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 鈴の音はさらに近づき、周囲の空気が冷たく張り詰めていくのがわかる。


「魔物、だと?」


 ダリウスが剣の柄に手をかけ、険しい表情で周囲を見回す。風が強まり、岩陰から小石がカラカラと転がり落ちる音がした。


 そして私たちが警戒を強めた次の瞬間、


 鈴の音が止まり──それは現れた。


『メェー』


「……え?」

「あれは……羊か?」


 乾いた岩場に現れたのは、ふわりとした灰色の毛並みを持つ大きな羊の魔物だった。首元に不思議な紋様があり、頭部にはねじれた四本の角が生えているが、その丸い瞳とモフモフとした姿はまるで牧場で見る愛らしい羊を巨大化したように見える。


「なんだ、羊ならば別に──」

「いいえ」


 魔物の姿を見て気を抜いたように呟くダリウスを軽くとがめる。


「騙されてはいけませんわ。あれは危険な魔物です……油断すると命取りになりますわよ」


 そう言った矢先、魔物から鈴の音が再び響いた。その音に共鳴して足元の小石が震える。私はよく知っている。外見は可愛いが、あれはただの羊ではない。


「……確かに、普通じゃなさそうだな」


 ダリウスが剣を握り直し、険しい表情を浮かべる。アルバートも眉間に皺を寄せた。


 レベルの高い魔物だし逃げた方がいいのだが、周りを見渡しても逃げ場はない。山地特有の見晴らしの良さが仇になった。今は戦うしかないのだ。


「来るぞ!」


 魔物が威嚇すると同時に、鈴の音が再び鳴り響き、鋭い音波となって襲いかかってきた。耳をつんざくその攻撃に、私はとっさに防御魔術を唱える。


「防御は任せてください!」


 青白い光の障壁が音波を弾き、なんとか攻撃を防ぐ。しかし、魔物はその隙を見逃さず鋭い蹄で地面を蹴りながら突進してきた。


「俺が止める!」


 ダリウスが剣を構え、アルバートと共に迎撃態勢に入る。


「叩き込むぞ、続け!」


 二人の剣が交互に閃き、魔物の肩や足元を狙う。だが、剣先は灰色の毛並みに阻まれ、ほとんど傷をつけられない。


「嘘だろ!? なんだよこれ!?」

「……剣が通らないようだな」


 次々と攻撃を繰り出すダリウスとアルバートだったが、魔物にはまるで効いていなかった。


 私は周囲を見渡しながら、魔物の姿を観察する。


 それは見た目こそ羊のようだが、その正体は山岳地帯で多くの冒険者を葬ってきた危険な魔物だ。全身をほとんど覆う灰色の毛並みには特殊な魔力が宿っていて、物理攻撃に強い耐性がある。


 それだけではない。放たれる音はただ耳障りなだけではなく、強力な音波攻撃となっており、まともに聞けば平衡感覚が狂うこともある。


 つまり厄介な魔物だ。よりによってこの物理寄りのメンバーでこいつが出てくるとは、運がない。


「おい、これ、どうすりゃいいんだよ!?」

「ダリウス、お前は動きを封じろ!」


 ダリウスが焦りの声を漏らす中、アルバートが冷静に指示を出す。


「ったく、簡単に言ってくれるなよ……!」


 文句をこぼしながらもダリウスは剣を構え直し魔物の前に立ちはだかる。しかし、魔物の巨体と蹄の力は圧倒的だった。


 踏みとどまろうとするが、魔物の突進にじりじりと押し返されて、弾かれる。


「……こいつ! ──うわっ!?」


 ダリウスが歯ぎしりし剣を構え直した瞬間、魔物の鈴の音が鋭く鳴り響く。再び襲い来る音波攻撃に、私たちは立て続けに防御に回らざるを得なかった。


「これじゃキリがねぇ!」

「……ルージュ、何か策はないか?」

「考えます!」


 アルバートのその言葉に応じるように、私は必死に考える。どうする? 何か突破口はないのか? 


 ゲームを思い出せ、確かあの魔物は──


 頭を巡らせた末、ふと視界の端に入ったものがあった。


 首元の紋様……そうだ、そこを狙えば!


 この魔物にも弱点があった。首元の紋様が魔力の源であり、そこを攻撃し破壊することで倒せたはずだ。


「二人とも! おそらくあの首元が弱点ですわ!」

「そうか! よし、そこを狙うぞ!」


 私の声に反応し、二人は攻撃を魔物の首元に集中させる。


「ここだ!」


 ダリウスが低い体勢から首元を狙って斬りかかる。アルバートも反対側から剣を振り上げ、首元を正確に狙う。


 だが、魔物は驚くべきスピードで頭を振り、二人の攻撃を回避した。


「くっ……!」

「速すぎる……どうなってんだよ!」


 二人が悔しげに声を上げる。


 それにしても速い。あんな見た目だが、さすがに物語の後半に現れる魔物だけあり並の相手ではない。もっと連携しないとまともに攻撃を通せないだろう。


「アルバート様、わたくしが魔物の足を止めますわ!」

「わかった」


 私は魔術で地面に氷を張り、魔物の足元を滑らせようと試みる。凍った地面を踏んだ魔物が一瞬バランスを崩す。


「よし、今です!」


 その隙にアルバートが剣を構え、横から鋭く切りかかる。


「これでどうだ!?」


 剣先が魔物の首元の側面に当たり、わずかながら紋様に傷がつく。


「よし、効いてますわ!」


 だが魔物はすぐに体勢を立て直し、再び音を鳴らした。耳をつんざく音波が障壁を越えて襲いかかり、私は反射的に耳を塞ぐ。


「くっ……!」


 その隙をついて魔物が突進してきた。アルバートが私を庇うように剣を構え立ち塞がるが、その攻撃を防ぎきれず、私たちは二人ともまとめて巨大な角で吹き飛ばされる。


「っ! なんて威力……!」

「うっ……いったぁ……!」


 背中が岩肌に叩きつけられ、全身が痺れるような痛みに襲われた。頭がくらくらし、立ち上がるどころか、次の動きすら考えられない。


 目を開けると視界の端で魔物が再度突進してくるのが見える。なのに、このままでは次の攻撃を受けるのが分かっているのに足が動かない。どうにか体を起こそうとするが、反応が鈍い。


「──!」


 避けられない──そう思った瞬間だった。


「させるかよ!」


 鋭い声が響き、ダリウスの剣が魔物の突進を阻んだ。


「羊なんかに……負けるか!」


 銀色の刃が魔物の角を弾く。ダリウスの低い声が響いた。それと同時に、一瞬だけ、その全身から眩い光が立ち昇ったように見えた。


「ダリウス……?」


 アルバートが驚いたように声を漏らす。


 ダリウスの瞳は鋭く輝き、まるで重りを振り払ったかのように軽やかな動きで剣を構え直し、


「行くぞ、化け物……俺が相手だ!」


 そう叫んだ次の瞬間、彼の体が風のように動いた。剣をまるで羽根のように軽々と振り、魔物の突進を正面から受け止める。


 その剣筋はこれまでとまるで違う。力強く、そして無駄がない。


「な、何だ、あの動きは……!」


 アルバートが息を呑む。剣を振るダリウスの表情には先ほどまでの迷いや焦りがなく、むしろ何かが吹っ切れたかのように力強く笑っていた。


 彼の剣は正確無比に魔物の角を弾き、突進を押し返す。さらにそのまま剣を流れるように振り抜き、魔物の足元を狙った斬撃を繰り出した。


 足元を掬われた魔物の巨体がふらついた瞬間、ダリウスがこちらを振り返る。


「二人とも、立て! まだ終わってねぇぞ!」

「──ああ!」


 彼の言葉に奮い立たされ、私たちは剣を構え直す。


 ダリウスが正面から魔物を引きつけ、アルバートが横から斬りかかる。私は火球を放ち、魔物の動きをさらに鈍らせる。


「今ですわ!」

「わかってる!」


 ダリウスの剣が魔物の紋様を切り裂く。そして、魔物の体がぐらりとよろめいたところにアルバートが追撃の斬撃を叩き込んだ。


「これで……終わりだ!」

『ぐ、メェェェェェ!』


 紋様を完全に切り裂かれた魔物は耳をつんざくような断末魔を上げ地面に崩れ落ちる。


 そして、鈴の音がぴたりと止んだ。


「……終わった、のよね?」


 私は息を切らしながら呟く。全身が汗で湿り、魔術を使った手はまだ震えている。


「ああ、終わったぞ」


 アルバートが魔物を確認して、ようやく私たちは肩の力を抜いた。


 やっぱりレベルが高い敵は強い。まだまだ鍛え足りないだろう。そもそも三人じゃ戦力が少ないからこんなに苦戦するわけだけど、まあ、それはおいおい対策を考えよう。


「……やったな」


 剣を下ろしたダリウスが安堵の笑みを浮かべる。その表情は晴れやかだった。


「ああ。お前も、なかなかやるじゃないか」


 アルバートがダリウスの肩を軽く叩くと、彼は剣を見つめ、少し照れくさそうに苦笑した。


「わかったかダリウス。これが『特別な鍛錬』の効果だ」

「これが……すげぇな! さっきも急に力が湧いてきて──」

「急に……?」


 急に強くなったということは、今までのレベリングの効果もあるだろうが、おそらく先ほどの戦闘中にレベルが上がってなんらかの技能を獲得したからだろう。その辺はやっぱりゲームの要素を感じる。


 それにしても今日のダリウスは最初から普通に戦力になっていたけど、本当にどれだけレベリングしたんだ? 結構レベル高いんじゃない?


 アルバートに視線を向けると彼は『それは知らない』という様子で小さく首を横に振った。


 つまり……まさかアルバートの知らないところでも自主的にめちゃくちゃレベリングしてた……?


 むしろダリウスなら一晩中魔物を斬り続けてたなんてこともあり得る気がする。


「……」


 だとしたら恐ろしいが、真実は闇の中である。


 私は倒れた魔物を見つめ、深く息を吐いた。


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