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【アルバート視点】
数日後。学園の授業が終わり、生徒たちが帰路につく喧騒を背に、俺は静かに歩みを進めていた。
目的地は普段とは異なり校舎内のあまり使われていない小さな一室、そこにエレナとダリウスを呼び出している。もう一人の攻略対象も呼ぶ予定だったが、行方がわからず断念した。
用件は『先日の精霊の件について報告』だが、それは建前だ。本当の目的は、彼らの様子を探ること。そして、ダリウスを戦力として加える手立てを見つけることだ。
ここ数日、ルージュは準備したいことがあるらしく放課後になるとどこかへ行ってしまう。だから今日は俺の番というわけだ。幸い、おあつらえ向きの話題が手元にある。これを使って探ってみよう。
「すまない、待たせた」
扉を開けると、すでに二人は待っていた。ダリウスは腕を組み、苛立った様子で壁に寄りかかっている。一方、エレナはソファに座りながらも、微妙に居心地が悪そうな表情を浮かべていた。
「それで、話ってなんだよ」
ダリウスが面倒くさそうに口を開く。
「そう慌てるな。先日の森の精霊の件だが、国の調査結果が出たんだ」
俺はエレナの対面のソファに腰を下ろし、早速精霊についての報告書をテーブルに広げ、読み上げる。
調査の内容は事前にルージュから聞いていたものと同じだ。簡単に言えば精霊王が異変を起こしている影響で精霊たちが弱っているということ。
「──という結果が得られたそうだ。やはり、あの精霊たちが弱っていたのは、森に現れたあの球体の影響だろう」
「そんな……!」
「じゃあとっととあれを壊しちまえばいいんじゃねぇのか?」
「……そう簡単にできるのなら苦労はしない」
俺はため息をつきながら視線を二人に移し、反応を観察する。現状、二人とも真面目に話をする気ではいるようだ。その調子でクエストも参加してくれると助かるのだが。
「つまり、今は目の前のことを対処しながら調査を進める段階……ということなんですね」
「ああ、そうなるな」
「見ているだけなんて……もどかしいです」
まるで、精霊を助けられずに心を痛めているという様子で声を落とす彼女に目を向ける。
知らぬ間に攻略に有用なアイテムは先取りされ、移動手段すらも制限されているのだと思うと口角が上がりそうになる。ある意味、ルージュに仕返しをされているのだが、果たして彼女はそのことに気がつくだろうか。
しかし、これはあくまでエレナのためでもある。もしルージュが優しくなかったらもっと熾烈な報復ですら容易にできたことだろう。同じ転生者といえど、一枚も二枚も上手なのだから。
だが、なぜエレナはルージュを陥れようとするのか理解できない。ゲームのシナリオ通りにしたい気持ちはわからんでもないが、かといって今は善良な彼女を強引に悪役にする必要はないように思える。単純に嫌いなキャラだったのか、それとも。
……少し揺さぶりをかけてみるか。
「精霊といえば、ルージュが以前言っていたのだが──」
「……っ!」
「おい、そいつの名前を出すんじゃねぇよ」
俺がわざとルージュの話題を出すと、エレナの肩が微かに跳ねた。そしてダリウスの方はといえば、あからさまに顔をしかめ、低い声で割り込んでくる。ここまで効果があるとは。
「……何か問題でもあったか?」
俺が『何のことかわからない』といった表情で問い返すと、先にエレナが口を開いた。
「いえ……あ、そうだ。アルバート様って、その、ルージュ様と仲が良いのですか……?」
彼女はどこか探るような視線を俺に向ける。なるほど、名前を呼んだことでゲーム通り俺がルージュを嫌っているのか怪しんでいるのか。たしか原作の俺はルージュを『あの女』と呼んでいたと聞いたことがある。
とはいえ、ここで不用意に情報を漏らすのは得策ではない。話の都合上、名前を出さざるを得なかったという体でいよう。
「仲、か……そんなこと、わざわざ言う必要もないだろう」
「す、すみません」
顔を顰め、思い出すだけで不愉快だと言わんばかりに吐き捨てて見せる。するとエレナは視線を落として申し訳なさそうに謝罪するが、その顔には安堵の表情を浮かべていた。
おそらく俺が断言せずとも雰囲気で不仲だと勘違いしたのだろう。そして予想通り、彼女はその方が都合が良いと考えている。
だとすると、やはり表向き、俺がルージュを嫌っているように見せかけるのが現状では無難だ。裏で密に連絡を取っていることが知られれば、余計な疑念を招くことになる。……気分は良くないが、まあいいだろう。
エレナの意図は読み切れないものの、今は深追いすべきではないと判断し、次はダリウスに目を向ける。
「それで、お前はなんだ?」
「あ? ……あの女の名前を出されると腹が立つんだよ」
お前があの女と呼ぶのか。俺の前でよく言えたものだ。
そしてダリウスが語るルージュへの悪印象は、ルージュ本人から聞いていた通りだった。エレナが平民であることを不快に感じたルージュが嫌がらせをしたと彼は本気で信じている。
「エレナを思いっきり突き飛ばしたくせに、しらばっくれやがって!」
「ダリウス様、いいんです。私はもう気にしていませんので……!」
目の前で繰り広げられる茶番を眺める。実際にやる理由がないことはさておき、日頃の鍛錬を欠かさないあのルージュに本気で突き飛ばされたらただではすまないだろうなと思う。
「それは大変だったな。話を戻すが、次の調査は来月に──」
ここはあえて肯定も否定もせず話を流そう。気を取り直して一旦、本題の精霊の話に持っていく。
さて、様子を見るのはこの辺にし、そろそろもう一つの目的を果たすとしよう。どうにかしてダリウスを戦力にしたい。
ルージュ曰く、彼は盾役として非常に優秀らしいので是非とも戦力として加えたいのである。どこかに付け入る隙はないだろうか……と思いつつ手元を見ると、そこには報告書があった。
──ああ、そういえば、ここにちょうど良いネタがあったな。これを使おうか。
話が一段落したところで俺は思い出したかのように切り出す。
「ところで、ダリウス。先日の森ではお前は何もしなかったな」
「……そんなもん、エレナを守るためだろうが」
メインクエストに参加しなかったことを咎めると、彼は予想通りの答えを返す。エレナがまだ『精霊の姫君』として公表されていないため、ただの平民の少女だと思っており、そう扱っているのだろう。
だがそれでは話が進まないので、こちらにも考えがある。俺はダリウスに向けてわざと大げさにため息をつく。
「……騎士を志願しているといえど、所詮はその程度だったか」
「それ、どう言う意味だよ」
そして心底つまらなそうに呟けば、案の定、彼は食いついてきた。
「そのままの意味だ。守ることだけしかできないとはな。大言壮語を吐く割には随分と臆病なものだ」
守ること自体は立派だが、戦場においてはそれだけでは不十分だ。守るべき相手がいることは理解できても、ただ守るだけでは騎士として足りない。
「……っそれで、わりぃかよ」
「別に構わない。だが次からはお前でなく──そうだな、『影』にでも頼むとしようか」
「は──」
その名前を出した途端、ダリウスの顔色が変わる。『王家の影』──所謂、王家直属の諜報員の名を出すのは計算済みだ。彼らと騎士団は昔から犬猿の仲だと知っている。
ちなみに不仲の最大の原因はお互いに戦法が気に入らないことらしい。確かに正々堂々とプライドを持って戦う騎士と、勝つためにはどんな手口でも使う影は対照的だ。
「なんだ? 臆病な騎士もどきより『影』の方が優れているのは明白だろう」
目を細めて煽りの言葉を投げかけると、ダリウスの顔が赤く染まっていく。
……脳内のウォルターが「俺たちを面倒ごとに巻き込む気か」と笑顔で詰め寄ってくる。すまない。説教は聞くが短めに頼む。
「てめぇ……馬鹿にしてんのか?」
「俺にとって役に立つかどうかが重要なだけだ」
これは暗に『今のお前は役立たずだ』と告げたわけだが、当然、彼はさらにヒートアップする。
「ふざけんじゃねぇ! あんな、あんな狡賢いだけの奴らより俺の方が強いに決まってる……!」
「どうだかな」
「っ! くそっ!」
「……っ二人とも、やめてくださいっ!」
拳を強く握り締め大きく振り上げるダリウスに、エレナが慌てて割って入った。必死に宥める彼女を見て、なるほど、こういった健気な様子がなんともヒロインらしい要素なのだろうかと漠然と思う。
「ダリウス様、それはダメです。手を下ろしてください」
「…………っ、わかった」
「アルバート様もそんなこと言わないでください。ダリウス様も、その、『影』? の方たちもきっと一生懸命頑張ってるんですから」
「ああ、そうだな」
彼女はどうするのかと観察してみたが、どちらにも肩入れすることなく、中立を貫こうとしているようだ。……まあいい。
「お前の方が上だと、そう思うのなら証拠を見せてみろ」
「……上等だ。やってやるよ!」
最後に一押し煽ってみれば、思った通りにダリウスは乗ってきた。これで彼を前線に引き出す準備は整っただろう。しかし、彼は煽り耐性が低いとルージュから聞いていたがここまでとは。今後が少し心配になる。
万が一出てこなかったら騎士団長に言いつけよう。お前の息子は口だけであまりにも腰抜けが過ぎると。
しばらくして必要な話を終えると、エレナとダリウスは部屋を出ていった。
去り際、ダリウスが睨みつけてきたが、知ったことではない。ルージュ曰く、ゲームでの俺とダリウスは序盤は割と馬が合わなかったらしい。ならばこの程度のいざこざは起こしたところで問題無いだろう。……ルージュには怒られそうなので口にはしないが。
しかし、情報を提供しつつわざと場を揺さぶるのは、さながら諜報活動のようで案外面白いものだな。
「さて、次はどう動くか」
個人的には、やはりエレナの意図が読めないのが気になるところだ。背後で聞こえた足音が完全に消えたのを確認し、俺は扉を閉めた。




