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【連載版】このゲームをやり尽くした私を断罪する? どうぞどうぞ、やってみてくださいな。【三章更新中】  作者: 折巻 絡
二章

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 メインクエスト前日。いつもの部屋に入ると、アルバートはソファに座り、手帳をめくっていた。その顔はやけに楽しそうに見える。


「今日はなんだか機嫌が良さそうですね。何かいいことでもありました?」


 私が尋ねると、彼は目線を手帳から私に移し、ほんの少しだけ口角を上げた。


「そう見えるか?」

「はい。いつもより妙に楽しそうですよ」

「妙、か」


 彼はそう言って、軽く肩をすくめて笑う。


「別に大したことじゃない。ただ週末に少し思いついたことがあったんだ」

「思いついたこと?」


 私が興味津々で問い返すと、アルバートは短く笑ったが、それ以上は何も言おうとしなかった。


「……教えてくれないんですか?」

「教えない」


 まるで秘密を抱える子供のような態度に、私は軽くため息をつく。気になるが、きっと私が知らなくてもいいことなのだろう。


「まあいいです。あんまり変なことはしないでくださいね?」

「わかっている」


 ちなみに私は週末、王妃教育漬けだった。なので王城には行ったものの、アルバートには会っていない。彼が何を思いついたのかはわからないが、楽しそうだからいいか。


 それより本題である。


「ともかく、今日はこれを渡したくて来たんです」


 そう言って、私はポケットから小さな布袋を取り出し手渡した。彼が早速袋を開くと出てきたのは淡い金属光沢のあるイヤーカフだった。


「これは?」

「ちょっとした通信機ですね。試しに付けてみてください」


 彼は通信機をしばらく眺めてから片耳につけた。そして魔力を込めるように指示をすると、彼は素直に従う。私も同じものを耳につけて、同様に魔力を込める。


「これでどうするんだ?」

「ちょっとやってみますね。あー、あー、……どうですか? 聞こえますか?」


 私がそう言うと、彼は軽く眉を上げ、耳元に手を当てながら答える。


「……聞こえる」

「良かった。成功ですね」


 どういうことかわかっていないアルバートにそのまま説明する。この世界には魔力を込めるとある程度の距離ならば音声を通信できる魔石があるのだが、それを加工して作ってみたのだ。


「明日は別行動ですからね。離れていても意思疎通ができたら良いかなと」

「なるほど、これは便利だな」


 しばらくして、アルバートが通信を試しながらふと思い出したように言った。


「そういえば、一つ頼みがあると言っていなかったか?」

「はい、今回のクエストで、アルバートにお願いしたいことがあるんです」

「何だ?」


 私は少し真剣な表情を作り、椅子に座り直した。


「ちょっと手を抜いてほしいんです」

「手を抜く?」


 彼は目を細め、私の意図を探るような視線を向けてきた。


「あ、ちょっと語弊がありますね。えーと、手加減してください。魔物に対して」


 不思議そうに首を傾げる彼に、その理由を説明すると静かに頷いた。


 よし、これで準備は整った。あとは本番を待つだけだ。



『緊急放送。学園内に魔物が出現しました。生徒の皆様は直ちに避難してください。繰り返します、学園内に──』


 翌日の昼休み、学園内に突如として流れたアナウンスに生徒たちは慌てふためく。すぐに指示通りに避難する者もいれば、何が起こったのかを理解できずに立ち尽くしている者もいる。ゲーム通りの展開だ。


「さて、行きますか」


 皆が混乱している中、私は素早く周囲を確認しながら動き出す。


『……ルージュ、聞こえるか?』


 目的地に向かおうと足を進めていると、アルバートの声が通信機越しに届く。


「聞こえてますよ」

『魔物の件だが、一旦エレナは避難させ、ダリウスと二人で追いかけることになった。まずはこれでいいだろう?』

「はい、私は裏から援護しますね」


 私は即座に答える。魔物がどこに現れるかのルートはわかっているし、彼にはどのように動くべきかを伝えてある。


『了解だ。ルージュも気をつけてくれ』

「もちろん!」


 通信が切れる。私がすべきことは一つだ。


「よし、先回りしましょう!」



 校舎の廊下を進むと、屋内にも関わらず霧が漂い始めた。進むほど霧は濃くなり、昼間だというのに夜のように暗い。


 目的地に到着すると、霧の奥で何かがゆらりと動いた。霧の中に溶け込むその魔物のぼんやりとした輪郭は、大きな狐のようにも見える。


「……やっぱりここにいますよね〜」


 私は柱の陰に隠れ、じっと魔物を観察する。魔物は、ゆらゆら揺れながら周囲の魔力を吸収し、霧をさらに濃くしている。あれが今回のクエストのターゲットだ。


 この魔物、ゲームではすぐに討伐されたものの、放っておけば周囲の生物の魔力を吸い上げ際限なく強くなると設定集に書いてある危険な存在である。


 今も実際、冷たい空気が肌にまとわりつき、胸の奥が妙に重い。少しずつ魔力が吸い取られているのだろう。


 しばらくすると、廊下の向こうからアルバートとダリウスが現れた。アルバートが剣を抜いて慎重に構える一方、ダリウスは、何を思ったのか剣を振り上げ勢いよく魔物に突っ込んでいく。


「おい待て、様子を見るんだ!」

「うるせぇよ! さっさと終わらせるぞ!」


 ダリウスは魔物に向かって剣を振り下ろす。しかし、魔物は霧の体を活かして攻撃をするりと避け、逆にその霧でダリウスを包み込んだ。


「ぐっ……!」


 ダリウスが苦しげな声を上げる。その瞬間、アルバートが素早く剣を振り、霧を断ち切った。


「……もう少し慎重に動け」

「うるせぇ、黙ってろ!」


 そのままアルバートが正確に魔物の動きを封じ、ダリウスが攻撃を加えていく。魔物の霧の体は徐々に薄れていくが、突然、濃霧を発生させると廊下の奥へと消えていった。


「おい、待ちやがれ!」

「……逃げられたか」


 二人は魔物を追って廊下を進んでいった。


「……なんとかいけそうですね」


 ダリウスの様子が少し心配だが、これなら援護は必要ないかもしれない。私は二人が去るのを確認し、小さく息をついた。


 今回のクエストは戦闘と追跡を繰り返し、魔物を倒すというもの。一定のダメージを与えると魔物は逃走し、特定の場所に移動する。それを繰り返し、三回目の戦闘で討伐できる仕組みだ。


 彼らが追いかけている間に、私は別ルートを使って目的地に先回りする。次のエリアは普段あまり使われていない薄暗いフロアだ。到着すると、霧がさらに濃くなっており、前がほとんど見えない。


「あれ……?」


 隠れて魔物を待とうかと思ったそのとき、物陰に震える影を見つけた。近づくと生徒が数人固まって震えている。霧で視界を奪われ逃げ遅れたのだろう。


 魔術を使って一時的に霧を払うと、急に視界が開け驚いた生徒たちが私を見て目を見開いた。


「! ル、ルージュ様……!?」

「今のうちに早くお逃げなさい」


 そう言って魔物のいない方向を指さすと、生徒たちは頭を下げてすぐに走り去っていった。これでよし。


「──!」


 その直後、背後の霧の中に異様な気配が現れ、急いで物陰に身を潜める。ギリギリセーフ。危ない危ない、魔物に見つかったら面倒なことになるところだった。


 そのまま少し待つとアルバートとダリウスが到着し、二人は再び魔物と戦い始める。霧を自在に操る魔物は厄介だが、二人はどんどん魔物を追い詰めていく。


「これで終わりだ!」


 ダリウスの剣が魔物の中心を貫くように振り下ろされ、霧が一瞬だけ晴れた。だが、倒しきれなかった魔物はすぐにどこかへ逃げていく。


「……また逃げたか。追うぞ」


 アルバートは冷静に言った。



 さて、最後は屋上だ。再び次の目的地に先回りしようと廊下を移動していると、耳元の通信機から突然声が聞こえた。


『──』

「……?」

『ダリウス。お前、先ほどから動きが変だが、気が散っているのか?』


 アルバートから何か連絡があるのかと思ったが、聞こえてきたのは二人の会話だった。おそらく何かの拍子に通信機を起動してしまったのだろう。


『……うるせぇ。俺のやり方に口を挟むな』


 声だけでも険悪な空気が伝わってくる。私は足を止め、廊下の壁にもたれながら、音声に意識を集中した。盗み聞きするのはよくないかもしれないが、聞かないわけにはいかない。


『俺の言い方が悪かったか? だが本当に変だろう。魔物の前で集中力を欠くなど──』

『何度もうるせぇな! そういうところが気にくわねぇんだよ。それに、』


 アルバートは冷静だが、ダリウスは苛立ちを隠せない様子だ。どうしてここまで荒れているのか……そう思っていると、ダリウスの声が急に低くなった。


『この際、ついでに聞いてやる。てめぇ……この前エレナに何を囁いてたんだ?』

『? 何の話だ』

『……見たんだよ、てめぇとエレナが一緒にいるところを』


 どうやら先日、学園内でアルバートがエレナに何やら囁いていたのをダリウスが目撃してしまったらしい。


 私は頭を抱えた。……それ、多分ゲーム通りに攻略シナリオを進めようとしているだけです。状況に心当たりがあり過ぎる。


 でもそんなことを言うわけにもいかないし、アルバートはどうするんだ。


『なんだ、そんなことか。俺が誰に何を囁こうと、俺の勝手だろう』


 アルバートの声は淡々としている。開き直ったようなその態度に、ダリウスの怒りがさらに膨れ上がるのが通信機越しにも伝わってきた。


『あぁ? ふざけんなよ!』

『──!』


 その瞬間、ダリウスの声と同時に耳に飛び込んできたのは、ガサリと布が擦れる音と低い衝撃音と、何かを掴むような音。


『ぐ……っ、離せ』


 アルバートの声が苦しげに歪む。二人に何が起きているのかは分からないが、確実にただ事ではないだろう。


『てめぇには婚約者がいるだろ……つまり、てめぇがやってるのはただの不貞だ!』


 ダリウスはそのまま勢いよく捲し立てる。


『一国の王太子とあろう者が随分なことだな。そんな真似をしてぇんなら、その前に婚約を解消でもしたらどうだ!?』


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