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 放課後、いつもの部屋に差し込む夕陽が赤くテーブルの上を照らしている。私はアルバートの書類整理を手伝うともなく、対面のソファに腰を下ろしていた。


「……アルバートって、ダリウスと仲が悪いんですか?」

「ん?」


 紅茶を一口飲み、気になっていたことを思い切って尋ねた。彼はペンを止め、眉をわずかに上げて私を見る。


 なぜこんなことを聞いたかといえば、今日の昼休み、校庭の片隅でアルバートとダリウスが言い争っているのを目撃したからだ。


 ──いや、正確にはダリウスが怒鳴り散らし、アルバートが冷静に受け流していたのだが。ゲームでは確かに二人の仲は良くなかったが、現実でもこうなるものだろうか、と少し驚いた。


 そのことを素直に尋ねると、アルバートはなんだ、それだけのことかと言わんばかりに肩をすくめてあっさりと言った。


「誰しも合わない人間はいる。ダリウスにとって俺がそうだったのだろう」


 そのさらりとした態度に拍子抜けする。だが、昼間のダリウスの怒りようは尋常ではなかった。近くにいた生徒たちは遠巻きに様子を伺っていたが、あまりの剣幕に誰も二人の間に入ろうとしなかったほどだ。……私の目には、ゲーム以上に険悪になっているように映ったのだが。


「本当にそれだけなんですか? 何かあったんじゃ……」

「特にないな」


 彼の声は平静そのものだった。視線を再び書類に戻し、ペンを滑らせる。……これは多分話を流そうとしているようだ。話題を早く終わらせたい感がすごい。


「まあいいですけど、できる限り仲良くしてくださいね。あなたにとっては一緒に戦う仲間なんですから」

「………………ああ」


 なんだその不穏な間は。そしてなぜ目を逸らす。


 というわけで彼らの間には十中八九何かあったのだろうが、問い詰めても無駄だと悟った私はそれ以上追及するのをやめた。



「──そろそろ本題なんですけど、」

「なんだ?」


 ダリウスのことより、今日は話さなければならないことがある。書類整理を終えたアルバートが肩を軽く回し、紅茶を手に取るのを見計らって、私は切り出した。


「次のメインクエストは月末に発生します」

「ほう」


 カップを口元に運びながら、彼は楽しげに私を見る。


「次はどんなクエストなんだ?」

「えーとですね……」


 その無邪気な態度に、これから話す内容の重さをどう伝えるべきか一瞬迷った。だが隠しておくわけにはいかない。私はため息をつきつつ、「ちょっと言いにくいんですけど」と前置きをして、話を切り出した。


「実は──学園内に、強力な魔物が出現します」

「……!」


 勇気を出して詳細を語ると、彼の表情が一瞬固まり、紅茶を持つ手が止まった。事態の深刻さは伝わったようだ。


「強力な魔物……だと?」

「はい」


 驚くのも無理はない。学園内には日頃から弱い魔物は生息しているが、危険度が高い魔物は入り込めないような特殊な結界が張ってあるのだ。だが、今回の魔物はそれをすり抜けてくる。何の前触れもなく学園内に現れ、生徒を狙う。


「……詳しく教えてくれ」

「わかりました」


 聞かれるがままにその魔物についての情報を詳しく伝えると、彼は顎に手を当て、眉を顰めて考え込んだ。


「結界はともかく、そもそもこの王都周辺にそのような魔物はいないはずでは……」

「……本来はそうだったんです」


 私は具体的なクエストの概要を説明する。四月末のある日、突如学園内に『誰も知らない強力な魔物』が出現し、それが学園内で騒動を巻き起こすのだ。そして偶然にも魔物と遭遇してしまった主人公たちは協力して魔物を撃退することになる。


 しかし、それはさらなる困難の序章に過ぎなかった。この魔物が異質であること、そして精霊王の力で生まれたことが後ほど明かされる。つまりこれは『異変』の影響が着実に学園にまで及び始めたことを示すイベントなのである。


「……という感じです」

「今から防ぐことはできないのか?」

「おそらく不可能です」

「……」


 アルバートは難しい顔のまま沈黙した。


 被害を最小限に抑える方法を考えるべきだが、原因が原因だけに完全に防ぐのは難しい。皆に話して準備をするにも簡単に信じてもらえるようなものでもないし、今できることは心の準備とレベリングくらいだろう。


「……わかった」


 それ以上、この話題について触れることはなかった。短く頷く彼の横顔に複雑な思いを抱えつつ、その日は寮に帰ることにした。




 メインクエストまで一週間と迫った頃、校内の掲示板に目を向けた私は、大きなため息をついた。


「あー、そういえば、こんなのもありましたね……」


 そこには『三年次の魔術試験』と書かれたお知らせがあった。しかも期日は明日。クエストだのなんだので忙しく、すっかり存在を忘れていた。


 この試験は、二人一組で取り組むフィールドワーク形式の課題だ。魔術の実践力に加え、貴族に必要なコミュニケーション能力や柔軟な対応力も試される。


 ゲームでは重要なイベントの一つであり、主人公エレナがお助けキャラの伯爵令嬢と出会うきっかけになるのだ。快活で芯の強い彼女は、このイベントを通じてエレナの親友となる。


 加えて、三年次の全クラス合同なので、途中でアルバートたち同級生の攻略キャラにも会うことができる。なのでちゃんとやれば好感度を上げるチャンスだったりもするのだ。


「まあ、あっちはあっちで頑張ってもらいましょう」


 ゲームのルージュはエレナたちの試験を妨害するのだが、私はもちろんそんなことをするつもりはないし、できるだけ関わらないようにしようと心に決めた。



「これより、試験のペア決定を行います」


 翌日、指示を出す教師の声が教室に響く。


「カードに書かれた数字が同じ者同士がペアになります。全員、順番にくじ箱を引き、数字を確認すること」


 教師が説明を終えると、教室内が一気にざわめきに包まれた。生徒たちは順番にくじを引き、カードを手にしていく。クラス合同の試験だが、ペアは同じクラス内で決まる仕組みだ。


 私は列の中ほどに立ちながら、深く息をついた。この『ペア決定』は試験において非常に重要だ。相性の良い相手であればいいが、問題のある相手ならば……お察しの通りである。


 お願いだからいい人と……そんな声が教室のあちこちから聞こえる。カードを引くまでの時間がいやに長く感じられた。


「……よし」


 私の順番が来た。覚悟を決めてくじ箱に歩み寄り、手を差し入れ一枚のカードを引き抜く。そこに書いてある数字は、7。ラッキーセブンだし、悪いことにはならない……そう自分に言い聞かせた。


 皆がカードを引き終えると、教師の指示に従い、各自が自分の数字に対応する相手を探し始める。


「7……」


 数字を口にしながら、周囲を見渡す。嬉しそうな声や落胆の声が飛び交う中で、自分と同じ番号を探す。


 魔術にはある程度自信があるし、フィールドワークもそこそこ得意だ。だから相手に過剰な期待はしない。ただ……せめて普通に会話できる人であればいい。それだけだ。


 そんな風に考えながら顔を上げたその瞬間──


「……おい」

「!」


 突然、低い声が背後から聞こえた。ぎょっとして振り返ると、そこにはダリウスが立っている。


「あら、ダリウス様。どういたしました?」


 また何か言いにきたのだろうかと身構えるが、彼は私の手元を見て心底嫌そうにため息をついた。


「……カードだよ。てめぇ、7かよ」

「え……」


 言われるがままに目を向けると、彼の手元には、私と同じ数字が記されたカードが握られている。


「っ……!?」


 思わず叫びそうになるのを堪えたが、表情にはすべて出ていたに違いない。


「最っ悪だ……」


 ダリウスはカードを無造作にポケットへ突っ込み、不機嫌そうに呟いた。


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