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「まだ着かねぇのか?」

「あと少しですわ」


 魔物を倒した私たちは、疲労を抱えながらも先へ進んでいた。


 もちろん魔物の素材はちゃっかり回収している。現時点ではなかなか手に入らないものだし、ちょっと(?)背中を痛めた甲斐があったかもしれない。


 険しい岩場を越え山道を進むと、視界の先に一軒家が現れた。家は小さな木造で、屋根には風雨で剥がれかけた瓦が見える。周囲には乾いた山風が吹き抜け、時折、屋根の隙間から煙が立ち上っている。


「ここがその薬師の家か?」

「なんか思ったより普通だな。もっと洞窟の中とかを想像してた」

「それはさすがに……」


 ダリウスの言葉に私は苦笑いをしながら扉を叩く。トントンと控えめな音が木製の扉に響き、しばらくすると中からかすれた声が聞こえた。


「……誰だ?」


 低くしわがれたその声に、思わず身を硬くしつつ答える。


「ルージュと申します。このたび、お願いがありこちらに伺いました」


 短い沈黙が訪れる。山風の音が微かに耳を掠めた後、扉がギィと音を立てて開く。


 現れたのは小柄な老人だった。白髪はぼさぼさに伸び、鋭い瞳で私たちを見据えている。ゲームで見たままの姿に私は内心頷く。この人が薬師で間違いない。


「……入れ」


 薬師の無愛想な一言に促され、私たちは家の中へ足を踏み入れた。



 家の中は外観から想像していた以上に雑然としていた。壁一面の棚には大小さまざまな瓶や草の束が並び、中央のテーブルにはフラスコがいくつも置かれている。中には謎の液体が入ったものもあった。


「すごいな……これ、全部薬の材料か?」

「想像以上ですわね」


 薬師の後に続いて私たちは奥の部屋へと進む。その部屋は、中央に大きな机と古びた地図が貼られた壁がある質素な空間だった。そして、椅子に腰を下ろした薬師はゆっくりとこちらを向く。


「で、何の用だ。理由を言え」

「はい。わたくしたちは、とある病を治す方法を探してここまで来ましたの」


 私は静かに告げた。そしてダリウスに目を向けると彼は頷き、重々しく口を開いた。


 話し始めたのは家族のことだった。突然の高熱に倒れ、今ではほとんど床から起き上がれない状態になっている。村の医者も原因がわからず、ただ衰弱していくのを見守るしかない状況だと語る彼の声は掠れていた。


「だから、俺……」

「ですので、あなたのお力をお借りしたいのです」


 ダリウスが言葉に詰まると、私は一歩前に出て最後まで言葉を繋げた。聞き終えた薬師は目を細める。


「あれがまた流行ったのか、懐かしいな。……それを治すには特別な薬が必要だ」

「特別な薬……」

「そうだ。だが、その調合にはいくつかの材料が要る」

「その必要な材料ってなんだ?」


 前のめりになったダリウスの問いに対し、薬師は短く鼻を鳴らし、古びた帳面を引き寄せた。そして慎重に書き込みながら一つずつ説明を始める。


「──これと、そしてこれだ。これらが全て揃えば薬を作れる。ただし、どれも簡単には手に入らんものだ……揃えるのは至難の業だろう」

「……それは」


 冷ややかなその言葉にダリウスは視線を下げて黙り込む。


 長年薬師として生きてきた彼はその材料を手に入れることがどれほど困難かを熟知している。ましてや、初対面の若者たちにそれが可能だとは到底思えないのだろう。それがその目つきと態度からありありと伝わってくる。


 ……でも、残念。私はそうはいきませんよ?


 思わず口角が上がる。


 このシーンも実はゲーム通りなのだ。本来ならばここから薬師の指定するアイテムを色々な場所で探し回ることになるのだが、ちゃんと予習済みの私はもちろんそんなことはしないわけで。


「薬師様。こちらをご覧になっていただけるかしら?」

「なんだ?」


 持ち運んでいた袋を薬師の前に静かに差し出すと、彼は怪訝そうに袋を覗き込んだ。


「これは……!」


 そして、中から慎重に材料を取り出し一つずつ確認するたび、彼の眉が徐々に上がっていく。


「……驚いたな。これほどのものをどうやって揃えた?」

「わたくし、事前にとある方から材料についてのお話を伺っておりましたの。そして文献で調査をして、各地から集めておいたのです」


 私がそう言うと彼の眉間に深い皺が寄った。半信半疑の視線が袋と私を交互に行き来する。


 ……嘘はついていない。とある方とはゲーム内のこの薬師のことだし、文献は公式設定集だ。でも嘘ではない。アルバートが何か言いたげな目で見てくるが断じて嘘ではない。


「ま、まじかよ……」


 袋の中身を覗き込んだダリウスが、目を見開き驚愕の声を漏らす。


 とにかく、材料は揃っている。


「これで薬を作れる……ですわね?」


 私がそう尋ねると、薬師は渋々ながら静かに頷いた。


「ああ、理論上はな。ただし、調合に失敗すればこの貴重な材料は全て無駄になる。それでもやるか?」

「もちろんですわ。失敗したとしても、すぐにまた集めてきます」

「……そうか」


 迷いなく答えると、薬師の口元に微かな笑みが浮かんだ。次いで彼の視線が、アルバートとダリウスに移る。


「お前たちはどうだ?」


 突然の問いにアルバートは無言で頷く。ダリウスは目を見開き少し視線を泳がせたが、


「……俺も、覚悟はしてる」


 しっかりとそう答えた。薬師は「ふむ」と小さく呟き立ち上がる。


「よし。それならば作るとしよう」


 そして満足げにそう言うと、慎重に材料を抱え奥の作業室へと消えていった。


 扉が閉まる音が部屋に響く。



 緊張から解放され大きく息をつく。そして視線を横に向けると、ダリウスは壁際に立ち尽くしていた。


 その横顔はどこか不安げで、普段は堂々としている彼が、まるで自分を責めるような目をしている。


「ダリウス様、大丈夫ですか?」


 どうしようか迷いながらも、そっと近づき声をかける。彼は私の言葉に肩をびくりと震わせた。


「なんでもねぇ……」


 短く答える彼の声はすぐに途切れる。彼はきっと、自分が何もできていないと思っているのだろう。それを言葉にするべきか迷いながら、私はそっと彼の隣に立つ。


 部屋の空気が静かに沈む中、彼が小さく口を開いた。


「おい」

「……なんですの?」


 低い声に応え、私は彼の横顔を覗き込む。少しの沈黙の後、言葉を探すように彼は話し始めた。


「あのさ、どうしてそこまでしてくれるんだ?」

「そこまでとは?」


 彼はまるで理解できない、と訴えるような瞳で私を見つめてくる。


「材料の準備をして、俺をここまで連れてきて。なんでなんだ?」


 なんだそんなことか。


「当然でしょう?」


 私は静かに言葉を返す。


 理由を聞かれること自体が不思議だった。私にとって、助けられる可能性があるならそれを放棄する理由などない。ただそれだけのことなのだ。


「できることをしないで後悔するのは嫌ですもの。それに、誰かが苦しんでいるなら手を差し伸べるのが当然ですわ」

「……当然ではねぇと思うけど」


 私が穏やかに答えると、彼はそう呟きながら視線を落とした。


「それに、あなたのご家族以外にも苦しんでいらっしゃる方は大勢いますわ。病はあなた方の領地だけでなく、他の地方でも流行していましたもの」


 ゲーム内の記憶が鮮明に蘇る。彼の家族と同じ症状を訴える民たちが増え、不安が広まる様子。私はその人たちのためにも、効果のある薬を持ち帰りたいと思っていたのだ。


 静かに私の言葉を聞いていた彼は少し俯いた。そして、どこか遠くを見るような目で呟く。


「そこまで考えてたんかよ……」


 彼の声が小さく震える。


 ちなみにダリウスには秘密だが、この薬、ゲームでは主人公の手によって一部が国の機関に渡る。そして、そこで解析され大量生産されたものが後ほど市場に出回ることになるのだ。


 今回、その役割を私が担おうと思うが問題はないだろう。エレナはやらなそうだし、できることはこっちで早めにやっていかないとね。


 しばらくの沈黙の後、やがてダリウスは静かに口を開いた。


「俺は本当に情けねぇな……これまで自分のことばっかだった。家族のためだと思ってたけど、なんつーか、視野が狭かったんだな」


 彼は私をまっすぐ見つめ、真剣な表情で言葉を続ける。


「感謝する。俺のために、俺の家族のためにここまでしてくれて、本当に……ありがとう」

「ダリウス様……」


 彼は感謝の言葉とともに私の手を握る。こちらを見つめるその視線はこれまでとは違って柔らかい。


「いや、感謝だけじゃ済まねぇな。これからは……もっと自分の行動を見つめ直すよ。だから、」


 そう言った彼は言葉を途中で止めて、すぐに私から手を離した。意味がわからず私は首を傾げる。


「? どうかなさいました?」

「いや……なんでもねぇ」


 私の疑問に彼は苦笑しながら首を横に振り、困ったように呟いた。


「……悪かったって。そんなに睨むなよ」

「?」


 不穏な言葉に何事かと振り返る。ダリウスの目線の先に目を向けると、そこにはアルバートがいた。


「……アルバート様?」

「ん? どうした?」


 彼は特になんてことなさそうに澄ました顔をしている。さっきのダリウスの言葉からすると睨んでいたようだが、なんだろう?


 ……もしかしてさっきからずっと放っておかれて拗ねたとか?


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