28【番外編2】ウォルターの従者ライフ
ウォルターから見たこれまでの回想
何も知らないままアルバートに振り回されていた人
【ウォルター視点】
年度末のある日、俺はアルバート様の執務室で次の休暇について話をしていた。
「明日から休暇だったな。働き詰めだったことだし、ゆっくり休むといい」
「お心遣い、ありがとうございます」
「気にするな。……これからさらに忙しくなるだろうからな」
彼の口から不穏な言葉が出てきたが、余計な詮索はせず、今は聞かなかったことにしておこうと思う。
「では、失礼いたします」
俺は頭を下げ、執務室を後にする。ようやくの休暇だ、以前から考えていた保養地にでも行こうか。ここしばらくは仕事尽くしだったが、今日は気が楽だ。
俺の名はウォルター。正確に言えば違うのだが、日頃から常にそう名乗っているのでウォルターでいい。
一応平民で、いろいろあって現在はアルバート様の従者兼王家の影としてこの国に仕えている……が、そんなことはどうでもいい。
今は何も考えず、少し回想でもしよう。それにしても頑張ったな俺。
さて、あれはもう二年近く前になるのか──
ある夏の日、俺はアルバート様から不意に任務を命じられた。
「しばらくラリマー侯爵家に滞在し、当主の補佐をしてもらいたいのだが」
「……それはどういったことでしょうか」
どういう風の吹き回しだ。侯爵家の補佐など必要あるのか。そしてそれを俺がやる理由は。口には出さなかった俺の疑問を察したのか彼は続ける。
「実はな……」
どうやら件の侯爵家には汚職の疑いがあるらしい。そして俺の任務は、補佐という名目で彼らの行動を監視し、証拠を集めて不正を抑えることだという。要するに、対象が不始末をしでかさないよう見張れという命令だ。
俺は状況が飲み込めず、内心で首を傾げた。
ラリマー侯爵家は古くからこの国に存在している名家だ。現在も領地の経営から国政への関与までよくやってるように見える。汚職疑惑など初耳、仮に本当なら大事件だ。どこからそんな疑いが出たのだろうか。
そしてラリマー侯爵家といえば、アルバート様の婚約者ルージュの実家でもある。
そういえば、その彼女には最近雰囲気が変わったという噂があった。彼女はかなりヒステリックで気が強いと聞いたことがあるが、最近、ある時期を境に別人のように穏やかになったらしい。それが本当だとしたら一体何があったのか──
「やってくれるか?」
「はい。アルバート様の仰せのままに」
何はともあれ、アルバート様の命令に背くことはできない。早速侯爵家に足を運び、『仕事』に取り掛かる。
調べを進めると、出るわ出るわ、侯爵家の汚職がこれでもかと顔を出す。まさかここまで酷いことになっているとは思わなかった。こんな一族の娘と王太子が婚約しているなど、まさに国の汚点になりかねない。
これはもうダメだ、婚約破棄もやむを得ないか。もしかしてこれは、アルバート様がルージュとの婚約を破棄したいがために、あえて俺を派遣して汚職の証拠を探させているんじゃないかと勘繰ってしまう。……いや、考えすぎか? だけどそうだとしたら納得がいくのも事実。
しかし、それは誤解だったと知ることになる。
彼女に対するアルバート様の態度はかつてのものから変化していた。前は疎ましそうにしてたのに最近はしばしば会っているようだった。それも、随分と楽しそうに。
彼女がアルバート様を魔物狩りに連れて行った時には、一体何をしてくれてるんだと驚きながらも後を追った。だが彼女は口だけではなく、実力も覚悟も確かなものだった。
アルバート様を守ったことは褒めてやる。……俺のことまで庇いやがったのは納得いかないが。
それにしても、まさか侯爵家の監視を依頼したのが彼女だとは。無駄に警戒して損した。……こういうことは普通、最初に説明してくれるものだと思いますよ、アルバート様。
そんなこんなで侯爵家を監視しながら、ルージュの様子を見守るうちに、彼女の印象も少しずつ変わってきた。案外、悪い人間ではないのかもしれないと感じることも増えた。
護衛として出席した夜会で、アルバート様の代わりに一曲だけ彼女の相手をする。久しぶりにダンスなんて踊ってみたが、思いのほか楽しかった。もっとも、踊れない侯爵令嬢なんて初めて見たが。
彼女の件はそれで良かったが、問題は侯爵家の方だった。
監視を気にしてか目立った動きをしなくなった侯爵夫妻だったが、ある時、彼らがそれぞれ別行動をとり、俺が同行していない方で怪しい動きをしていることに気づいた。
その後は屋敷の内外を奔走する日々。手は尽くしていたものの、二人同時に相手をするとなるとどうしても俺一人では目が届かないところが出てしまう。そう報告するとアルバート様は新たな策を練ると言った。
引き継ぎの話が出たときは、やっとこの生活から解放されると内心で喜んだ。ルージュの義弟であるノアが補佐役を引き継ぐことになった。
ノアとはこれまで接点はなかったので気晴らしに少しからかってみるかと思い、後ろから静かに近づくと、彼はすぐに振り返って目が合った。
「……」
「……なんでもございません」
偶然かと思い何度か試みたが、ことごとく背後に立つことができない。義姉とは大違いだ。後ろにも目がついてるのか? しかし、王家の影である俺の気配を察知するとは、こいつただ者じゃないな。
引き継ぎを進めると、彼が予想以上に聡明であることに驚かされた。さすが、侯爵家の後継者として養子に迎えられた人物だけはある。これならば問題なく補佐として動けるだろう。無表情で何考えてるんだかわからないのも、今回のような場合はメリットになる。
監視と引き継ぎの両立は大変だったが、ようやく任務も終わり、補佐の役目から解放された俺はようやく城に戻った。
もちろんその後も侯爵家には外部から監視の目を光らせている。彼らと関わりを持つ他の貴族たちにも目を配っており、いつ尻尾を出すのかひそかに楽しみだ。
ふと気づいたが、アルバート様はどうも彼女にあまり恋愛的な意味では見られていないようだった。かつてはもっと強く執着されていたように思うが、やはり彼女は何かが変わったのだろう。
つまり片思いってやつか。……まあ、頑張れ。隙を見せて横から掻っ攫われないように気をつけろよ。さすがに王太子相手に喧嘩を売るやつはそうそういないとは思うが。
補佐を終えたことでゆっくりできると思ったが、実際はそうでもなく、その後も騒ぎは続いた。
ある冬の日、王都近郊の森で何かが起きたとの情報が入った。そして城にいるはずのアルバート様の姿が見当たらない。朝の散歩に出かけたと聞いていたが、昼を過ぎても戻らず、俺たち従者は捜索に追われていた。
夕方になってようやく帰ってきたが、ボロボロになって泥に塗れているその姿に城中の者が目を丸くした。
「アルバート様、どちらに行かれていたのですか?」
「……少しその辺にな」
嘘つけ。その辺をどう散歩してきたらそんなボロ雑巾みたいになるんだ。
さすがに何事かと問い詰めると、なんと一人で森に現れた巨大な球体の調査に行っていたという。それを聞いて俺は絶句した。無茶にもほどがあるし、せめて行くなら行くと先に言ってほしい。事後報告はやめてくれ。
あの優等生だったかつてのアルバート様はどこへ行ったのだろう。もしかして案外、中身は年齢相応なのだろうか。完璧な王太子でもいいが、俺は今の方が人間らしさがあって好ましいと感じている。
彼はその後、国王陛下にこってりと叱られていた。当たり前だ。ついでに彼から目を離したことへの責任で俺まで叱られたのだが、これは少し理不尽じゃないか?
そして俺は当然のように事態の後始末にも巻き込まれていたのであった。
──そして今に至る。
今回の休暇は、後始末を終えた自分へのご褒美のようなものだ。今までも大変だったが、アルバート様が言うには、これからもこれ以上の苦労が続くらしい。……考えただけで胃が痛い。
「あ゙ー、やってらんねー」
街を歩きながら一人呟く。必要とされていることはありがたいが、従者と影を兼務しているだけあって同僚たちよりも仕事量が多いのだ。
ふと視線を横にやると、酒場の張り紙が目に入った。……悪くないかもしれない。
休みはたっぷり五日間もあるし、まずは気晴らしに酒場で一杯やってから保養地にでも向かうか。面倒なことは酒で忘れるに限る。
休暇の明けた後日、またしてもアルバート様に呼び出された。
「ウォルター、少し頼みたいことがあるのだが」
「……なんでしょうか。アルバート様」
「実はな──」
今度は一体何をする気なんだ。頼むから厄介ごとを増やさないでくれと願うばかりである。




