からないものだとは思わなかった。それで、結局ルージュは何を根拠に判別しているんだ?」

「声ですね」

「声? だが、いつもと違う声に聞こえるぞ?」


 先日はその件については詳細を教えずに『答えは当日に』と話を流したのだ。ここでネタバラシしよう。


「ですが、実は中の人は変わらないんです」

「なんと」


 この認識阻害、顔も声も認識できなくなるという設定なのだが、実はゲームでは同じ声優の別人の演技になる。


 なので分かる人にはバレバレなのだ。


 おや、こいつ同じ声帯だな? と。


「というわけです」

「ふ、ふふ……! そんな抜け道があったとは!」


 説明を聞いた彼は笑いながらも、納得したように続けた。


「確かにルージュの声もいつもと雰囲気が違うが、言われてみれば同一人物の声だと分かるな。俺はどんな声になっているんだ?」

「アルバートは普段の中の人そのものになります」

「俺の中の人そのもの」


 アルバートが首をかしげるが、そのままの意味だ。どう聞いても中の人本人である。


「まあ、それはひとまず置いておいて」


 そう言って私はそっと周囲を見回す。


「他の皆さんの様子も見に行きませんか? ゲーム通りなら、もう集まっているはずです」

「! ああ、そうしよう」


 その言葉と共に彼は手を差し出す。一瞬驚いたものの、意図を理解した私はその手を取った。


「紳士のたしなみ、でしたね」


 そうして私たちは、会場の中を並んで進み始めた。



 踊る参加者たちを横目に会場の隅へと移動していくと、まず見えてきたのは、ドリンクを片手に誰かとやたら爽やかな声で談笑している長身の男。


「あそこにいるのはアルバートもよく知ってる人ですよ」

「……全く分からないのだが、誰だ?」

「聞いて驚くなかれ。なんとダリウスです」

「っ!?」


 アルバートが盛大に吹き出しかけて咳き込んだ。大丈夫か。


「か……完全に別人ではないか」

「声、全然違いますもんね」


 爽やか系スポーツアニメの少年声だ。サッカーとかやってそうな、どう聞いても完全に知らない人の声である。中の人すごい。


 そんなダリウスはこの状況を気にする素振りもなく周囲と楽しげにやり取りしている。豪胆というかなんというか、彼らしくある。


 ……ちなみに手紙の魅了魔術は効いていないはずだが、アルバート曰く、特に疑う素振りもなく普通に参加すると言っていたらしい。ちょっとは疑え。


 さらに隣のテーブルには、絶妙に困ってそうな細身の青年――


「多分、あれはセシルです」

「ほう」


 声は聞こえないが、キャラ配置からして多分セシルだ。ダリウスの近くにいたはず。


 そのセシルらしき人物はダリウスと対照的に落ち着かない様子で辺りを見回していたが、ふと近寄ってきた令嬢に軽く話しかけられた瞬間、その表情がぱっと明るくなった。


 そして次の瞬間には、自然な所作で手を差し出し、踊りの輪に加わっていく。


 ……はい、セシルで確定です。声を聞かなくても分かる。この状況でも女の子が寄ってくる辺り、モテるという公式設定がある人間は違う。


「他には――」

「そういえば、ウォルターも連れてきたぞ」


 アルバートの言葉で思い出す。確かにゲームでは彼もいた。


「どこにいます?」

「念の為、目立たぬように潜ませているのだが――あそこに」

「……うわぁ」


 彼の示す方向に目を向けると、壁際にまるで溶け込むように立っている黒服の男がいた。人波から離れた場所で、完璧な無の表情をしている。


「めちゃくちゃ嫌そうですね」


 ただでさえ忙しいのに妙なことに巻き込みやがってという感じだ。全身から帰りたいオーラが出ている。


 ……そんな彼の様子もまた、ゲーム通り。このイベントでのウォルターは正体が明かされずに実質モブキャラとして出てくるが、声で分かる人には彼だと分かる。


「話しかけるとすごくそっけなくあしらわれるんですよ」

「想像に容易いな」


 という感じで、この仮面舞踏会はプレイヤーにとっては小ネタ満載のサービスイベントの側面もあるのだ。


「確かに面白い仕組みだな。だが……」

「はい。この中に黒幕がいる可能性が高い以上、油断はできません」


 開催された意図を考えれば、自然と身構えてしまう。おそらく今、黒幕は何食わぬ顔で踊っているはずだ。


「――ふむ」


 表情を真剣なものに戻したアルバートはゆっくりと会場に目を向け、ふと首を傾げて口を開いた。


「ところでルージュよ。声で分かるというのは、この件の黒幕もなのか?」

「もちろん。話しているところに遭遇できれば、ですが」


 つまり実質これは声優当てゲーム。この私に死角はない。


「一言でも声を聞ければ看破できる自信があります!」

「それはもはや感心しかしないな」


 ……これは褒められているのだろうか?


「ですが、いくつか気をつける必要があります」


 まずは黒幕の配置はランダムであること。適当に突っ込んでいくと運悪く黒幕と鉢合わせる可能性がある。


「ふむ」

「なのでゲームではエレナさんが黒幕と踊っちゃうことがよくあったり」

「それは大丈夫なのか?」


 ほんのわずかに彼の顔が強張る。


「さすがに即アウトにはなりません。ゲーム的には『ただの演出』ですし。でも――」


 私は言葉を区切り、ちらりと会場を見渡した。


「実際に目の前にいると思うと、ちょっとヒヤリとしますよね。何も知らずに笑顔で黒幕と踊ってた、なんて」


 それに、ゲームでは演出でしかない事態も現実ではそうとは限らない。踊っているうちに、次の一手が仕掛けられてもおかしくはないのだ。


 そう伝えると彼は渋い顔で腕を組んだ。


「だとしたら、黒幕よりも先に俺たちがエレナを見つけねばならんな」

「ふっふっふ……ご安心ください。実はもう見つけてます」


 私は驚いたようにこちらを見る彼の背後に視線を向けて、目立たぬようにある方向を指し示した。


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