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 ──週末。


 澄み渡る青空の下、街の広場では毎年恒例の祭りが始まろうとしていた。祭りといっても夜だけではなく、昼間から屋台や催しが賑わいを見せており、陽の高いうちから民の笑い声が絶えない。


 そんな中、主人公のエレナは胸の高鳴りを抑えながら指定された待ち合わせ場所でダリウスを待っていた。彼と仲を深めつつも二人で出かけるのは今日が初めてだった。


『エレナ、待たせた』


 ふと背後から聞こえた声に振り向くと、彼が笑顔で立っていた──


「──という感じでダリウスのデートイベントは始まります」

「なるほど、あいつらしいな」


 ゲームと同じように天気の良い今日、私たちは祭りの会場近くにある小さな広場で落ち合っていた。


 アルバートは今日も変装しているが、いつもよりカジュアルな服装に身を包んでいるのが新鮮だ。しかし彼の整った顔立ちは隠しきれてない。やっぱりこの乙女ゲームの顔だけあって面が良すぎる。


「では、早速行ってみるか」


 会場に向かう途中、私はこの祭りについてアルバートに簡単に説明した。


 王都の中心から少し外れた場所で開催されている祭りで、そこに住む平民たちが主体となって取り行っている。ここからダリウスの家の領地は比較的近いため、彼は子供の頃からよく来ていたらしい。


 ちなみにゲームの都合なのか、祭りはなんと年に数回ある。その一つがちょうどこの週末にあったのだ。


「ダリウスのイベントって、他の攻略対象と比べると少し庶民的な感じなんです」


 平民である主人公と一番身分が近いからだろう。他のキャラクターと比べると気楽な関係だ。


「ふむ。祭りに参加するとは確かに庶民的だが、そういった素朴な楽しさも悪くない」

「そうですね。楽しいですよ」


 祭りの広場に着くと、所狭しと並ぶ屋台が目に飛び込んできた。賑やかな雰囲気と色とりどりの提灯が印象的だ。


 ……なんというか、すごく日本風の祭りである。浴衣を着て、焼きそばとかき氷を食べたくなるような。


 世界観が謎だが、日本のゲーム会社が作ったゲームだし、その方がプレイヤーに馴染み深いからそうしたんだと勝手に思っている。


「それで、何をするんだ?」

「ゲームではまずは食べ歩きをしていましたね」

「ではそれでいこう」


 私たちはゲームのイベント通り、最初は食べ歩きを楽しむことにした。


 通りを歩きながら屋台を見て回る。香ばしい焼き物の匂いや甘いフルーツの香りが漂い、賑やかな呼び込みの声が響いている。どの屋台も賑わいを見せ、見ているだけでも楽しい気分になってくる。


 最初に目を引いたのは焼きたてのスティックパンの屋台だった。焼き色のついたパンに蜂蜜やシナモンが振りかけられている。


「あ! これ、ゲームでもありました! 二人が食べてたやつですね」

「ほう。では食べてみるか」


 私が指差すと、アルバートはすぐに二本注文してくれた。彼は片方を私に手渡しながら言う。


「甘いものが好きなのか?」

「そこそこですね」


 一口かじると、ふわふわとした生地に蜂蜜の甘さが絡み合い、とても美味しかった。彼も同じように一口食べるが、


「甘……」


 すごい顔をしていた。ああそうだ、


「アルバート、甘いもの苦手ですもんね」

「……甘すぎるものが不得意なだけだ」


 アルバートの好き嫌いを知っていたのに何も考えずに食べさせてしまった。逆に、あんな感じなのに(?)ダリウスは甘いものが好きだったりする。


「しかも彼の趣味はお菓子作りなんですよ」

「それは意外だな」


 彼は妹や弟たちに喜んでもらうために自らお菓子を作っていて、それがそのまま趣味になったらしい(設定集より)。


「なるほどな。次は何を食べたい?」

「えーっと……」


 アルバートの問いに、私はどれも美味しそうで目移りしてしまった。最終的に私はチーズがとろりと伸びる揚げ物と鮮やかな色のフルーツジュースを選ぶ。そしてそれらを手にしながら賑やかな通りをゆっくりと歩いた。


 こんな雰囲気なのに焼きそばが見当たらなかったのは少し残念だ。後でこっそり自分で作ろう。


「そういえば」

「ん?」


 アルバートの隣を歩きながら、先ほどからずっと気になっていることを口にした。


「今日はウォルターはいないんですか?」


 祭りで遊ぶなんて、ダリウスはともかく、王太子のアルバートだと色々問題がありそうだ。だけど今回はウォルターどころか他の従者の姿も見ていない。


 そんな私の言葉に彼は意味深な笑みを浮かべる。


「実はな──」


 彼によれば、誰にも告げずに一人でこっそり抜け出してきたらしい。完全に独断のお忍びだった。


「こんなこと、バレたら怒られてしまうな」


 小声で「二人だけの秘密だ」と囁きながら笑うアルバートに、私は苦笑した。でも、それも悪くはない。


 歩いていると、少し先に鮮やかなお面が並ぶ屋台を見つけた。あれもゲームで見たお店だ。


「あのお面屋さんでもワンシーンあるんですよ」

「どんなだ?」

「えーっとですね、」


 ──食べ歩きが一段落した頃、エレナの目に入ったのは、鮮やかなお面がずらりと並ぶ屋台だった。動物や花、神話の登場人物を模したものまでさまざまお面があり、ダリウスも興味を惹かれたのか屋台の前で立ち止まる。


 そして『どれが似合うと思う?』と尋ねる彼に、エレナは真剣にお面を選び始めた。


 彼に渡したのは、シンプルな白い狐のお面。ダリウスがそれを顔に当てると、そのミステリアスな雰囲気にエレナは思わず『かっこいいです!』と言う。


 すると、彼女の素直な感想にダリウスは少し照れたようにお面を外し、お返しにお面を選び始める。


 そして彼が選んだのは、小さな花があしらわれた可愛らしいお面だった。エレナがそれをつけてみると、ダリウスは微笑みながら頷く。


 そして『すごく似合ってる。まるで妖精みたいだ』という彼の言葉に、エレナは顔を赤くしながらも、お面を大切に抱えたのだった──


「──という感じで、お互いのお面を選び合うシーンがあるんです」

「では俺たちもやってみるか」


 私たちはそのままお面屋の前に向かった。


 お面を一つ一つ眺めていると、その中にどこかで見覚えのある見た目のお面を見つける。


「これは……羊、ですね」

「羊だな」

「……なんでしょう。見てるだけで背中が痛くなってきます」

「……そうだな。鈴の音の幻聴も聞こえてきそうだ」


 ……この店はやめておこう。


 つい最近見たような羊のお面からそっと視線を逸らし、私たちは次の屋台に向かうことにした。


「次はどうしましょうか」

「あの屋台はどうだ?」


 アルバートが指差す方を見ると、ガラス細工の屋台があった。台の上にはたくさんのガラス細工がずらりと並び、灯りに照らされてキラキラと輝いている。そのモチーフは動物や花、星など、繊細で可愛らしいものばかりだ。


「あ、可愛い……」


 思わず足を止めて、猫の形をしたガラス細工を手に取った。掌にすっぽり収まるほどの小さな猫で、丸い目が愛らしい。


 ほんの一瞬、買おうかと考えたが、私はため息をついて元の場所に戻した。


「……どうした?」


 隣にいたアルバートが、私の様子を伺うように声をかけてくる。


「いえ、なんでもありません」


 軽く首を振りながら、屋台から目を逸らす。


 ──なんというか、今の私には可愛すぎるものだと思ったのだ。こういうものを持つのは似合わない気がして。


 彼は何かを言いかけたようだったけれど、それ以上は何も聞いてこなかった。



 私たちはそのまま屋台から離れ、人混みを抜けたところで少し休むことにした。木陰に腰を下ろし、涼しい風を感じながらひと息ついていると、


「少し待っていてくれ」


 アルバートはそう言って立ち上がった。


「どこか行くんですか?」


 思わず問いかけたが、彼は軽く手を振っただけで具体的な説明はしなかった。


 私は仕方なく、一人でぼんやりと人の流れを眺めながら待つ。


 しばらくして戻ってきたアルバートは特に変わった様子もなく、何事もなかったかのような顔をしていた。


「次はどの屋台を見てみようか?」


 彼がそう言うのに合わせて私も立ち上がる。


「そうですね、何か面白いものがあれば──あ!」


 顔を上げると道の先にある屋台が目に留まった。私はそれを指差しながら続ける。


「ねぇ、アルバート。あれやってみませんか?」


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