表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】このゲームをやり尽くした私を断罪する? どうぞどうぞ、やってみてくださいな。【四章更新中】  作者: 折巻 絡
二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/93

52

 

 しばらく毒沼の中を慎重に進み、ようやく沼地を抜けた先には乾いた地面が広がっていた。足を止めて深く息を吸い込むと土の香りが微かに感じられる。


 森の雰囲気も一変し、少し先に目を向けると高山のような開けた空間が見えた。そこから続く山脈がこの遠征の目的地だ。


「ここまで来れば安心ですわ」


 私は靴底を地面にこすりつけ、泥を落としながら前を向く。


 沼地を抜けた先は想像以上に静かだった。時折、風が吹き抜ける音以外、何も聞こえない。


 こんな静かな雰囲気にもかかわらず周囲から『ストーリー後半エリア特有の緊張感』が感じられるのは、出現する魔物が強いからだろう。ゲーム通りなら、出てくる魔物は全ていつの日かのドラゴンより強いはずだ。嫌すぎる。


 念のため、魔物が出現しにくいルートを通る予定だが、それでも緊張は拭えない。


「ここから先の山に登りますわ」

「それはいいけど、結局何が目的なんだよ」

「……」


 ダリウスの問いに、私は一瞬だけ口を閉ざした。これまで黙っていたのは、彼が知れば必ず反発するだろうと思っていたからだ。


 しかし、もう隠し通すことはできない。この遠征の目的を、ついに伝える時が来た。


「とある薬師に会いに行くのです」


 私がそう告げると、彼は眉をひそめた。


「薬師、だと? ……まさか」


 言葉の途中で、空気がひやりと冷たくなった気がした。


「ええ。お察しの通りですわ」


 風が吹き抜ける中、私の言葉を聞いた途端、ダリウスの顔色が変わった。


「それが……それが目的だったのかよ」

「悪いな。お前の家族のことについて、全てこちらで調べさせてもらった。もちろん病気のこともな」

「……なんでだよ!」


 アルバートが説明したその瞬間、張り詰めていた空気が切れたように、ダリウスが声を荒げた。拳を握りしめた彼の肩が小刻みに震えている。


「……てめぇらには関係ねぇって言っただろ!」

「関係ないかもしれませんわ。でも、それでもわたくしはあなたのお力になりたいのです」


 一瞬、彼の目が揺らいだように見えたが、それもすぐに険しい表情に戻った。


「力になりたいだと? そんな綺麗事、俺には──」

「いいえ、ダリウス様」


 彼が言いかけたところで、私はその言葉を遮った。まっすぐに彼を見つめ、言葉を選びながら続ける。


「綺麗事でも構いませんわ」


 一呼吸置き、私は心を落ち着けた。緊張で手が震えそうだったが、それを悟られないように気を張る。


「あなたが一人で全部背負い込んでいるのを見ているだけなんて、そんなの、できるわけがありませんわ」

「それでも、俺にはてめぇらを頼る理由なんてねぇよ」


 彼の声が震えた。そして、背を向けて私たちから一歩、また一歩と距離を取ろうとする。


「お待ちなさい。あなたが『関係ない』と片付けたとしても、わたくしにとっては関係なくなんてならない」


 私の声が彼の背中を引き止めるように響いた。彼は足を止め、振り返らずに立ち尽くす。


「ただ、わたくしはあなたが苦しんでいるのを放っておきたくない。それだけですのよ」

「っ……俺は……」


 ダリウスの肩がかすかに揺れる。


「……俺は、別に苦しんでなんか──」

「嘘ですわ」


 私はその言葉にはっきりと言い返した。驚いたように振り返った彼を見つめ、私は息を整える。


「ダリウス様……わたくしは知っていますのよ。あなたがどれだけ悩んでいるのか、ご家族のためにどれだけ努力を重ねているのか」


 その言葉を聞いた瞬間、彼の拳がさらに強く握りしめられた。


「だから放っておけないのです。それがわたくしの本心ですわ」

「それでも……これは俺の問題だ。これ以上、てめぇらに首を突っ込まれる筋合いはない!」

「ダリウス様……!」


 ……まさかダリウスがここまで頑なだとは思わなかった。けれど、ここで引き下がるわけにはいかない。


「わたくしは──」

「ルージュ、もういい」


 再度私が口を開こうとしたその時、アルバートの静かな声が響いた。


「……アルバート様」

「俺に任せろ」


 彼は手を軽く上げて私を制した。淡々としたその仕草に、ダリウスが目を細めるのが見えた。


「さて、ダリウス」

「……なんだよ」


 彼は口元に微かに笑みを浮かべ、ゆっくりと言い聞かせるように続ける。


「お前は俺に一度手合わせで負けたな。その時、何と言った?」


 その言葉に、ダリウスの顔が一瞬引きつる。


「まさか……!」


 後退りするダリウスに対し、アルバートは微動だにせず、視線をまっすぐに向けた。


「そうだ。お前は命令を聞くと誓っただろう? 忘れたとは言わせんぞ」

「ぐっ……」


 苦い表情を浮かべ視線を地面に落としたダリウスを、アルバートは目を細めて見つめた。その視線はなんだか楽しげだった。


 ……アルバート怖い。これも計算通りだったりするのだろうか。手合わせでどんなやり取りがあったのかはわからないが、完全に手玉に取っている。本当に敵じゃなくてよかった。


 一方、ダリウスは苛立ちを抑えきれない様子で歯を食いしばり、アルバートを睨みつけていた。


「嵌めやがったな……!」

「そう思うかもしれんが、それはお前が誓いを立てた結果だろう?」

「……っ!」


 アルバートは淡々とした口調でダリウスの怒りを煽る。彼の肩が小さく震え、強く握られた拳の先が微かに白くなっている。


「ダ、ダリウス様……」


 恐る恐る名前を呼んでみると、彼の鋭い瞳がこちらを向いた。その視線に思わず怯みそうになるが、アルバートは一切気にする様子もなく言葉を続ける。


「まあ、そういうわけだ。おとなしく着いてこい。これは命令だ」

「くそっ……!」


 その声にダリウスは悔しそうに唇を噛む。口約束だとしても彼は命令を無視することはできないのだろう。


「わかった。行けばいいんだろ、行けば」


 しばらくの沈黙の後、深く息を吐いた彼は諦めたように私たちに向き直った。



 無言で山道を登る。険しい道のりに加え、既に疲れが出ていた私たちは全員が言葉少なに進んでいた。先ほどまでの険悪な空気は薄れたものの、完全に和らいだわけではない。


 そんな中、静かに口を開いたのはアルバートだった。


「ダリウス。お前が俺たちを頼りたくない理由はなんとなくわかった。だが、一つ聞かせてくれ」

「……なんだよ」


 ダリウスは疲れたように低く返事をした。


「本当に誰も頼らずにいられると、そう信じてるのか?」


 その問いに、彼は苦々しい表情を浮かべ、しばらく沈黙した後、首を横に振った。


「信じてねぇよ。だけど……俺は、ただ、自分の力だけで守りたかった」

「だが、それはただの意地だろう?」


 アルバートの静かな指摘に、ダリウスは無言で目を伏せた。


「まあいい。お前が何を目指していようと、それを邪魔するつもりはない。だがな、ルージュはお前のために動いたんだ。病について調べ、腕のいい薬師の噂を集めてな」

「……そうなのか?」


 戸惑うようにこちらを見るダリウスに私は答える。もちろんゲームの知識もあるが、ちゃんと文献なども私は調べていた。


「ええ、わたくしはあなたが少しでも楽になる方法を探したかった。それだけですのよ」

「……」


 そう告げると彼は沈黙した。


「ダリウス様は騎士を目指していますのでしょう? 強くありたい、誇り高くありたい、そう思うのは素晴らしいことですわ」


 私は彼をまっすぐ見つめ、静かに言葉を続ける。


「でも、それと誰かを頼らないことは別でしてよ」


 彼が頼りたくないのは、弱さを見せたくないから。だけど、それは本当の強さではない。その思いを私は彼に届けるように丁寧に言葉を選んだ。


 ダリウスはしばらく黙ったまま立ち尽くしていた。山道を吹き抜ける冷たい風が、彼の髪をかすかに揺らしている。


「……そうだな、それも、そうだ」


 ようやく口を開いた彼の声は少し掠れていた。そしてダリウスは視線をわずかに逸らしながらも、はっきりとした声で言った。


「こんなことで意地張ってもしょうがねぇよな」



 立ち入り禁止エリアである視界の開けた山脈へと足を踏み入れる。空は澄み渡り、どこまでも続く青が広がっている。


 周囲には険しい岩肌がそそり立ち、ところどころに背の低い灌木が生えている。足元は岩場が広がり、歩くたびに小石が音を立てて転がる。


「……ここ、本当に進んで大丈夫なのか?」


 ダリウスが不安げに呟く。


 正直、大丈夫かと聞かれると……不法侵入だし、良い子は真似しちゃダメなやつである。でもゲームでは問題なかったので大丈夫だろう、多分。


「ダメでしたら引き返しますの?」


 私は冗談めかして返したが、ダリウスは眉をひそめたままだった。それを見たアルバートが肩をすくめて口を挟む。


「今更だろう? お前もここまで来たんだ、腹を括れ」

「……そうだな」


 適宜休憩を挟みつつ歩みを進めると、冷たい風が吹き抜ける中、ふいにかすかな鈴のような音が耳に届いた。


 それは澄んだ音色で、山脈に溶け込むように響いている。


「……なんだこの音は。誰か人がいるのか?」

「いえ、違いますわ」


 言葉にしながら、私は背中に冷や汗をかいていた。


 私はよく知っている。この音は──


「……魔物です」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ