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「きっ……気のせいじゃないですか?」


 自分でも情けなくなるほど、声が裏返った。だが、目の前のアルバートは笑顔のまま、じっとこちらを見ている。


「……ほう?」


 うわ、よく見ると目が笑っていない。


「なるほど、気のせいか。……本当にそう思うか?」

「すみません私もいました! 本当にすみません!」


 ……さすがにこの空気では誤魔化せない。下手な小細工は無意味だと悟り全面降伏を決めた私に、彼はさらににっこりと笑った……が、なんだろう、むしろその笑顔が怖い。


「ならば説明してもらおうではないか。どうやって、あそこまで来たのかを」

「……わかりました。話します」


 逃げ場はないと観念し、私は腹を括って口を開いた。


「ええと……その、ですね。実は浮島の裏手にワープポイントがあったのを思い出しまして……」


 既に繋いでおいたワープポイントを使って先回りしたこと、認識阻害の魔術のこと、大精霊イベントをどうしても見たかったこと。


 ……そして、そこから起こった出来事まで、全て正直に打ち明けた。


「――というわけです」


 話し終える頃には、私はもう視線を床に落としていた。アルバートがどんな顔をしているのか、怖くて見られない。


 しばらくの沈黙ののち、ぽつりと呟く声が聞こえる。


「なんと、そんなことが……」

「す、すみません! 本当にどうしても見たくなって――」

「……そんな面白いことがあったとは!」

「あ、そっち!?」


 想定外の言葉に顔を上げる。怒られると思っていた私の拍子抜けをよそに、アルバートは悔しそうにむすくれていた。


「あの、私がコソコソしてたことに怒ってるんじゃ……?」

「? それは別に構わないが」

「ちょっとは気にしていただきたく」


 思わずツッコんでしまった。覗き見られてたというのに、そのあっさり具合はどうなのか。


「だが、」


 そんなことを思っていたら、彼の表情がふっと変わる。真面目な声色に、『ついに本題か』と身構えたが、


「……俺も見たかった」

「えっ」


 そんな私に届いたのはまたもや想定外のセリフだった。


「俺もその『大精霊の意外な一面』を実際に見たかったのだが」


 その意味がすぐに理解できず思考が一瞬フリーズする。混乱する私の目の前で、彼は続けた。


「くっ……! もちろん、ルージュが大精霊に認められ、加護を授かったのは喜ばしいことだ。だが、なぜ俺が見ていない時に限ってそんな面白いことが起きるのだ……!」


 俺も見たかったと繰り返すアルバートの言葉に困惑する。


「で、ですが、ゲームのシナリオとはだいぶ違ってますし……」

「ルージュよ。それはそれ。そして――これはこれだ!」


 ビシッと効果音が付きそうな勢いでアルバートは言い放った。それはカッコつけて言うことか? と勢いに少し笑いそうになるが、彼の目は真剣そのものだ。


「シナリオ通りかどうかはともかく、発生するイベントはできる限りこの目で見届けたい。そう思わないか?」

「……アルバート、それ――」


「めっちゃわかります!!!」

「そうだろう!?」


 その瞬間、アルバートの目がキラリと光った。まるで伝説級のレアアイテムでも目にしたかのような勢いに、私は思わずたじろぐ。


「そもそも、この世界のイベント分岐は、ただの条件分けじゃない。選択肢の裏に、ちゃんとキャラの心情が組み込まれている。そうではないか!?」


 なんか語り始めた……!? ならば私も――


「わかりますか!? 実はダリウスルートでも選択肢次第ではそんなシーンがありまして……」

「!? 聞かせてくれ」


 目を輝かせて語る姿に、こっちもテンションが上がる。


「――それで、そこに伏線が張られていたことに気づいた時の感動……あれを思い出すたび、震えます」

「なんと。あの時のやり取りにはそんな意味があったとは……!」


 気づけば二人、身を乗り出してゲーム談義に花を咲かせていた。名シーンの数々、ルート分岐の罠、見逃せない伏線、練り込まれた演出……話が尽きる気配はまるでない。


 私はどうやらアルバートのゲームへの熱意を少々見くびっていたらしい。今回の件は本来のシナリオとは違えど、彼にとってはかなり価値があったとは。


 ……次からはコソコソしないで一声かけておこうと私は心に決めた。



「それにしても、よく私がいるってわかりましたね」


 熱い語り合いが一段落した頃、私は気になっていたことを尋ねることにした。


「勘だぞ」

「えっ」

「俺たちの他に誰もいないはずの空間で、微かに気配を感じた。ただそれだけだ」

「それだけですか?」


 てっきり見られていたのかと思ったら、まさかの勘。逆にそれでどうやってバレたのか。意外なセリフに驚く私に彼は続ける。


「ああ。だが、ルージュのことだ。こっそり来ていたとしても、不思議ではないと」

「……さいですか」


 ……なんだろう。信頼というか、妙な理解を得ている気がする。ありがたいような、ちょっと複雑なような。


「まさかルージュに手助けされていたとは思わなかったが」

「攻略法を伝え忘れていて申し訳ないです」


 大精霊を目覚めさせるシーンのことだ。あの答えを教え忘れたのは私にとっては周回しすぎて当たり前になっていたから。もう体で覚えているせいで初見ではヒントを見落としがちなことを忘れていたのである。


「それは構わない。だが、俺があの程度の答えを出せないとは思わなかった」

「解けなくて悩んでるアルバート、ちょっと可愛かったですよ」

「……そういうことを平然と言う」


 彼がむすっとして顔をそむけた。耳がほんのり赤く見える。


「……もしかしてちょっと拗ねてます?」

「拗ねてはいない。ただ、」


 明らかにむくれている彼は続ける。


「……少し、悔しかっただけだ」


 言い淀んだその一言に、思わず吹き出しそうになる。これ絶対拗ねてるやつだ。


「まあ、いいじゃないですか。どうにかなりましたし。……あ、そうだ。クエストお疲れ様ということで、気分転換でもしませんか?」

「気分転換、か」


 拗ねさせっぱなしでは悪い気がしたので、強引に話題を変えることにした。


「はい。せっかくですし、アルバートのおすすめの場所に行ってみたいです」

「ふむ」


 その提案に、アルバートの表情がふっと和らぐ。しばし考えるような間のあと、彼は静かに口を開いた。


「ではひとつ、行きたいところがあるのだが」




 後日。私は大きな門をくぐった。重厚な石造りの壁と、整えられた中庭の風景。


 それは何度も見てきたはずの光景で――


「ここは……?」

「王城だな」

「それはわかります」


 そう。アルバートが気分転換に指定した場所は王城だった。


「……なぜ王城(ここ)なんですか?」


 頻繁に来ているのに? というかそもそもあなたの家では? そう思って首を傾げると、彼は囁いた。


「ゲームでは行けなかった場所があると聞いたが……気にならないか?」

「! それは……!」


 見えてたけど行けなかった、設定集に雑に説明が書いてあっただけのエリアに入れる、だと?


 ――そんなの気になるに決まってるのでは?


 転生してわかったのだがこの王城。表向きには公開されている場所もあるとはいえ、当然、簡単には入れない区域も多い。それはアルバートの婚約者である私だってそうだ。


 でも、王太子であるアルバートが一緒なら話は別だ。


「たとえ立ち入り制限がある場所でも、俺がいれば大抵のことは何とかなるだろう」

「権力の濫用……!」

「何を言う。法には一切触れていないぞ?」


 ぼそりと「あの禁書の時には通用しなかったが……」と神妙な表情で呟く彼に思わず笑ってしまう。あれは特例中の特例。あの探索クエストはもはやそういう仕様である。


「というわけで、どうだ?」

「私としては嬉しいですけど……でも、」


 もちろん、これは貴重な機会だ。今後の展開に役立つ情報が見つかるかもしれない。だけど王太子に城の中を案内させるとは贅沢というか、若干頭が高い気がする。今更だとか言ってはいけない。


 そしてそれ以上に気になるのは。


「アルバートはこれで気分転換になるんですか?」

「なるぞ」


 即答。本人がなると言うならなるのだろう。では、遠慮なくお任せしよう。


「……わかりました! ぜひ、案内してください!」

「ああ、任せろ!」


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