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「残りの二人は隠しキャラなんですよ」
「隠しキャラとな」
「はい。なので今はまだ知らなくても支障は──って話しますすぐに話します!」
だからそんな怖い顔しないでくれバッドエンド思い出すからやめて。
しばらく会えないので後回しでもいいのは嘘ではない。別に説明がめんどくさかったから逃げようとしたわけではない。本当だ。
残りの二人は課金での追加コンテンツとして配信された攻略対象で、初期キャラ三人とは一味も二味も違う。
そしてどちらもかなりの問題児なのだ。色んな意味で。
「四人目は、ノア・ド・ラリマー。私の義弟です。けど……」
「……けど?」
「二年後に入学してくるのでそれまではそっとしておいてください。まだ侯爵家の養子になったばかりなので変に刺激したくないんですよね」
これはガチだ。理由は後述する。
「問題ない。無理強いしたいわけではないからな。しかし……侯爵殿が養子をとると話には聞いていたが、それがまさか攻略対象だったとは」
「……実はこれもそこそこテンプレなんです」
「テンプレ多くないか?」
わかる。でもみんなテンプレ好きだから仕方ない。
「一応シナリオはこんな感じです」
彼は初期キャラ三人のグッドエンドを全て見た後、初めからでプレイをすると転入直後に廊下でぶつかって出会う新入生だ。
元は名のある伯爵家の五男だったが、生まれ持った高い魔術の能力と飛び抜けた頭脳を持つ天才故に侯爵家の跡取りとして引き抜かれ、ラリマー侯爵家の養子になった。実際は彼の能力を恐れた親兄弟からの厄介払いも兼ねていたらしい。
伯爵家では存在を望まれず皆から距離を置かれ、侯爵家では義姉であるルージュからの酷い横暴や侯爵家の悪行を目の当たりにしてしまい、学園に入学する頃には自己肯定感0の陰鬱で攻撃的な性格になっていた。
そして主人公との出会いを経て精神的に強くなった彼は最終的に容赦なくルージュを侯爵家ごと断罪する。彼は自分の身分と引き換えに汚れ切った家を捨てるのだ。
「このルージュはかなり悪役感が出ているな」
「そうなんですよね」
このシナリオの性質上、攻略対象の中でも彼だけは最初から明確にルージュに憎悪を向け敵対することになる。アルバートでさえ序盤はルージュを『うるさくて面倒な女』くらいの扱いをしていたのにだ。
断罪の内容もこれまでの嫌がらせ系から打って変わって侯爵家の裏事情に関するものがメインになる。これまでのシナリオでは見えてこなかったルージュの陰での悪行や家ぐるみの汚職などを暴き、そして罪を償わせるのだ。彼女の行動の理由や不遇な過去などを知れるためファン必見である。
ルージュ推しの友人は公式からの大量の供給に喜んでいた。もう断罪されるのは仕方がないと割り切っていたようだが、それでいいのか? 推しが悪役だと大変である。
「一応聞いておくが、侯爵殿は汚職をしているのか?」
「……その辺は後で相談させてください」
VS侯爵家は私一人には荷が重過ぎる。助けて欲しい。
さて、ノアの話に戻ろう。
問題はその攻略難易度である。本当に馬鹿みたいに難しいのだ。幽◯ノ乱かよ。
画面には好感度は表示されないが、解析によるとその初期値は全キャラ中最低値の0。他のキャラは二択の選択肢なのに彼の場合は何故か三択になっており内容も難解で好感度が上がりにくい。ほぼ無表情でリアクションも少なく好感度の上下がほとんどわからない。さらにバッドエンド直行のフラグが異様に多い。序盤の主人公に対する当たりのキツさも相まってまさにドM向け仕様のアルティメット問題児。プレイヤー殺しの化け物だ。
ノウハウのない発売当初にはなんとバッドエンド率九割超。どうにか回避しても好感度不足でノーマルエンドまでしか行けずSNSや掲示板は阿鼻叫喚だった。最終的にグッドエンドが報告されるまで二週間は掛かっていた。
現在でも攻略サイトなしではかなりの難易度を誇る超強敵だ。『初期キャラの攻略が簡単過ぎる』と言われ続けた開発がヤケクソになって作った説が濃厚である。王太子の追加バッドエンドといい、開発は少し落ち着け。
その凶悪な攻略難易度の代わりに初期レベルとステータスは飛び抜けて高く、クエストに連れて行けるだけの好感度を稼げれば単騎でクエストボスをしばき回せるほどの破格の戦闘能力を持つ。さすが天才。
その強さ故にクエストクリアRTAの走者は皆、彼にお世話になるという。ついたあだ名は『義弟様』。
このルートではメインクエストの消化はおまけと化し、もっぱら彼の好感度をどうにかすることに時間を費やすことになる。ある意味一番乙女ゲームらしいのかもしれない。
「もはやなんらかの魔物か?」
「ちなみにバッドエンドになると私は死にます」
「なんと」
ルージュは断罪された後に牢の中で不可解な死を遂げ、ノアは自分の存在は主人公に相応しくないと手紙を残し失踪。多くを失い心に大きな穴が開いた主人公が手紙を握ったまま呆然と立ち尽くすシーンで終わる。
「これは……なんとも疑惑と後悔が残る終わり方だな」
「しかもこのシーンの直前までグッドエンドみたいな雰囲気なんですよ。そこから突然のコレです」
「なんて悪質な」
本当にそうである。初見でグッドエンドだと思った多くのプレイヤーは主人公と同じ顔をしていただろう。私もした。以降の情報が無いため結局真相はわからないし、様々な憶測が飛び交った。
「その分グッドエンドはすっごく良くてですね、」
断罪を終え、自身を縛り付けていた全てのしがらみから解放されたノア。出会った時から一度も笑わなかった彼が、『僕は、あなたの隣に立てるような人間になれたでしょうか』と主人公に語りかけながら穏やかに微笑むのだ。そして主人公が涙ながらに彼を抱きしめるシーンで締めくくられる。
初めて辿り着いたその日、私は静かに涙を溢した。彼が幸せになってくれたという安堵と、謎の達成感に。
「それは……いいな。こう、グッとくる」
「でしょう! そうでしょう!」
このエンドの良さを理解できるとは、アルバートは本当に話がわかる。後でもっと詳しく聞いてもらおう。
実はノアは義弟である以前に、前世の私の推しなのだ。バッドエンドに吸い込まれ過ぎてプレイ回数はぶっちぎりで最多。苦労して何度も何度も周回しているうちに気がついたら愛着が湧いていた。もはや序盤に死んだ目をしているところすらもかわいく見える。
最大の欠点は今この時点で既にルージュを嫌っていること。だから転生してからまだ一言も喋れていない。泣いていいですか。
「推し、とは」
「好きなキャラですね」
「……ほう」
アルバートは私の言葉に明らかに不機嫌になる。何か気に食わない部分があったのだろうか。
「……好きなのか」
「まあ、好きと言っても色々ありますけどね。私の場合は『なんとか幸せになってくれ! うおおおお頼む!』って感じの好きです」
「………………ならいい」
何がだろうか。
もしかして負けず嫌い? 自分が一番推されてないと気が済まないタイプか? アイドルだったら大変だぞ。
シナリオの内容は全部把握していてもそれはあくまでプレイヤーとしてだ。裏で何が起こっていたかやシナリオ以前の出来事はファンブックにあった内容しか知らない。
しかしルージュの記憶によると既にかなりの横暴を彼にかましていたようで好感度は0どころかマイナスだろう。屋敷ですれ違ったときにハイライトの全く入ってない暗い目で見られて落ち込んだ。ダメかも。
仮に断罪が起こることが運命のように避けられないものだとしたら、敵に回すと一番まずいのはノアなのではないかと私は思う。二番? アルバートでした。過去形です。
今からでも優しく接すれば二年後までに少しはマイルドな性格になるだろうか。
「まあ頑張れ。して、最後の一人は?」
「超他人事じゃないですか。なんかあったら巻き込んでやる」
「やめろ」
メインキャラクターが逃げられると思うなよ。
……話を戻そう。
「最後の一人はですね……人じゃないです」
「人じゃない」