27【番外編1】アルバートルートのあれこれ
負けイベ後〜おでかけ前くらいの話
アルバートルートについて楽しく(?)雑談をする二人
「そういえば、乙女ゲームとはどんな感じなんだ?」
「どんな感じとは……?」
放課後、私はアルバートと一緒にいつもの部屋でメインシナリオの対策をしていた。これはその合間の休憩中のことである。紅茶を飲みながらくつろいでいると、彼は唐突に雑な質問を投げてきた。
乙女ゲームは簡単に言うと、プレイヤーが女の子を操作していろんなキャラと恋愛をするゲームだ。出てくる選択肢を選んでいき、最終的にエンディングにたどり着く……が、この程度は彼のことだから既に知っている。何が知りたいのだろう。
「言葉が足りなかったな。このゲームでは、その選択肢とやらが具体的にどのようなものなのかと気になったのだ」
「なるほど、その辺のことですね」
相変わらずゲームの内容に興味があるようである。今は休憩中だし気分転換に説明しよう。
このゲームでは選んだ選択肢によって攻略対象の好感度が上下したり、その後のストーリーが変わったりするのだが、
「例えばアルバートルートだと──」
「待て、なぜ俺のなんだ?」
「あ、それはですね」
彼のルートは選択肢が素直なため、説明するには最適だからだ。あと本人ならその時の気持ちなども理解しやすいのではないかと言えば、
「それもそうか……?」
彼は眉を寄せたものの、一応納得したようだ。
「気を取り直して説明しますね。アルバートルートでは、こんなシーンがありまして──」
主人公と一緒にクエストをクリアしていくアルバート。ある日、彼女と二人きりになった彼は、自分を王太子として特別視せずに他の貴族たちと同様に扱う主人公に言う。
『お前といると不思議と心が安らぐ。地位や立場じゃなく、ただ俺として見てくれるのは、お前だけだ』
『アルバート様……』
というシーン。ここで以下のような選択肢が出てくる。
・『でも、私は平民なんです……だから、』
・『あなたも、私を平民としてではなく、一人の人間として見てくれています』
「これは下だな」
「そうです」
これはかなり簡単な選択肢。ちなみに上を選択すると少し微妙な空気になって終了する。
「下を選択すると好感度が上がって、良い感じの雰囲気になります。そして最終的にアルバートが『ずっと俺の味方でいてくれないか? そうすれば、俺はもっと強くなれる』と言って主人公に手を……って」
ふとアルバートを見ると額に手を当てて、少し険しい顔をしていた。これはどういう感情なんだ?
「やめときます?」
「……いや、続けてくれ」
彼は難しい表情のまま、それでも内容が気になるのか続きを聞く姿勢を取った。勇者か。
「では続きのシーンです」
その後、アルバートは主人公の頬にそっと手を伸ばし、ゆっくりと指先で撫でた。その仕草に彼女は何も言えずにその場に立ち尽くす。
指先が肌に触れるたびに、彼女の鼓動は速まり、視線も逸らせない。彼はそんな反応を楽しんでいるかのように、微かに笑みを浮かべていたのであった。
「──という感じです」
「これを……これを、俺が?」
「はい」
「俺が……?」
信じられないものを見る顔をしている。わかるよ、普段のアルバートってあんまりこんなことしなさそうだし。
「これを俺がやるのか……まあ、できないことはないか……」
「……ん?」
まさかこれをリアルで再現しようとしてる? やめとけ無理すんな。ゲームだから許されてるけど、下手すると黒歴史になるぞ。
「他にも似たようなものだとこんなセリフがありますよ」
『お前を見ているとほんの少しだけ自由になれる。ずっと俺には自由なんてないと思っていたのにな』
『時々、王太子としての重圧に耐えられなくなる時がある。だけど、お前と話してるとそれを忘れられるんだ』
……などなど。しかしこれはまだまだ序の口である。
「ぐぅっ……!」
彼は顔を覆いながらうめき声を絞り出した。よく考えたら今の色々開き直ってるアルバートだと絶対言わなそうなセリフ過ぎる。実際のところどうなんだろう。
「ちょっと試しにどれか言ってみてほしいんですけど」
「なぜ」
「ゲームの練習?」
「なぜ疑問形なんだ」
嘘です、悪戯心です。あと単純に聞いてみたいというのもあったり。そんな私の本心を知ってか知らずか、
「……仕方ないな」
しばらくためらった後にそう呟いた彼は、覚悟を決めたのか真剣な表情を作り直してから私に向き直り、静かに口を開いた。
「……『時々、王太子としての重圧に耐えられなくなる時がある。だけど、お前と話してるとそれを忘れられるんだ』」
「……!」
そのセリフに思わず目を見開く。すごい。ゲームの完全再現だった。ていうかマジで声良。これを生で聞けるとは、転生した甲斐があるというものだ。
「すごい、さすがは本家。ナイス演技です!」
「いや、演技というよりかは……そうだな……喜んでもらえて何よりだが……」
彼は何か言っていたが、私が感動している様子を見て、やれやれと言いたげに小さく息をついた。
「ふふふ、だけどアルバートはこんなセリフを主人公に言っちゃうんですよ、婚約者がいるにも関わらず」
「! ち、違う、それは俺ではな……いや俺だが、ここにいる俺ではなく!」
「わかってますわかってます。冗談ですよ」
「……ルージュ?」
アルバートが慌てふためきながら必死に否定しているのを見て思わず笑ってしまう。からかわれていると気づいた彼は、少しむっとした顔で私を睨んでみせた。ごめん。
しかしなぜゲームの彼がそんなセリフを言ったのか。それにはきちんとした理由がある。
「実はさっきのセリフはどれもシナリオの序盤で出てくるんです。なぜでしょう?」
私の言葉に考え込んだ様子だった彼は、ハッと何かに気づいたように顔を上げ、真面目な表情で答える。
「……ああ、『精霊の姫君』を懐柔しようとしているのか」
「正解です」
彼は「なるほどな」と呟く。どうやら違う自分の思考でも問題なく理解できるらしい。
そう、お察しの通り、この時のアルバートの意味深なセリフは全て演技だ。
アルバートルート序盤での彼は、主人公を操るために先ほど挙げたような『自分が特別だと勘違いしそうなセリフ』を言ってくる。しかしよく読んでみるとそれっぽいのにかなり抽象的で、恋愛的な好意があるなんて一言も言っていないという。さすが腹黒王太子、計算高い。
「といっても、なんだかんだで彼女にはあまり効果がなくてすぐにやめるんですけどね。よくあることです」
「こんなのがあるあるなのか」
彼女は物語ではよくいる、モテる男にそう簡単に靡かないタイプなのである。主人公適性が高い。最終的にはそんな彼女にみんな惹かれるんだよね、知ってる。
ゲームのアルバートはそれ以外のシーンでも特にシナリオ前半はこんな感じで思ってもいないようなことをサラッと言ってくる。中の人の演技力の高さもあって、簡単には気づかない甘美な罠だ。初見だとほとんどのプレイヤーが騙される。
「あれ? これってつまり、シナリオが始まってない今も演技してるってことですかね。だとしたら色んな意味で尊敬するんですけど」
「今そんなことをする理由がないだろう。というか褒めているのかそれは」
「褒めてますよ、半分くらい」
「半分」
アルバートが小さく笑う。彼の演技力は努力により身につけたもの。他人を信用しない彼なりの処世術でもある。だけど初見プレイのときは後に明かされたその本心に本気でビビったので、褒め半分、文句半分である。意味がわかると怖いセリフばっか言いおって。
「それは申し訳ない」
「アルバートが謝る必要はないですよ」
ゲームのあれは多分、全部シナリオライターのせいだから。
しかし彼を見て改めて思うが、こんな国宝級のイケメンに口説かれても耐え切る主人公の神経の太さには驚く。アルバート的にはこういう思い通りにならない『おもしれー女』がいいのか?
「……」
アルバートが無言でこちらを見てくる。これはどういう意味だろう。
「あ、そういえば」
「なんだ?」
彼が本気で心を開き始める後半では、かなり直球のセリフも登場する。この変化を楽しむのがアルバートルートの醍醐味だったり。
「ほう」
「例えば、こんな感じで──」
『王太子としての使命も覚悟もある……それでも、お前を手放すことだけはできない。俺の隣にいてほしい』
「このセリフとかはもう告白というか半分プロポーズですよね」
「ぶふっ!?」
アルバートが勢いよくテーブルに突っ伏した。すごい音がしたけど痛くないのだろうか。
「だ、大丈夫ですか?」
「………………ああ」
しばらくすると落ち着いたのか顔を上げたが……これ人生のネタバレよりもダメージ入ってない?
「やっぱり違う話をしましょうか」
「……そうだな。それがいい」
このまま続けたらアルバートの寿命が縮みそうだと察した私たちは、大人しく話題を切り替えたのだった。
「ではお話ししましょう。このゲームに蔓延る意味不明な選択肢たちを」
「意味不明とは」




