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【連載版】このゲームをやり尽くした私を断罪する? どうぞどうぞ、やってみてくださいな。【三章更新中】  作者: 折巻 絡
二章

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「……何かあったんですの?」


 あれから三週間ほど経ったある日、私の目の前には初夏の陽気が嘘のような、死んだ目をしたダリウスがいた。


「なん……なんも、ねぇよ」


 私の疑問に対して彼は曖昧な返事をした。その表情は疲弊しきっていて、五月の青空とは対照的だった。


 服の襟元も乱れているし、なんかもう疲れ果てたサラリーマンのような顔をしている。どう見てもただ事ではないのだが、どうしたのだろう。


 今日は例の薬師の元へ向かう日なのだが、この状態で向かって大丈夫なのか。目の前の彼を見ていると一抹の不安がよぎる。


 アルバートが手合わせついでに無事に話をつけたと聞いて、今日まで安心して準備をしてきたのだが……何かあった? まさか手合わせで問題が起きた? それともその後?


 そう思って少し離れた場所にいるアルバートに目を向ける。陽射しを受けた彼はきらきらと輝いていて、誰が見ても爽やかそのものだが──その笑顔は明らかに不穏だった。


 うん。十中八九、なんかしたな。


 彼に向けて『何をしたんですか』と視線を送り続けると、気がついた彼は近づいてきてこっそりと私に耳打ちした。


「聞いてくれルージュ。実は結構レベリングもしてきたんだ」

「それは……ちなみにどこでやったんですか?」

「墓場だ」


 ダリウスの目が死んでるのはそのせいか。


 例の墓場は昔アルバートをレベリングした幽霊っぽい魔物が現れるあの場所だ。


 アルバートはレベリングだと一応理解している状態でやっていたが、ダリウスは鍛錬としか知らされていなかったのだろう。そんな状態で、あの場所でバグにしか見えないレベリングを強行させられたとなるとダリウスが気の毒である。


「だが、ちゃんとルージュの言った通りにここまで連れて来れたし、レベリングもできただろう?」

「そりゃそうですけど……」


 そう言われれば否定し切れない。確かにアルバートは私がしたかったことをやってくれたのだ。感謝するしかない。その点に関しては彼に任せて正解だった。


 彼は得意げに胸を張りながら、さらに話を続ける。


「それにあれだぞ。なんとダリウスは俺の一撃を防御できるまでに成長した」

「え」


 その言葉に一瞬、理解が追いつかなかった。


 アルバートの一撃──つまりこの高レベル物理ゴリラの攻撃をガードできるなんて、短期間で急成長しすぎじゃないか? どれだけレベリングしたんだろうか。


「……もしかしてこの三週間、ずっと夜にレベリングをしてました?」


 そう口にすると彼はいい笑顔で頷いた。


 スパルタすぎるだろ。そりゃ、ダリウスも死んだ目になるわ。


「……おい。何やってんだよ、とっとと行こうぜ」

「そ、そうですわね」


 中々出発しない私たちに痺れを切らしたダリウスが気だるげな声で私たちを急かした。


「では、早速目的地に向かおうか」


 色々気掛かりなことはあるが、それはさておき。とにかく薬師の元へ行こう。



 私たちは三人で学園からワープ魔術を使い移動する。視界が一瞬暗転し、次の瞬間には大きな木々が生い茂る深い森の中に立っていた。


 ここは王都から遠く離れた山岳地帯のふもとだ。王都と比べて標高が高いため、辺りはひんやりとしていて、この季節にしては少し肌寒いほどだ。近所の森とはまるで雰囲気が違う。


「どこだここ、どうなってんだ?」


 急に見知らぬ場所に移動したことに戸惑うダリウスは、不安そうに辺りを見回しながら自分の足元を確かめるように歩いている。


「遠方に転移する魔術があるんだ」

「へぇ、そんなものが……」


 アルバートがワープについて説明しつつ、「このことは内密に頼む」とダリウスに念を押すと、彼は頷いた。


 私たちは足元に落ち葉が薄く敷き詰められた小道を進む。木々の間からうっすらと光が差し込むため、深い森だがそこまで暗くはない。


「ところでダリウス様」


 道すがら一応レベリングの感想でも聞いてみようかと思い、私はダリウスに声をかける。


「なんだよ」

「アルバート様と鍛錬をなさったとお聞きしたのですが、どうでした?」

「……」


 無言だった。多分、思い出したくもないのだろう。


 数歩先を歩くダリウスはこちらを振り返ることなく進んでいく。少し前かがみになった背中から疲れ切っている感がすごく伝わってくる。


 やっぱりやりすぎだと思うよアルバート。



 しばらく歩いていると、私の隣に並んだアルバートが小さな声で耳打ちしてくる。


「ルージュ。例の立ち入り禁止エリアに行くのだろう? どうやって入るんだ?」

「それはですね……まあ見ててください、もう少しでわかりますよ」

「……?」


 そろそろ目的地に着く頃だろう。そう考えていると、先を歩いていたダリウスが立ち止まった。予定通りだ。


「な、なんだよこれ……」


 困惑した声を上げるダリウス。その目の前には巨大な毒沼があった。


「毒の沼ですわね」


 その青黒い毒沼を前に私たちは立ち止まる。漂う刺激臭に思わず顔をしかめる。風が吹くたびに、毒沼の表面が不気味に泡立つのが見えた。


「これでは進めないな。回り道を探すか」


 アルバートが眉をひそめて毒沼を見つめる。


「いいえ。ここを越えますのよ」

「……はあぁ!?」


 私の言葉に驚愕するダリウスの声が森に響いた。横でアルバートも無言のまま目を見開いている。二人の反応は予想通りだ。


 わかっている。このヤバそうな沼を目にしたら普通はそう思う。薬師がいる立ち入り禁止エリアはこの先なのだが、普通に考えたら進めない。


 そう、普通に考えたら、である。


 普通に考えなければ──ここは越えられる。


 私は少し息をつき、二人の反応を見ながら口を開く。


「さて、行きますわよ」

「だが、どうやってこんなところを通るんだ? あの水に触れただけでも危険に思えるが」


 眉間に皺を寄せながら問いかけるアルバートに、私は笑顔を向け答える。


「ご安心なさってください」


 この毒沼ゾーンは広大で、下手に突っ切ろうとすれば確実に毒に侵されるだろう。解毒薬を持っていてもこんな場所では到底足りないし、毒無効の魔術を自分たちでかける場合、魔力が足りなくなる。


 だから私は準備を整えておいた。


 私は二人の肩に手を置き、呪文を唱える。言葉を紡ぐたび透明な光が私の指先からあふれ出し、二人を包み込む。


「よし。これでいいでしょう」

「これは……?」

「とある方にかけていただいた『毒を無効にする魔術』をお二人にもわけましたの。ここを通ると聞いて準備してきたのです」

「! ほう、なるほどな」


 アルバートは自分の体をじっくりと確認し、満足げな表情を浮かべた。どうやら状況を完全に理解したらしい。


 そう、これが今回の『秘策』である。


 ゲームではこの先の立ち入り禁止エリアの山脈は厳重に封じられ、ストーリー後半で解禁されるまでは通常ルートからそう簡単には入れない。


 だが、この毒沼ゾーンから行けば封じられていない場所を通れるという、ちょっとした小技である。


 そしてこのために私は祠の神に『全状態異常無効』のバフをかけてもらい、先ほど二人にも効果を分け与えたのだ。この効果は数日続くため、これならば十分に持つはずだ。


「これでこの先に進めますわ」


 私はそう言い切って、迷いなく毒沼へ足を踏み入れる。沼と言っても深さは数センチ程度なので、水たまりのような感じだ。靴底に絡みつくような粘り気は少し気味が悪いが、問題はないだろう。


「問題ありませんわね。さあ、行きましょう」

「……」


 振り返って声をかけると、二人は顔を見合わせていた。どうしたんだろう。


「どうなさいました?」

「いや、それ……本当に大丈夫なのか?」


 心配そうに聞くダリウスに、私は自信満々に答える。


「大丈夫ですわ。今もわたくしは何ともないですし、先日毒薬を飲んで魔術の効果を試したときも問題ありませんでしたもの」

「ど、……え?」


 二人の顔が凍りつく。特にアルバートは「正気か……?」と呟きながら、一歩引いているのが見えた。


「万全を期すために準備したのです。試してみるのは当然ではありません?」

「いや、それ、準備っていうのか……?」


 私の説明を聞いた二人は、さらに困惑した表情を浮かべた。


 いや、毒薬を飲んだのは魔術が万が一効いてなかったら困るので試しただけだし、それに、ちゃんと念のため解毒薬も用意してたし……だからそんなに引かなくても良くない?


 でもそれを伝えてもなんだか墓穴を掘る気がする。


「と、とにかく、入っても問題ないのは確かですわ。二人ともこちらにいらしてください」

「……あ、ああ」


 どうにか説得すると、最終的には二人は渋りつつも毒沼に足を踏み入れた。


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