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「ところで俺のルートのシナリオはどうなんだ?」

「え、聞きたいんですか?」


 用は済んだため元の部屋に戻ると思い出したかのように彼はそう言った。


 ここまで話してきていてなんだが、アルバートルートを教えるのは私もさすがに逡巡する。先の二人についてもそうだが、攻略対象のシナリオは謂わば『人生のネタバレ』にあたる。本人に伝えることはこの先の人生への不必要な先入観を与える可能性もあるのだ。それでも聞きたいかと問えば、


「いや――聞かせてくれ」


 少し迷いを見せた後、彼は確かにそう言った。



 長い歴史を持つこの国。その中でも歴代随一の名君とされる父を持ったアルバートは、とてつもない苦悩を抱えていた。王太子として一国の王になるための多大なるプレッシャーに耐えながら血のにじむような努力をするも父と比較される恐怖は消えず、婚約者のルージュを含め自らにすり寄る者たちも信じきれない。


 いつしか疑心暗鬼になっていた彼は『自らの理想とする王太子』の顔を表に張り付け、裏では損得を重視し益の少ないものを容赦なく切り捨てるような冷酷な人間になりつつあった。


 そんな中、彼も転入してきた主人公と出会う。未来への不安、貴族同士の策略、陰謀。それらに対して力を合わせ立ち向かううちに、彼の凍り付いた心は解けていき二人の仲は深まる。そして悪女であったルージュを断罪し婚約破棄をした彼は、主人公に愛の言葉を告げるのだ。


 グッドエンドでは未来での戴冠式が描かれる。


「今までの努力が報われて、皆に祝福されながら王位を継承するんです」


 民衆の歓喜の声を浴びながら堂々とした表情で彼は歩む。その後ろには婚姻の議を済ませ妻となった主人公がついていく。


「特にその最後のシーンでは見せ場で主題歌が流れてくるんですよ! これぞこのゲームの集大成という感動のエンドです! 初見でめちゃくちゃ泣きました!」


 ちなみに主題歌の歌唱はアルバートの中の人だったりする。もしかしてアルバートも歌えたりするのだろうか。ちょっと気になる。


 そしてルージュは主人公に彼を奪われまいと凄まじい猛攻を仕掛けてくるため、よくここまでしたなと感心するくらいの大量の悪事で断罪される。執着していた婚約者を盗られたとはいえ、一切擁護できない完全な悪役だ。作られた舞台装置とはいえあんまりである。


「そうか」

「……お気に召しませんでしたか?」


 先ほどと違い反応が薄い彼に対し慎重にそう問えば首を横に振る。そしてぽつりと呟いた。


「いや、俺は王になるのだな、と」


 他のエンドでも雰囲気は異なるがモノローグで戴冠の描写がある。無事にエンドまでたどり着ければ彼は王になるのだ。


「そうですね。……ネタバレはどうでした?」

「色々な選択の先の一つに過ぎないが、俺にそのような未来があることがわかった。それだけでいい」


 そう言って笑うその顔は、なんだか憑き物が落ちたように晴れやかだった。


「しかしルージュは俺のことを全て知っているのだな。今更取り繕ってもムダということか」

「申し訳ありません悪用はしませんのでお許しください申し訳ありません」

「はは、安心しろ。今のルージュがそのようなことをするとは思っていない」



「そういえば俺のバッドエンドはどうなんだ?」

「知らない方がいいと思います」

「どんなものでも構わない。聞かせてくれ」

「もう、後悔しても知りませんからね……実はバッドエンドが二つあるんです」

「なんと」


 まず一つ目のバッドエンドについて。ルージュとの婚約を破棄したものの、誰とも婚約をせずに戴冠したアルバート。その傍らには『精霊の姫君』として職務を全うする主人公。二人は親愛の情で結ばれ共に国を良くしていくのであった。という無難なものだ。美しい友情ものである。


 問題は二つ目だ。追加コンテンツとして突如現れたそれに当時のプレイヤーたちは騒然とした。


 ルージュとの婚約を破棄したアルバート。しかし主人公に婚約をチラつかせるものの全くその気はなく、主人公は散々『精霊の姫君』としていいように酷使された挙句に全ての力が尽きてしまい見捨てられそのまま失意のうちに死んでしまうのだ。そして王となった彼は二度と他人に心を開くことはなかった。


 実は攻略対象のシナリオで唯一の主人公死亡エンドがこれである。多分ルージュよりやっていることがエグい。もう誰が悪役だったのかわからん。


 暗い背景に流れる主人公の後悔のモノローグはもはや恐怖。初見ではちょっと泣くかと思った。一つ目の美しいバッドエンドで油断したところにえげつないものをぶっこんできたこの王太子は、今や闇落ち王太子として二次創作で美味しくネタにされている。


「……こんな感じです」

「……」


 真顔だ。何か言ってくれ。沈黙が痛い。


「じ、実際はゲームだからって度が過ぎた真似をしたプレイヤーへのちょっとした意趣返しみたいなものだったんじゃないですかね。なんかやり過ぎて怖く作り過ぎただけで」

「そ、そうだとしてももう一つのエンドとの振れ幅がすごいな」


 普通にプレイしていればフラグが立つことはまずないので狙ってやらなければ見れないエンドだ。具体的には最後の攻略イベント後に好感度を初期値以下にする必要があるのだ。短期間での好感度下げなのでやることはもう毒薬を贈るとか、崖から突き落とすとか、背後から切り掛かるとか、もはや暗殺未遂レベルのことをしないと間に合わない。心から主人公を信じようとした彼にそんな真似をしたからには蛇蝎の如く嫌われても不思議ではないだろう。


 攻略対象を攻撃しまくって遊ぶネタ動画を某動画サイトにアップされてキレた開発チームの仕返しだと一時期は話題になった。結果的にはエンド見たさにアルバートを狙うものが増えただけだったが。余談だがやり過ぎて彼のHPを0にすると大罪人として処刑される共通のバッドエンドになる。


「アルバートはそんなことされたらどうします?」

「そうだな。貴重な『精霊の姫君』、俺だったらどれだけ嫌いだったとしても死なせないでできる限り長く働かせる」


 ゲームよりはマシかな? いや、それはそれでなんか怖くない? 大丈夫? いつか闇落ちしたりしないよね?


 ……とにかく話を変えよう。


「……こほん。実際に主人公が転入してきてシナリオが始まるのは三年次の春なので、三人ともそれまで特に用はないです。攻略対象のみなさんにはご自由に過ごしていただきましょう」

「それは俺も含めている……?」


 含めています。


「では、そろそろ私はこの辺でーー」

「いや待て」


 もういいだろうと席を立とうとすると、すぐに制された。


「先ほど『攻略対象は五人』と言っていなかったか?」


 そうですね。


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