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【連載版】このゲームをやり尽くした私を断罪する? どうぞどうぞ、やってみてくださいな。【三章更新中】  作者: 折巻 絡
三章

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 王城の敷地内――何度も訪れたはずの場所だというのに、今日は妙に落ち着かない。


「緊張してるのか?」

「そういうわけではないんですけど」


 単に慣れないことをしているので気になって仕方ないだけである。足を進めると白い石畳に二人の足音が響く。夏の風が頬をかすめ、草木の匂いが少し心を落ち着かせた。


「いつもは通らない道ですね」

「ああ。今日は裏手の庭園をまわってみようと思ってな。あまり人目に触れないから、ゆっくりできる」


 とはいえ、この辺はゲームでは何度も訪れたことのある場所だ。確か……


「あそこの茂みに隠しアイテムがあります」

「ふふ、こんなところにか?」


 なんとなく既視感のあるやり取りだなと思いつつ、近くの茂みに近づいて奥に手を伸ばす。すると案の定、そこには魔石がひとつ落ちていた。たまにある『なぜここにこれが?』系の隠しアイテムだ。


「ふむ。本当にあるのだな」


 それを見るアルバートの反応も今や慣れたものである。


「ところで、あそこに見える建物は……」


 石畳の向こう、ゲームでも見知った建物が並ぶ中で、ふと目を引く場所があった。白いドーム状の屋根がガラスが日の光を反射して、宝石のようにきらめいている。


「あ、もしかして温室ですか?」

「正解だ。気になるのなら入ってみるか?」


 頷くと、彼はすぐに先導し、重そうな扉を手慣れた様子で開けた。


 そして促されるままに中に一歩足を踏み入れた瞬間、視界が光に包まれた。


「……わ、なにここ……!」


 息を飲むしかない。まるで森を切り取って、そのままガラスの中に閉じ込めたようだった。


 天井から降る光が、植物に反射して虹色にキラキラと輝いている。見たことのない花が風に揺れ、そのたびに甘くやわらかな香りが空気を満たしていく。


 湿った土の匂いすら、どこか懐かしくて。ここは、異世界の中でもさらに別世界みたいだった。


「ここでは季節に関係なく、希少な植物を育てている。魔術で気候を調整しているらしい」

「……すごい」


 アルバートの説明に耳を傾けながら、私は目を輝かせて歩き出す。見たことのない薬草や、淡く光る花々が並ぶ光景は、まさにファンタジーの温室そのものだった。


「……あれ?」


 しばらくきょろきょろと見回していると、さまざまな植物が並んでいるその中に、ひときわ奇妙なものを見つけた。


 それは妙に記憶に引っかかる形だった。球体のような葉にツタが絡み、その先端と花びらの端に宝石のような結晶をつけていて――


 まさか。


「……これ……!」


 記憶の中に何度も見た、あの植物だ。間違いない。見覚えがあり過ぎる。


「どうした?」


 突然植物に駆け寄った私に、アルバートが後ろから不思議そうに声をかける。


「あれです! 絶対これはあれです!」

「あれとは」

「レアアイテム! レアアイテムですよ!」

「!? なん……だと……?」


 胸が高鳴る。ゲームの中で画面越しに見て歓喜した植物が、今こうして目の前にある。


「これはそれほどまでに貴重なのか」

「はい! ほんとに伝説級のレアアイテムなんですよ。仕様をミスったのか疑うくらい出現率が低くて、攻略本に書いてあるのに存在が都市伝説って言われてたくらいです」


 思い出す。昔、出現報告のあったダンジョンの最奥に三日張り付いてやっと見つけたっけ。SNSにそのスクショを載せたらちょっとした祭りになった。そんなアイテムが――


「ここにあるなんて……!」


 興奮が止まらない。あの時、やっと手に入れたレア素材。それと遭遇するとは。


「出現率だけじゃなくて、そもそもダンジョン最奥にしか生えていない植物なんです。それが、こんなに綺麗に、触れられる距離に……!」


 そう言いながら勢いよく振り返ると、夢中で語る私を、アルバートは楽しげに見つめていた。


「……あの」

「どうした?」

「さ、先ほどから、お恥ずかしいところを……」

「構わない、続けてくれ」


 興奮し過ぎて我を忘れていた。穴があったら入りたい。



「それにしても……」


 少し他の植物を見て回り落ち着いた私は、また例の植物の前に戻り、しゃがみ込んでじっくりと見つめた。


「これ、どうにか株分けして増やせませんかね……」

「ルージュよ。いくら最上級のレアアイテムといえど、そこまでするものなのか?」

「まあまあ、アルバート。とにかく聞いてくださいよ」


 私は説明する。レアはレアだが、それよりもこの植物は用途が重要なのだ。


「ここについている結晶。これを回復薬に調合すると効果が上がるんです」

「ほう」

「つまりポーションで説明すると、これを混ぜるとハイポーション……いやエリクサーに」


 もしくは回復薬が回復薬Gどころか、いにしえの秘薬になるような、そんな効果だ。


「待て、待つんだ。それはどうすごいんだ?」


 アルバートの頭の上に『?』がたくさん浮かんで見える。しまった、別ゲーのネタで完全に置いていってしまっていた。反省しよう。


「簡単に言いますと……もし、回復薬の効果がこの植物を入れるだけで三倍――いや、五倍以上になるとしたら……?」

「!!!」


 その効能の凄さを理解したのかアルバートは口を開いたまま固まった。そう、この植物がたくさんあったら回復薬界隈(?)に革命が起きる。


「というわけです。すごくないですか?」

「ああ、すごいな……しかし、なるほど。ルージュをここに連れてきた甲斐があった」


 ……なんだかやたら楽しそうな意味深な顔をしているが、見なかったことにしよう。




 (レアアイテムから離れることへの)名残惜しさを胸に温室をあとにすると、空の青さがひときわ眩しく感じられた。


 次に案内されたのは、王城の裏手に広がる厩舎だった。石造りの建物の奥から、時折低く鳴く魔物の声が聞こえてくる。


「実はこの辺りでは珍しい魔物も飼っている」


 そう言って案内されたそこには、おとなしい魔物たちの姿が並んでいる。一体ずつゆっくり見て回ると、その中に見たこともない生き物がいた。


「……この子、馬ですか?」


 緑色の体毛、やたら長い耳、根っこのような足。体型は明らかに馬だが、動物というより、歩く植物に見える。初めて見る魔物だ。


「名目上は馬だそうだ。主食は土」

「土……?」


 本物の植物だって多分土そのものを養分にしてるわけじゃないでは? と疑問に思っているとアルバートは笑いながら続けた。


「俺も疑ったが、それで生きている。どうやら本当らしい……馬だけあって、一応乗れるぞ」

「えっ」


 そう言うと彼は軽やかにまたがり、その馬(?)はもっさり歩き出した。


「この感じは馬……ですね」

「だろう? 乗ってみるか?」

「えっ、いいんですか!?」

「もちろんだ。ほら」

「――わっ!?」


 近づくと引き寄せられる形で、気がつけば彼の前に座らされていた。背中に感じる体温が、じわりと伝わってくる。


「あの……近いです」

「当然だろう。落ちないように、しっかり掴まれ」


 その声がやけに耳に残る。背中から伝わる体温が、思ったよりも熱くて、私の心臓の鼓動も、知らないうちに速くなる。


「あの……」

「なんだ?」

「結構楽しいですね、これ」


 思わず照れ隠しにそう口に出していた。


 柔らかい芝に座っているような乗り心地。風に揺られながら、私はふわりと夢の中を歩いているような気分だった。




 魔物から降りた私たちは一旦休憩することにした。厩舎から少し歩いた先、手入れの行き届いた庭園の一角にベンチに座る。


 アルバートが合図を出すと、どこからか現れた使用人がティーセットの準備をして、すぐに去っていった。……あれ、使用人の服装だけど多分『王家の影』だ。気配がなかった。


「この紅茶、すごく香りがいいですね」

「珍しい精霊の花蜜を使ったフレーバーだそうだ。王族専用の調合らしい。味はどうだ?」

「すごく美味しいです!」


 それは良かったと彼は微笑んだ。


 木陰のベンチで、木漏れ日を楽しみながら香り高い紅茶を口に含めば、花蜜のほのかな甘みが広がり、思わずため息が漏れる。なんだか時間がゆっくりと流れているような、そんな錯覚を覚えた。


「ところで、精霊の花蜜で思い出したんですが、精霊って育つんでしょうか?」

「ん?」


 彼は少し目を細めて答える。


「多少はあるようだが、あまり聞かないな。何かあったのか?」

「……最近、私の部屋の精霊が少しずつ大きくなってる気がするんです」


 前は手のひらサイズだったはずなのに、今は……膝の上に乗るくらいだ。夜になると前よりも強く光ってるし、魔力もなんだかちょっと重たくなったような。


「ほう」


 状況を伝えると彼は少し驚いた顔をして言った。


「……それは、ただの成長で済む話ではないかもしれないな」

「調べてみたいですね。ふふふ、また『面白いこと』が起きているのかもしれないですし」


 何気ない言葉のやり取りのあと、不意に視線が重なって、お互いに自然と笑みがこぼれていた。特別なことを話しているわけじゃないのに、不思議と心が温かくなる。


 しばらくそんな穏やかな時間を過ごしたあと、


 アルバートは静かにカップを置いた。


「……最後に、見せたい場所がある」


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