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「ここに来るのは初めてだが、案外賑やかだな」
アルバートはそう言って辺りを見渡す。
五月初めの週末、私と彼は国境の街に来ていた。石畳の広場を歩くと目の前には活気に満ちた市場が広がっており、露店の布越しにカラフルな品々が見える。
「それで、この街で何をするんだ?」
「買い物です」
「買い……物……?」
私の返答にアルバートは首を傾げるが、「これは『秘策』の一環ですよ」と伝えると彼の表情はすぐに興味津々といった感じに変わった。
「買い物が『秘策』に繋がるとはな。しかし、ここは馬車でも数日はかかる距離ではないか? ……まさか一人でここまで来たのか?」
「その通りです」
彼は目を丸くしていた。その表情が面白くて私は小さく笑みを浮かべる。最近、忙しかったのはそのため。ワープポイントを使えるようにするためには、一度その場所を訪れる必要がある。その条件をクリアするため、地道に各地を回っていたのだ。
「……ここのところ放課後に見かけないと思っていたが、ここまで遠いところに来ていたとは」
「ここだけじゃないですよ。現時点で行けるエリアはもう全部繋ぎました!」
「!? い、いつの間にそんなことを……!?」
彼はしばらく感心したような顔をしていたが、最終的に「まったく、油断も隙もないな……」と言って笑いながら肩をすくめた。……若干、引かれていた気がしなくもないが、まあいいだろう。
「ともかく、この街は隣国との交易が盛んですからね。品物も珍しいものが多いんですよ」
「ふむ。で、具体的に何を買うつもりだ?」
「それは……秘密です!」
ぽかんと口を開けてしまった彼に向かって笑いながら「この前のアルバートの真似ですよ」と続ければ、彼は呆れたような、でも楽しそうな表情をした。ちょっとした仕返しだ。
「さあ、行きますよ!」
「ああ!」
実は私一人でも今回の買い物はできる。なのに今日アルバートを連れて来たのは、たまには息抜きに遠出をするのも悪くないと思ったからだ。この前のメインクエストも無事に終わったことだし、これは気分転換である。
まず足を向けたのは、銀細工が評判の雑貨店だった。
店内は薄暗く、壁際には無数の銀細工が整然と並べられていた。微かな金属の匂いが鼻をつき、天井から吊るされたランプがかすかに揺れて、少し怪しげな雰囲気がある。
「これですね……よし、ここはこれで大丈夫……」
棚に並ぶ中から、目的のものを選びながら呟くと、アルバートが近づいてきた。
「ふむ、悪くないな。だが……」
「? 何かありましたか?」
「いや、なんでもない」
「?」
彼が一瞬だけ視線を棚の奥に向けた気がした。その様子が少し気になったものの、特に追及はしない。その代わりにちょうど手元の棚にあった商品を彼に見せてみる。
「これ、そこそこレアアイテムですよ」
「買うか」
いや即答かい。なんとなくそんな気はしたけど。
次に向かったのは花屋だ。扉を開けると、湿った土の匂いと新鮮な花の香りが一斉に押し寄せてきた。天井からは巨大な蔓植物が垂れており、色とりどりの花々が所狭しと並んでいる。
「すごいな……」
アルバートは目を細めて呟いた。
「そうですね。で、次はこの青い花です」
その言葉と同時に私は手を伸ばす。この花はこの地方特有の品で、ゲームではここでしか買えないアイテムだ。すぐに手に取り会計に向かおうとした私に、彼は感心したような顔をした。
「相変わらず迷いがないな」
「ふっふっふ……用意すべきものは既に頭に入っていますので」
「だろうな」
軽口を交わしながら、品物を次々と選んでいく。買い物は順調で、リストのほとんどが既に埋まりつつあった。いいペースだ。このままどんどん集めよう。
「そうだ。せっかくですし、少し寄り道しませんか?」
「いいだろう。……しかし、今度は何を企んでいるんだ?」
道を歩きながらそう提案すると、アルバートは目を細めて私を見る。
「まったく、人聞きが悪いですね。ちょっとしたアイテム回収ですよ」
「ほう」
昼前には買い物をほとんど終えた私たちが向かったのは、街から徒歩で十五分程離れた小高い丘だった。そして目的地はこの丘のふもと。
「はい、ここですね……ここを、こうして──ありました!」
「早すぎるのだが」
そこにあったちょっとした岩場を魔術で少し掘り返すと、そこからキラリと光る宝石が顔を出す。はい、あっさり出てきたこれが私が探していたアイテムです。
その様子を見ていたアルバートは苦笑いをしながら口を開いた。
「これも例の『白テーブル』とやらの影響か?」
「その通りです」
これも乱数テーブルの恩恵だ。もっと険しい山地で入手するはずのアイテムがこんな場所から手に入る。RTA勢御用達なだけあって、本当に白テーブルはレアアイテムが簡単に集まって助かるのだ。いつか崖登りをさせられる欠点はこの際、気にしない。
「じゃあ戻りますか」
「待ってくれルージュ」
私は街に戻ろうと歩き出したが、アルバートが急に足を止めて私を引き止めた。
何事かと思い、彼が指差した先にあった看板を見てみると、丘の上に展望台があり、そこから周囲の景色を一望できるらしい。
「展望台、ですか」
「せっかくだ、登ってみないか?」
「いいですね」
彼の提案に乗り、五分ほどかけて緩やかな坂道を登り切ると、目の前には展望台と広がる青空が現れた。
展望台に登り周囲を見渡すと、遠くには隣国の山々が霞むように連なっている。
「広い、ですね」
ゲームで見たマップの向こう側のずっとずっと広い範囲が視界に入り、この世界の広さを実感する。
これがゲームの中ではなく実際の世界であることを改めて感じた私は、なんとなくアルバートに語りかけた。
「……実はゲームでは主人公たちはこの国から出られないんですよ」
「そうなのか?」
驚く彼に私は軽く頷き、続ける。
「はい。なのであの山の向こうがどうなっているのか、私は何も知らないんです」
「……」
腕を組みながら風景を眺めていたアルバートは私の言葉を聞いてしばらく目を閉じて沈黙する。そしてゆっくりと口を開いた。
「……ならば、いつか行ってみるか?」
「え、いいんですか!?」
その言葉に私は思わず食いつく。それは願ってもないことだった。
今はこうやって出歩いているが、私は侯爵令嬢、しかも王太子の婚約者という立場上、本来ならばこんな自由はない身の上だ。だから隣国に行くなんて私の意思で簡単にできることではない。でも、行けるものなら行ってみたい。
そんな私の様子を見た彼は軽く笑いながら続ける。
「ああ、構わない。そうだな、無事に卒業式が終わったら──」
「いやそれフラグ!」
「二人で……フラグ?」
あまりにもフラグ過ぎるアルバートの発言に咄嗟にツッコミを入れると、彼はきょとんとしていた。だけど、こんなところでその説明は野暮だろうし一旦流そう。
フラグは後で私がへし折ればいい話だし。
「なんでもないです。……楽しみにしてますね! 約束ですよ!」
「ああ!」
気を取り直し、そう言って笑いかけると、彼は力強く頷いた。
買い物を終え、ふと空を見上げると、夕焼けが西の空を染め始めていた。
「……もうこんな時間ですか」
あの後、しばらく風景を楽しんでから街に戻った私たちは少しだけ別行動をしたり、お互いに気になった店に入ってみたりしているうちに、いつの間にか結構時間が経っていたようだ。
「なかなか良い買い物ができましたね」
「そうだな」
とはいえ目的のものは無事に手に入れたことだし、リフレッシュもしたし、後はワープポイントから学園に戻るだけだ。
「今日はありがとうございました。そろそろ帰りましょう」
そう言うと、隣を歩いていたアルバートが静かに頷きつつ、私を見た。
「ルージュよ。もう教えてくれてもいいだろう? 『秘策』とはいうが、結局、これは何の目的のための買い物だったんだ?」




