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「攻略対象が人じゃない……?」

「あ、ここからだと結構近いですね。せっかくなので見に行きましょう!」

「人じゃない?」


 ダメだ。顔が宇宙猫になってる。


 正気に戻るのを待った方がいいのだろうが、正直もう疲れてきたので早く説明を終わらせたい。なのでさっさと彼の手を引いて現場に向かうことにする。


 校舎の外に出て裏手に回る。目的の場所へ続く道はひっそりとしていた。窓の影が落ち、足元の草は長く伸びている。私たちの足音以外は風に揺れる枝葉が静かにざわめく音だけだ。


「どこへ行くというんだ」

「こっちです……ありました」


 校舎の裏側、人通りの無い荒れた道の木陰、そこには寂れて朽ちつつある小さな(ほこら)があった。


「これは」

「祠ですね。こっちは多分、鳥居かな……ボロボロですけど」

「……これと恋仲になるのか?」


 祠そのものと? だとしたらマニアックが過ぎるだろ。



 ざっくりと説明しよう。

 五人目の攻略対象はこの祠で眠っている神様である。


 元はどこか遠くにある東の国の神。この学園が作られた当時の一期生にひょんなことからついてきていたようで、色々あってここに祠が建てられた。


 いつしかその人物が亡くなってからは自らを知る者、祀るものがいなくなり、力を失ったことで現在は長い眠りについている。この眠りを覚ますのが主人公である。


 ちなみに狼の神らしいが、なんか全体的に犬っぽい。大きな耳とふさふさ尻尾の美丈夫、みんな大好き超歳上の人外キャラである。


 存在の次元が違うため、お詣りをしたことのある人間にしか姿が見えず、基本的に祠のあるこの学園の敷地から出ることもできない。終盤では白い小さな狼(どう見ても子犬。かわいい)の姿になって主人公に運んでもらうことで外に出られるが、ほとんどのクエストには参加できないという何かと制限の多いキャラだ。その代わり好感度を上げるとクエスト開始時にどこからかバフをかけてくれる。


 登場条件は『祠に合計100日お詣りに行く』ことで、そのせいでルートの開始時期がかなり遅い。何も考えていないと攻略が間に合わないことが多く、配信当時は好感度不足によるノーマルエンドが量産された。開発のヤケクソその2である。流石にノアよりはずっと良心的だけど。


「だいたい毎日行けば夏には目覚めます」

「長いな」


 とにかく毎日全力ダッシュでお詣りをして早いタイミングで目覚めさせることが何よりも大事。おはようございますRTAだ。目覚めてからも頻繁に彼に会いに行くため、結局クリアまで主人公はずっと走り続けることになる。健康的。


「それにしても神と恋仲になるのか、すごいな」

「実はこれも割とあるような……」

「なんでもありか」


 おっしゃる通りです。だけど最近(?)では擬人化なども人気ジャンルだし、神とか獣人くらいならもう普通に思える。完全に感覚が麻痺している。


「シナリオはこんな感じです」


 長き眠りについていた彼はある日突然目覚める。そこには驚いた表情で座り込んでいる主人公がいて、彼女のお陰で力を取り戻したことを理解。主人公を気に入った彼は彼女との密かなやりとりを楽しむという内容だ。


 彼のルートは世界観の深掘りがメインだ。遥か歳上の彼と交流しながらこの国の過去の出来事、この世界の仕組み、神と精霊の話などを聞くことができる。


 そうしているうちに自分を慕う主人公にほのかな恋心を抱くようになった彼。しかし人外故の寿命の差、他人に見えない姿、それらを理由に主人公から離れようとする。グッドエンドでは主人公は神である彼の全てを受け入れ、命尽きるまで愛すことを誓うのだ。


 当然、このルートでもルージュは悪役として出てくる。祠に通う際に彼女が悪事をしているシーンを目撃してしまった主人公は、その口封じのため陰湿な攻撃を受けるようになるのだ。もちろん最終的にはルージュを断罪し、償わせることになる。


「美しい話だ。そして世界観とやらが純粋に気になるな」

「こちらもバッドエンドで私は死にます」

「またか」

「またです」


 断罪されたルージュは怒り狂い、主人公に一矢報いようと攻撃を仕掛けてくる。そしてどうにか応戦するも強力な攻撃により主人公は危機に陥ってしまう。刃が迫るその時、なんと彼は彼女の命を守るために神の力を使い、ルージュをそのまま壇上で祟り殺してしまった。


 彼のお陰で主人公の命は助かった。しかしルージュを殺してしまったことにより穢れた彼は魔に堕ちてしまう。その苦しみから救うため、主人公は涙を流しながら彼を倒すのだ。


「愛する者を自らの手で葬るということか……」

「戦闘の時の主人公の独白が哀しくも美しいので意外と根強いファンが多いエンドなんですけどね」

「それ、詳しく頼む」


 魔に堕ちた彼は人の姿も言葉も失ってしまう。しかし彼女のことだけは決して忘れず、戦闘中もこちらを一切攻撃をしてこない。


 お望み通りそのシーンを具体的に語れば、アルバートは手で顔を覆ってしまった。


「どうして……どうして、そんな……くそっ」


 泣いてる。


 これは恐ろしいことに好感度が高い場合にフラグが立つと起こるエンドだ。救いはフラグがわかりやすいこと。具体的には断罪シーンのイベント戦闘でルージュに負けることが条件だ。至ってシンプル。嫌なら勝てばいい。


 そのため早朝ランニングさえ欠かさなければ比較的簡単にグッドエンドでクリアできるので、仕様をわかっていれば他の攻略対象より優しめだ。ただランニングが面倒くさいだけで。



「さて、これで全員です。せっかくここまで来たのでお詣りしていきましょう」

「そうだな」


 二礼二拍一礼。横目でちらりとアルバートを確認すると、私の真似をしてぎこちなくお詣りしていた。ちょっとかわいい。


 あと99回。いや二人でやったから98回か。どちらにせよ先は長い。ある程度こちらで減らしておいて残りは主人公に任せよう。


「そろそろ戻りましょうか。……あ、そうだ。眠っているとはいえ神様のおうちですから、祠に悪戯とかしたらダメですからね」

「俺は幼子だと思われているのか?」


 いや、祠ってなんかするとゲームのジャンルが変わりそうだからさ。




 部屋に戻った私たちは紅茶を飲みつつ、今後について話し合うことにした。


「一応念を押しておきますけど、ゲームのことを他の人たちに伝えるのはダメですからね」

「それは心得ている。……話したところで俺の気が触れたとしか思われないだろうがな」


 確かに普通はそう思う。ちゃんと話を聞いてくれたアルバートが異常なだけだ。


 断罪回避のためにアルバートには話すことになってしまったが、私が転生者であることも含め、ゲームのことを知っているのは彼だけに留めておきたい。


 さて、これからどうしようか。


「どのシナリオもこの目で見てみたいものだが……」

「わかります」


 だからといって実際にはなってほしくはないエンドも多数だ。


 ゲームならともかく現実になった今、ボタンを押して画面越しに一喜一憂するような気楽さでは臨めない。やり直しも効かない一発勝負だ。下手すると死ぬし、悲惨なバッドエンドになった場合は攻略対象が苦しむことになる。


 なのでそれはそれ、これはこれである。


「アルバートは主人公とのグッドエンド、狙いに行きます? 多分それが一番幸せな道だと思いますけど」

「それだと俺がルージュを断罪することになるだろう」

「別に悪事をする気はないんで、断罪なしで普通に婚約を解消なり破棄なりしていただければ、」

「……却下する」


 ものすごく不機嫌な声で話を遮られてしまった。会ったこともない主人公と結ばれる話をされても困るだけか。反省しよう。


「それなら無難に主人公が選んだルートを見守っていくのがいいんじゃないですかね」


 残りのルートは想像力で補ってください。


「全員の攻略シナリオが見たい全エンドが見たい」

「無理なんで我慢してください」

「では全部のイベントスチルとやらが見たい」

「それも無理なんで我慢してください」

「……俺がそっちに転生したかった」


 アルバートが日本に転生してゲームするの? それはちょっと面白そう。


 でもまだ死ぬな。



「私はこれからメインシナリオの準備をしようかなと思います」

「メインシナリオ」

「攻略対象共通のシナリオですね」


 つまりは学園生活そのもののシナリオだ。詳細については話すと長いので随時語るとして、今のうちにやるべきことを挙げよう。


 メインシナリオでは一年の間で適宜、事件やイベントが起こる。そのうち厄介なものは早めに対策をしようと思っている。災害など、避けられるものなら避けたいのだ。


 よくある『シナリオの強制力』というものがここにもあったら厄介だが、どちらにせよ何かしら準備しておきたい。


 それ以外だと、侯爵家の汚職についても手を打ちたい。こちらはある程度の見当はついているので少し確認してアルバートに相談しなければ。


 万が一主人公がメインクエストで詰まないようにこっそりサポートできるように準備するのもありだ。


 あとはノアとどうにか和解できないか……できるのか? できる限り努力しよう。ダメ元で。


 やることはいっぱいだ。


「こんな感じですかね。しばらく忙しくなりそうなので、また一段落したら──」

「俺もやる」

「え」

「俺も協力したい」


 ダメか? と言われれば、特に断る理由もなかった。若干心配だが、状況を知っている協力者がいるのは確かに心強い。


「そうですね。じゃあよろしくお願いします!」

「うむ」



「それで、まずは何をするんだ?」

「乱数テーブルの確認ですね」

「乱……え?」


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