29【番外編3】ルージュの日常生活とゲームとの違い
ゲームと転生後の生活の違いについての二人の雑談
「一つ気になったのだが、普段の生活もゲームと同じなのか?」
「生活ですか?」
シナリオ開始前の休日、王城の一室で私たちはゆっくりと話をしていた。外では衛兵たちが日常業務をこなしているのか、時折鎧が擦れる音が聞こえる。
アルバートの唐突な質問にすっかり慣れた私は、机に肘をつき軽い調子で答えた。
「全っっっ然違いますよ。そもそもゲームでは主人公の視点ですし、授業も数えるほどしか受けてる描写がないですし」
「学園に入った意味とは」
確かにそうだ。実際のゲームを振り返ってみると授業シーンはほとんどなく、あっても一瞬で終わったり、雑な描写で済まされたりする。それも学園が舞台にも関わらずである。これもゲームではよくあることだが、見えないところではちゃんと授業を受けていると信じたい。
「あとゲームのキャラって高確率で生活してないですね」
「なんと」
現実味のなさに思わず苦笑しながら答えると、アルバートは驚いた様子で目を見開いた。そのリアクションが少しおかしくて、私はつい笑いながら話を続けてしまう。
ゲームキャラクターの生活なんてそんなものだ。特に日常を描かない物語なら、食事や入浴や睡眠などもスルーされることが多い。物によっては丸一日外で活動している作品だってある。もはや人間ではない気がするのだが、いったいどんな体力設定なのだろう。
このゲームでは一応、一日の終わりに睡眠を取って回復する仕様があるが、実は全く寝なくても回復薬でゴリ押しできたりもする。そのためRTAでは基本的に一切寝ないで最後まで走るのだが、現実で真似したら絶対倒れる。ていうか普通に死ぬ。
──という感じでゲームと現実の生活は大きく異なるのである。
私の話を聞いたアルバートは、なるほどと言わんばかりの表情で頷いた。
「ではルージュにとってこちらの生活は所謂『初見プレイ』だったということか」
「いや言い方」
私の真似だろうけど、彼がそう言うとなんだか違和感ある。とはいえ、その指摘はあながち間違いではない。
「ならば感想が聞きたい」
「感想、ですか?」
キラキラと興味を宿したアルバートの目がこちらを見据えてくる。その視線に促されるように、私は軽く頭を巡らせて考えた。
確かに、初見プレイの感想というのは気になるものだ。SNSで流れてくるゲーム初心者の新鮮な悲鳴とか、いくらでもあっていいし。それに、いつもとは逆に私が感想を言うのも悪くないだろう。私が日常生活について詳しく話す機会なんて、これまでほとんどなかった気もするし。
軽く頭を整理し、私は静かに語り始める。ゲームとは違う現実の生活について。
「まずは学園生活ですが、」
ゲーム攻略のために動いている私も、普段は学園で学生生活を送っている。もちろん、それには同級生との付き合いだって欠かせない。
ゲーム内では決まった会話しかできないNPCでしかなかった同級生たちも、現実では感情を持った生身の人間だ。当然、話題は毎回変わるし冗談を言い合ったりすることもある。
「みんなの話題についていくために流行りの書籍とか演劇に目を通したり、新しくできたカフェなんかの情報も仕入れて何人かで行ってみたり……」
「俺の預かり知らぬところでそんなことを」
少し拗ねたような声に、私は苦笑を漏らした。別に友達と出かけてもいいだろう。
その友人付き合いの中でも私は自分の素が出ないように少し気を張っている。元のルージュのキャラクターをある程度維持しつつ、悪役感をなくすように努力しているのだ。
「授業はどうだ?」
「そっちは基本的に前世と同じような感じですね」
ゲームではほとんど描写はなかったが、受けてみると感覚的には高校の授業が近い。教室は高校というより、やたら豪華にした大学っぽいし、魔術や剣術などの授業もあるが。
授業の内容はゲーム内で見たことがあるものが多かったし、元のルージュの記憶もあったおかげで成績は良好だ。レベリングをしているおかげか魔術も余裕である。運動に関しても、運動神経はそれなりに良かったようで、武術系の授業も難なくこなせている。……えっ、ダンス? それは知らん。
ちなみにアルバートとは今のところ二年連続でクラスが違う。
「ゲーム通りなら来年も違います」
「そうか……」
しょんぼりとしたアルバートを見て、私は少しだけ心の中で笑ってしまう。こればかりは仕方がない、恨むなら開発を恨んでくれ。 まあ、放課後は頻繁に会っているからそれで十分だと思う。
学園から帰ると、攻略チャートの確認やレベリング、翌日の授業の予習などで忙しい毎日。こうして言葉にしてみると、一日のスケジュールがギチギチだ。
「案外真面目だな」
「そうですか?」
アルバートは感心したように言ったが、私は少し首を傾げた。
努力するのは当然だ。断罪やバッドエンドを避けるためにも、やれることはすべてやっておきたい。そのくらい私の元の状況は不利なのだ。
そしてそれだけでなく私自身にやり込み癖がある。ゲームもそうだったが、この世界もやればやるほど成長を実感できるので楽しい。なのでこの忙しい日々もある意味ではご褒美でもあったり。
余談だが、見た目にも力を入れている。侯爵令嬢として見苦しい姿でいるわけにはいかないのだ。学問、戦闘、身だしなみ──すべてにおいて完璧を目指さなければならない。せっかくのルージュの美貌とスペックなのだから、これを活かして文武両道・才色兼備の侯爵令嬢になりたいのである。目指すだけならタダなので。
「というわけでゲームと比べると結構忙しくはありますね」
ゲームとは違って普通に人間として生活をする分があるため、全体的に時間が足りないのだ。なので今できることは今やっておかないとシナリオが始まった時に思ったより動けないなんていう事態になりかねない。
……まあ、授業をサボればいいのかもしれないけど、素行が悪いと見做されてしまうのも良くないし。
「なんというか……大変だな」
「国の仕事もしてるアルバートよりはずっと楽ですよ」
特に『異変』の後からは仕事が増えてしまい、彼は割と忙しそうだった。今日は休みらしいが、普段は慌ただしくしている様子をよく見ている。
学園生活以外では屋敷での生活くらいか。これに関してはゲームのルージュがどうしていたのかは全く知らない。ただ、元の彼女の記憶を辿った感じではあまり帰らないのだろうと思う。家族とはギスギスしてそうだし。
屋敷での私は部屋でのんびりしたり、両親に動きがないか様子を窺ったり、ノアと話したりと意外と楽しくやっていた。推しが生活している姿を垣間見れるのは役得すぎる。
ノアといえば、先日はちょうどツイタチ草が咲く日に帰ったので、彼の部屋で一緒に眺めたりもした。そんな感じで穏やかに仲良くさせてもらっている。
そのことを話すと、アルバートは何かブツブツと呟き始めた。
「仲が良いのは別に構わないが……そうやって迂闊に男の部屋に……いや、弟なら……しかし……」
「なんですか?」
「……なんでもない」
なんでもないならいいか。
「まとめると、この世界での生活はゲームだと省略されてしまった部分そのもの! って感じで面白いです」
「なるほどな」
設定集に書いてないような裏設定がわかったり、世界観の理解が深まったりする。ゲームのプレイヤー視点では見えない、知りたかったことがふとした瞬間にわかる感じにワクワクするのだ。
「楽しんでいるようで良かった」
そんな私を見たアルバートはそう言って笑った。
「では私はそろそろ行きますね」
「このあとはどうするんだ?」
「えーとですね……」
そろそろ良い時間になってきたし、城から出るかと話題を切り上げたタイミングで、私は今日の予定を思い出す。
「今日は時間があるのでレベリングに行こうかなと。……あ、暇でしたらアルバートも行きますか?」
「ほう」
実は今日から新しいレベリングスポットに行こうと思っていたのだ。彼も一緒に行けるのなら効率がいい。
「ストーリーの後半に行くマップにある隠しエリアの上層部で……」
「後半!? それは大丈夫なやつなのか?」
「大丈夫ですよ! 負けイベのあれよりは弱いんで!」
まあ、あの時のドラゴンよりは強いかもしれないが、と付け加えるとアルバートは青褪めた。
「……大丈夫な気がしないのだが」
「いえいえ、今の私とアルバートのレベルなら十分余裕で行けますよ。騙されたと思って」
めちゃくちゃなことを言っているわけではない。メインシナリオ開始後はクエストの攻略に力を入れるため、アルバートがレベリングに割ける時間は少なくなるだろう。だから今のうちにできるだけ経験値を稼いでおきたいのだ。
「──というわけで、どうですか?」
「……………………行く」
「言いましたね?」
私は早速、渋々頷いた彼を引き連れてレベリングに向かったのであった。
「だ、騙された……」
最終的にレベリングを終えた彼は見たこともないくらい疲れ切った顔をしていたが、無事に帰ってきたので良しである。
次回からいよいよ二章に入ります!