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「なぜ花屋に……?」

「これにはちゃんと理由があるんです」


 次の日の放課後、私たちは一緒に街の花屋に向かっていた。急に連れ出されたアルバートは訳がわからないと言わんばかりの顔をしている。


「そもそも乱数とはなんだ」

「あ、そうでしたね。乱数は……えーと」


 昨日はあの後すぐに彼に急用が入ってしまったため中途半端な状態でお開きになったのだ。店に着くまで歩きながら解説しよう。


 ……ていうかこれってコンピューターの無い世界の人に理解できるの? まあいっか、適当で。


「乱数というのは……サイコロを振ったときみたいな文字通りランダムな数ですね。例えばゲームだと『中身がランダムな宝箱を開けたら何が出るか』みたいな場合の処理に使われてます」

「なるほど……?」


 アルバートはあまりピンときてなさそうだ。『中身がランダムな宝箱』って現実だとまあまあ意味不明だしこれは仕方ない。とりあえずこのまま乱数テーブルについても説明しよう。


 ゲームの中で使う乱数は完全に自然なランダムな数字ではなく、コンピューターが決めたルールに基づいた『それっぽいランダムな数字』である。この数字のリストが『乱数テーブル』だ。


『ランダムに見えるように(・・・・・・)あらかじめ準備された数字のリスト』とでも言えばいいだろうか。


「完全なランダムではないので、同じ乱数テーブルの場合はゲームを何回やり直しても同じタイミングならば同じ結果になります」

「そのコンピューターとやらがなんだかわからないが……つまり先の例では宝箱の中身を予測できるようになると」

「そうです!」

「そしてそれを知って何かを予測したいということか」


 まさにその通り。理解が早くて助かります。


 このゲームの場合、乱数テーブルはスタート画面で『はじめから』を選択した瞬間に決定される。普通にプレイするだけならばそれほど気にすることではないが、乱数調整を駆使するRTA勢にとっては非常に重要なポイントであり、ここでミスしたら再走も考える緊張の一瞬だ。つまり進行速度に影響が出るのである。


 そもそもこの世界に乱数テーブルが適用されているのかはよくわからないが、確認しておくぶんには損はない。


「そしてその乱数テーブルとこちらの花屋が関係しているんです」

「どういうことだ?」


 そうこうしているうちに例の花屋の前に着いた。これも実物を見た方が早いだろう。


 この店の中、奥のカウンターのところに花瓶に入った花がある。この花の色なのだが赤、青、黄、白と四種類のパターンがあり、これといくつかのアイテムの配置が連動しているのだ。大きく四種類に分けられた乱数テーブルが一目でわかるのは結構便利。


「では早速見てみましょう」


 店の中に入り、まっすぐにカウンターの方向に向かう。内装はゲームと一緒なので迷いなく足を進める。アルバートも花屋に来ることがないのか珍しそうにキョロキョロしながらついてくる。


 狭い店なのですぐにカウンターが見えてきた。さて、そこにある花の色は──


「あ」


 ──白だ。


「どうした?」

「あー……」

「どうした!?」


「あらお嬢ちゃん。大丈夫? どうしたの?」

「! い、いえ、大丈夫ですわ!」


 カウンターを見たまま立ち尽くす私を心配した人のよさそうなおばちゃんの店員に話しかけられてしまい我に返る。

 いけないいけない。思わず人前で放心してしまった。一応侯爵令嬢なんだから気を付けないと。


「……あまりにも素敵なお花でしたので、つい心を奪われてしまいましたの。こちらと同じものを一輪いただけるかしら」

「あらっ! こんな綺麗なお嬢ちゃんにそう言ってもらえて嬉しいわ~! すぐにお会計するわねっ!」




「ああ〜、白テーブル~」


 声に力が入らない。手元には簡易的だが綺麗にラッピングされた一輪の白い花。

 花屋を後にした私たちは近くの公園のベンチに座っていた。少しさびれているためか他に人影はない。


「もしかしてその乱数テーブルとやらは良くなかったのか?」

「……最高でもあり、最悪でもあり」

「というのは」


 白い花、通称白テーブルは多くのレアアイテムが取りやすい一方、クエストでそこそこ大変な目に合う。具体的に言えばアイテムの配置がおかしい。


「例えば薬草を探しにいくクエストがあるんですけど」


 その薬草の群生地が他のテーブルでは平地にあるのになぜか白テーブルでは崖の中腹なのだ。なんで?


 そして崖の形状がやたら登りにくい。操作の判定がやたらシビアですぐに滑って落ちる。そうなれば下からやり直しだ。高さはそれほどではないが落ちた時にちょっとダメージを受けるのも相まってただただ腹立つ。白テーブルの最大の敵=崖とすら言われるほどだ。こんなのが複数クエストある。勘弁してくれ。


 どうしてこんな仕様にしたんだ開発よ。レアアイテムと等価交換だというのか!


 ちなみに場所は学園から最も近く、なんと侯爵家(ウチ)の屋敷の近所の低山だったりする。上手い人はスルスル登っていくため、場所が近いのも相まってミスをしなければすぐに終わるクエストではある。ミスをしなければ(重要)。


 だけどゲームをやり尽くしてもそれほど操作が上手くない人間もいるのだ。例えばここに。マジで何回落ちたと思っているんだ。救済措置はあるにはあるがレベリングが必要で結局時間がかかるので、急いでいるときに白テーブルを引くと本当に辛い。RTA勢はむしろ歓喜するようだが。


「それは、うん。大変だったな」

「他人事ですけど、これ、アルバートが行くやつですからね?」

「え」


 その時点でのパーティーの編成上、縛りプレイでもない限りアルバートは高確率で連れていかれるのだ。ドンマイ。現実だとどんな感じになるのかはわからないが、頑張って崖と戦ってくれ。


 そもそもよく考えたら別にルージュがクエストに参加する訳じゃないんだし、私は関係なかったな。無駄に取り乱してしまった。屋敷に帰った時にそこに生えているかどうかだけ確認して、実際のクエストの時にはアルバートを経由して主人公にさりげなく教えればいいだろう。いい案だ。うんうん。なんかアルバートが遠くを見ているが気にしないことにする。




 手元の花に顔を近づけ深呼吸をすると、バラによく似たいい香りがする。なんだか少し落ち着いてきた。


「実はさっきの花屋、乙女ゲーム的に結構重要なんですよ」

「そうなのか」


 気を取り直してこの花屋について解説しよう。ここはなんてことのない場所に見えて実は後々大きな役割を果たすことになる。


 この国では親愛の証として『自分の魔力を込めた花』を相手に送るという風習がある。好感度がとあるラインを超えた攻略対象は、ある日主人公に花を贈り感謝を伝えるのだ。そしてこれからもそばにいてくれないかと言う、所謂告白イベントである。


 告白を受け入れる場合、主人公も自分の魔力を込めた花を贈り返す。その時に花を買いに来るのがこの店だ。このイベントを見るとその攻略対象の個別ルートに固定される。他の攻略対象との友情イベントはこれ以降も発生するが、恋愛イベントはその攻略対象のみになるというわかりやすい分岐点なのだ。


「好感度が一定値以上なら逆告白もできます」

「ほう」


 こちらから花を渡した際の攻略対象の驚いたリアクションがとてもかわいいともっぱら好評なシステムだ。


 ちなみに隠しキャラ二人は向こうからは告白してこないため、こちらからの逆告白のみでイベントが進行する。この仕様を忘れると後で泣くことになる(一敗)。


「花を受け取っても返事をしなかったり、断ったりも一応できますね」

「返事くらいはした方が良いのではないか? 人として」


 それは本当にそう。腹黒王太子のくせにその辺は真っ当な感性を持っているようだ。


 余談だが断るとショックで好感度がガタ落ちするので、それが嫌な場合はイベントが起きないように立ち回る必要があったり。




 閑話休題。例の乱数テーブルが本当に適用されているのか確認しようということで、私たちは学園裏手の森に入った。ここは魔物が出るがかなり低レベルなので装備なしでもなんとかなる気楽な場所だ。そして白テーブルならレアアイテムがある。


「なんとここにいる魔物にくっついているんですよ」

「そんなことあるのか?」

「どうでしょうね。……あ、見てください。あの魔物の角のところにそれっぽいのが見えますよ」

「あるのか」


 茂みの後ろに隠れてよく見ると、少し大きめの鹿のような魔物の角に何か光るものが絡まっている。はい、白テーブル確定。任務完了、お疲れ様でした。


「では帰るか」

「いや、せっかくなので取りましょう。すぐに倒しますね」

「え」


 簡単な魔術で不意打ちを決めれば、魔物はあっさりと地に倒れた。かわいそうなので気絶させただけだが、これでアイテムは回収できるだろう。


「よし」

「……妙に強くないか?」

「き、気のせいじゃないですか……?」


 アルバートが疑惑の視線を投げてくる。ごめんなさい気のせいじゃないです。こっそりレベリングしてたらなんか楽しくなっちゃった結果です。


 気を取り直してひっくり返っている魔物の角からアイテムを取るとそれは銀色のペンダントだった。他のテーブルでは中盤まで取れないレアアイテムで、装備すると防御力アップの効果があるため特に近接のジョブでのボス戦で重宝する。今ならばアルバートに装備すると有用だろう。


「なのでこちらはアルバートに差し上げますね」

「いや、いい」

「え?」

「……それはルージュが持っていてくれ。俺には例の威力220の剣があるだろう? それだけで十分だ」


 ペンダントを差し出した私をアルバートは制す。なるほど、彼の言い分は納得だ。確かにあの剣があれば序盤の敵など瞬殺だし防御力なんてほとんどいらないだろう。それならば私が持っていたほうが何かと役に立ちそうである。


「じゃあお言葉に甘えて」

「うむ」


 早速身に着けてみれば、彼は満足げに頷いた。



 今日はもう帰ろうということで、二人並んで寮がある方向に足を進める。


 ああ、そうだ。白テーブルと言えば。

 思い立ったが吉日、早速行動に移そう。


「アルバート。月末の休みなんですけど、私は屋敷に帰ろうと思います」

「何かあるのか?」

「ええ。少々やるべきことができましたので」


 白テーブルになってしまったからには、可能な限りそれを活かすほうがいいでしょう?


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