表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/73

33

 

 騎士団長の息子について、まずは彼がどのような人物であるかを説明しよう。


「彼のことは元からある程度ご存知ですよね」

「ああ。一応面識はある」


 彼の名前はダリウス・デュラン。騎士団長の息子である。一応、男爵家の嫡男ではあるが、爵位の低さゆえに攻略対象五人の中では最も平凡な出自といえるだろう。


 正義感が強く、嘘をつけない真っ直ぐな性格。そして困っている者を放っておけないという、わかりやすいタイプである。


「では本題です。彼はですね──」


 そう前置きして、私はダリウスの詳細と攻略ルートについてアルバートに説明を始めた。話しているうちに、ふと脳裏に一つの懸念が浮かぶ。


 ……そういえばあの人、私と同じクラスだった。



 さて、翌日である。登校して教室の扉を開いた私は、ダリウスと鉢合わせた。開幕早々過ぎる。


 主人公とクラスが違うこともあり、ゲームのルージュが彼とどう接していたのかは何もわからないが、とりあえず慎重に行こうと思う。


「あら、ごきげんよう」

「……」


 こちらから挨拶をしたが、返ってきたのは冷ややかな沈黙と鋭い視線だけだった。その目には明確な敵意が込められ、睨みつけるように私を見ている。


 だけど私はその態度を単純に責めることはできなかった。まあ、仕方のないことだろう。勘違いしたままの彼にとって、私はエレナをいじめた悪女という立場のままなのだ。


 それに、ゲームでは彼のルートもやり尽くしたからこそ、彼の正義感の強さも、真っ直ぐな優しさも、そして内に秘めた葛藤も知っている。


 私はおとなしく自席に座り、改めてダリウスの攻略ルートについて詳しく回想する。



 ダリウスは学園に通いながらも、騎士見習いとして厳しい鍛錬に励んでいる。その努力が実り、才能が花開こうとしている矢先、家族が流行病に罹ってしまうのだ。即座に命を奪う病ではないものの、身体が弱りきってしまい、看病が必要になる。


 ──騎士の道を進むか、それとも家族のために生きるか。どちらも選べない彼は、自らの中に渦巻く葛藤と苦悩に押し潰されそうになりながらも、一人で全てを背負い込む。


 そんな中、彼は転入してきた『精霊の姫君』であるエレナと出会い、力を合わせて立ちはだかる困難に挑むことになるのだ。



 ……このシナリオの中で、今はこの苦悩している段階だ。今、本人は焦りと苛立ちに満ちていて、かなり追い詰められていると知っている。だから当たりがキツくてもある程度は仕方ない。誰だって疲れていたり追い詰められていたりしたら心に余裕はなくなるものだろう。


 彼がすべてを乗り越えたグッドエンドでは、家族も回復し、エレナと家族が見守る中、騎士団に入団するという清々しい結末を迎える。


 だがその一方で、彼が怪我を負い、騎士の夢を断念するバッドエンドもある。この場合、好感度と家族の回復──この二つの条件を満たさなければ、この結末に至ってしまうのだ。


 以下は彼のバッドエンドである。


 

 焦りは時として人を破滅に導く。それは、彼が歩んだ結末を見れば明らかだった。


 ダリウスは幼い頃から『騎士』という未来を目指し、ひたむきに努力を重ねてきた。彼にとってそれは夢であり、そして家名の期待を一身に背負う者としての義務でもあった。


 だが、流行病により家族が倒れ、看病が必要になったことで、彼の歩む道は一変する。騎士の道を追い求めるか、それとも家族のために生きるか──どちらも捨てられない選択肢の間で、彼の心は引き裂かれそうになっていた。


 その葛藤は次第に彼の行動を縛り、そして無理をさせるようになった。騎士見習いとしての訓練を欠かさずこなす一方で、家族の看病にも時間を費やす。その膨大な負担を彼は一人で背負い込もうとした。


 だが、人の体と心には限界がある。焦りと責任感に突き動かされ、さらなる鍛錬を自らに課した彼は、ついに訓練中の事故で大きな怪我を負ってしまう。脚に深刻な損傷を受けた彼は、動きが致命的に鈍ることを悟る。そして医師から告げられたのは、今後騎士として戦場に立つことは不可能だという冷徹な現実だった。


 それでも、彼のそばにいるエレナは彼を見捨てることはなかった。


「騎士でなくても、私はあなたのそばにいます」


 彼女のその言葉は、彼にわずかな安堵をもたらしたものの、同時に自らの無力さを痛感させるものでもあった。騎士としての夢を断たれた彼は、未来への希望を見出せず、失意に沈んでいく。


 それでも彼女だけはそばに居続けた。剣を手放した彼に寄り添う彼女の姿は、確かに希望の一片だったが、彼にとっては悔しさの方が勝る日々でもあった。


 もしあの時、自分が無理をしていなければ、もし違う選択をしていたなら──


 その後悔は、長い間彼の胸に残り続けた。彼女の優しさに感謝しながらも、彼は自らが失った『騎士』という未来を忘れることはできなかった。


 少しの希望と悔しさが残る結末。輝かしい夢を追い求めた若者が、それを諦めざるを得なくなった物語──それがダリウスのバッドエンドである。



 この結末も彼の努力や葛藤の重さを際立たせるものであり、プレイヤーとしてはとても楽しめた。だけどそれが現実だったら、やっぱり幸せになってほしい。


 ちなみにダリウスルートのルージュは、エレナが平民であることで不当な差別をしたという理由をメインに断罪される。だから今のまま誤解が解けないと後々面倒なことになりそうだ。これもどうにかしないといけない問題である。


 ため息をつきつつ、私は授業の準備に取り掛かった。



 さてダリウスはどう過ごしているのか。放課後、私は彼の後を追うことにした。……といっても、行き先は知っているので目的地に向かい、校舎の陰に隠れるだけだ。


 彼は私の予想通り、校舎裏の空き地にいた。そして誰もいない空間に剣を振り続けている。額から流れる汗を拭う間も惜しみ、剣を振るうその姿は必死そのものだ。


 しばらくその様子を見守っていると、そこにエレナが現れた。きたきた!


 実はこれはゲーム内でも重要なイベントシーン。彼についての印象が変わるターニングポイントでもある。


 以下はゲームのシーンだ。鍛錬に励むダリウスの姿を主人公が偶然見た場面から始まる。



 校舎裏の空き地には、乾いた風が吹き抜けていた。その中で、ダリウスはひたすら剣を振り続けている。


 彼の全身から汗が滴り落ち、荒い息遣いが微かに聞こえる。剣の軌跡は確かなものの、その背中からはどこか焦燥が滲み出ていた。額を流れる汗を拭うことすら惜しみ、剣を振り下ろす動作を繰り返す姿には、悲壮感が漂っている。


 少し離れた場所にエレナが現れ、その様子をじっと見つめた。彼女は声を掛けるでもなく、ただ無言で彼を見守っている。


「ハッ!」


 剣を振り下ろす彼の声が風に混じる。疲労でかすかに乱れる動きに気づいたのか、エレナは小さく息を吐き、悲しげに目を伏せた。


 普段とは違うその必死な姿に胸を痛めるものの、それでも彼女は一歩も近づかない。ただその場で立ち尽くし、彼の背中を見つめるのみだった。


 風がざわめき、彼の荒い息遣いだけが静寂の中で響いていた。


 ──彼の何かに追い詰められたような姿を見たエレナは、これ以降、彼を気にかけるようになるのだ。



 というわけで、このエレナはどうするのだろう。やっぱり彼を見て心を痛めるのだろうか。校舎の陰に身を隠し、私は二人の様子を窺う。


 するとエレナは彼に近づき声をかけた。


「ダリウス様、無理をしないでください……そのままのあなたでいいんです」


 あれ? これはゲームと違うな。このセリフも正確にいえば、もっと後に言うセリフだ。


 ……もしかして彼女、シナリオをあやふやにしか覚えていなかったりする?


「……」


 エレナの柔らかな声が彼に向けられる。彼女の目は真っ直ぐに彼を見つめていたが、それに対する彼の反応は──沈黙だった。彼の肩がわずかに震えたのが見えた。


 好感度の増減どうこうはわからないが、あれは悪手じゃないだろうか。励ましの言葉すらも、今の彼には重荷となっているように思える。


「あれはどうなんだ?」

「うわっ!?」


 真剣に考えていると突然後ろから声をかけられ、思わず飛び上がった。振り返るとそこにはアルバートが立っている。


「アルバートぉぉぉ……!」

「す、すまない」


 どうやら彼は私がここに向かっている姿を目撃して好奇心からついてきたらしい。それはいいとして驚かせないでくれ。二人に気づかれたらどうするんだ。


 気を取り直し、私はダリウスの現状について話す。


「今のところダメそうな気がします」

「そうか」


 もちろん、あの対応が正解な人もいると思うが、彼は違う。現時点の彼は自分がそのままでいいなんて1ミリも思ってはいないはずだ。他にもゲームでは弱気になった彼を主人公が諭すシーンがあるが、それはもっと後の話。今はまだその段階ではない。


「どうにかしないと」


 小さく呟く。このままだと彼は無理をして壊れてしまう方向に行ってしまうかもしない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ