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「あ゙ー、もうほんとに疲れましたよ……」

「今日は災難だったな」


 その日の放課後、私はアルバートといつもの部屋で顔を合わせた。


「加勢に行けず、すまなかった」

「いえ、それはしょうがないですよ」


 疲れ果ててソファに座り込む私に、彼は言葉を続ける。魔術暴走の時、彼も駆けつけようとしたが、私との不仲を演じる必要があったため来られなかったのだ。


「遠くから見ていたのだが、あの状況であそこまでやれたのはさすがだな。ただ……」

「ただ……なんですか?」


 彼の表情がふと曇り、そのまましばらく黙り込む。その様子に不安を覚えた私は、顔を上げて彼をじっと見つめた。


「ルージュは試験中、エレナがどうしていたか見ていたか?」


 私は首を横に振る。自分たちの試験とダリウスに集中していたし、その後は魔術暴走の対応で手一杯だった。彼女を見ている余裕はなかった。


「……何かあったのですか?」


 そう答えた私に、彼は静かに頷いた。どうやらアルバートは試験中、自分の試験をこなしながらも、エレナの様子を観察していたらしいのだが、


「そもそも彼女は試験をまともに受けていなかったんだ」

「え……!?」


 想定外のセリフに驚く。彼女が試験を受けていない?


「それってどういう……」

「そのままの意味だ。彼女はペアの相手に試験を任せきりにして、他の人間と話して回っていた。しかも、『妙に余裕のある態度』で周囲を気にしつつ、な」


 彼の視線が鋭くなる。試験は二人一組でどちらかがクリアすればいいので、それ自体は褒められはしないが問題ではない。だが、彼女の場合、それ以外の問題がある。


「彼女はゲームの……この出来事を知っているのだろう?」

「そのはずです」

「ならば……あくまでこれは俺の推測に過ぎないが」


 アルバートはそう言って一度言葉を切り、慎重に続きを紡いだ。


「彼女は、最初から(・・・・)自分以外の誰かに『魔術暴走』を解決させる──そんな筋書きを考えていたのではないか?」

「……!」


 断片的だった疑念が、頭の中で繋がっていく。試験中の彼女の態度。必要以上に周囲を気にする行動。そして、私たちが魔術暴走を必死で抑えていた時の、あの絶妙なタイミングでの登場。


 ──そう、彼女は最初から解決役を他人に押し付けるつもりだったのだ。


「なんというか……色んな意味ですごいですね」


 呆れたようにそう言い、「褒めてないですけど」と付け加えると、アルバートは苦笑した。


 実際、あの魔術暴走を抑えたのはほとんど私たちの力だ。試験が終わってすぐに魔術が失敗した原因を検証したが、その結果、『妨害』を受けた可能性が高いという結論に至っている。魔法陣も呪文も正しかった。


「となると、やはり彼女が仕組んだのか」


 彼曰く、エレナは私とダリウスが魔術暴走に立ち向かう様子を少し離れた位置からじっと見ていたらしい。


「そして、ルージュが魔法陣を完成させ呪文を唱え始めた瞬間、彼女は急に二人の方に走り出した……というわけだ」


 おそらくその時に、呪文の妨害と魔法陣の起動が行われたのだろう──そう彼は続け、そして、ため息をつきながら言った。


「まったく、頭の痛い話だな」



 部屋を出て一人になった私は、薄暗くなり始めた学園内を歩きながら考えを巡らせた。


 冷静になればなるほど、その腹立たしい状況が鮮明になってくる。人を利用するだけ利用して、自分だけ美味しいところを持っていこうとするなんて。


 それに、私が魔術暴走に直面したことも彼女にとっては都合が良かったのだろう。だから彼女はこの機会を逃さず、私が人前で失敗したように見せかけようとした。


「まあ、それも計画通りにはいかなかったわけですけど」


 これはダリウスのおかげだ。


 エレナは確かに狡猾だったが、最後の詰めが甘かった。彼女はダリウスの性格と行動を読み違え、彼がどんな状況でも自分の味方をしてくれると思い込んでいたのだろう。まさか彼の馬鹿正直に助けられるとは思わなかった。


 私を陥れつつ、手柄だけを持っていく。とんでもない作戦だが、ダリウスがあの性格でなければ成功していただろう。こういう嫌なところで頭が回るのだから、厄介だ。


 だけどあのやり方は危険だ。私はともかく、ダリウスも怪我では済まない可能性があった。仮にゲーム通りに私に試験を邪魔されなかったことに腹を立てたとしても、あの場で呪文を妨害してまで──


「……妨害?」


 頭の中に新たな疑問が浮かぶ。妨害したのは本当に彼女なのだろうか。


 日頃からレベリングを重ねている私と、物語が始まったばかりの主人公である彼女ではおそらくかなりレベル差があるはず。私の魔術を妨害できるほどの力が、今の彼女にあるとは考えにくい。


 私たちのように転入までに既にレベリングをしているのかもしれないが、あるいは──


「協力者がいる……?」


 彼女単独ではできないことを、誰かが手を貸している? 


 ……さすがに考え過ぎだろうか。しかし、その可能性も否定できない以上、次のメインクエストは彼女は戦力に含めない方がいいだろう。どんな動きをするのか予測が難しい。


 どうにか彼女の代わりにダリウスが頑張ってくれるといいのだが。次のクエストは戦闘があるし、防御特化の彼は役に立つはずなのだ。


 アルバート曰く、次のクエストからはダリウスも参加するだろうとのことだが……それって散々煽ったからだよね? 大丈夫?


 来てくれるのはいいが……あの険悪な状態で二人はうまくやれるのだろうか? 不安しかない。



 寮の部屋に戻った私は攻略チャートを広げた。エレナを戦力から外す以上、作戦を大幅に練り直さなければならない。


「はぁ……どれだけ手間がかかるんですかね」


 疲れた声でため息をつきながらノートをめくると、ふわふわと漂う精霊が、私のそばを飛び回った。


「ほんと、嫌になっちゃいますよねー」

『?──、!』


 精霊は小さな音を立てながら、私の肩に止まった。いつもと変わらない仕草だ。


「エレナさんにとって、私が悪者になる必要性って、何かあるんでしょうか……やっぱり原作通りにしたいんですかね?」


 ぼんやりと呟く。返事がないのはわかっているけれど、声に出すことで考えを整理したかった。


「……なんて、あなたにこんなこと言ってもしょうがないですよね!」

『──?』

「ふふ、そろそろ寝ましょう」


 ふわりと浮かび上がった精霊に「聞いてくれてありがとう」と告げると、私はベッドに潜り込んだ。




 試験の結果が掲示されたのは翌朝のことだった。廊下に貼り出された紙を恐る恐る覗き込み、得点を確認した私は思わずほっと胸を撫で下ろした。点数はそこそこ高かった。これなら問題ないだろう。


「意外といけるもんですね……」


 魔術暴走に巻き込まれたことで余力がほとんどなく、もっと悪い結果を覚悟していた。あの後、ちゃんとダリウスも頑張っていたので彼のおかげもあるだろう。


 

「あら。ごきげんよう、ダリウス様」

「……おはよう」


 教室で鉢合わせたダリウスに、軽く挨拶をする。彼は少し驚いたような表情を浮かべたが、ぎこちなくも返してくれた。その様子に前のような刺々しさはない。


「おい」

「なんですの?」

「てめぇ、体調は大丈夫かよ」

「……ええ、問題ありませんわ。お気遣いありがとうございます」


 やっぱり口は良くないけど、悪い人じゃないんだと改めて思う。ただ私を悪女と思い込んでいただけなのだ。


 試験の結果について彼と雑談する。今の彼が何を思っているのかはわからないが、彼の勘違いはひとまず解決と考えていいだろうか。


 とはいえ安心している場合ではない。すぐに次のメインクエストが控えている。気を引き締めなければ。そう思いつつ、私は授業に向かった。



 ──この時の私は、ダリウスの件が根本的に解決したわけではないことを忘れていたのだった。


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