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「へ……?」


 私がいい? それはどういう意味だろう。


 私の耳に届いた言葉はあまりに直球すぎて、一瞬脳がついていかなかった。アルバートが「ルージュがいい」と私に? 確かに一応、彼にとって私は婚約者ではあるけど、だからといってこんなことを言う必要はないような……?


 少し考えを巡らせる。もしかしたらそれは友人としての信頼か、ゲームのシナリオを進める相棒としての親しみかもしれない。どうなのだろうかと思い、ちらりと彼の表情を窺うと、その目は真剣そのものだった。だからこれはきっと違う。


 ということは、つまり……私がいいって、そういうこと!? 


「ほぁ……!?」

「大丈夫か?」


 意味を飲み込んで固まっている私に、アルバートは少し困ったように、それでも優しげな眼差しを向けてくる。つまり彼は本気で私をそう思ってくれているということだ。それは嬉しい。……嬉しいのだけれど、


「わ、私は……」


 私は──どうしたいのだろう。


 言葉が思いつかず口をつぐんでしまう。私はなんだかんだ今まで自分が『ルージュ』というキャラクターであることを意識して行動してきた。


 アルバートとは『婚約者』という関係だったが、それがどんな意味を持つかなんて深く考えたことがなかった。ゲームでは二人の仲は冷え切っていたということもある。だけど、彼は私がいいと言ってくれた。


「……」


 私はどうしたいのだろう。彼の気持ちにどう応えたいのだろうか──


「──ルージュ、」


「今はまだ……答えなくて構わない」

「え……?」


 不意に放たれたアルバートの言葉に驚いて顔を上げる。視界に映ったその表情は、意外にも穏やかだった。


「俺は待つ。だから、ゆっくり考えればいい」

「アルバート……」


 ああ、そうか。彼はきっと、私がまだ答えを出せないことに気づいている。


「あなたは……それでいいんですか?」

「ああ」


 恐る恐る尋ねると、彼は静かに頷く。そして、無理に答えを求めたいわけでも、急かしたいわけでもないと言った。


「元より焦る必要もないしな。もちろん……ゲームの俺のように婚約破棄などするつもりはないからな?」

「……それはちゃんとわかってますよ」


 そんなことは言われなくてもわかっている。これだけ一緒に過ごしてきたのだから。


「ならいいんだ」


 そんな私に対して、アルバートはただただ満足そうに笑った。


 私たちは、湖のほとりのベンチに腰を下ろして夕日を見ていた。まだ三月だからなのか、ゲームのイベントで見た景色とは少しだけ違って見える。


 彼と過ごす時間が楽しくて、安らぎを感じているのも確かだ。だけど、私にはまだはっきりとわからない。私が彼に抱くのはただの友情か、それとも……もっと別のものなのか。



「暗いからな。足元に気をつけてくれ」


 気づけば空はすっかり暗くなっていた。アルバートに促されて庭園の奥の高台へ進むと、目の前に満天の星々が輝く夜空が広がっていた。


「すごい……!」


 星明かりに照らされた美しい景色に、思わず息を飲む。


「これも、ゲームで見たことがあるのか?」


 アルバートの問いかけに、私は首を振って答える。


「いいえ……この夜空は、初めてです」


 ゲームでの主人公とのデートイベントは夕暮れで終わっていた。だから、こんな星空を見られるのは初めてだ。


 私たちは言葉もなく、しばらくの間、満天の星空を見上げてただ立ち尽くしていた。澄んだ夜空には見たこともないくらい無数の星が輝いている。高台から見下ろせば、その星々は静かな湖面にも映り込んでいて、水の上にもうひとつの星空が広がっていた。


 そんな夢のような光景を見ながら、私はアルバートに話しかける。


「そういえば、攻略対象ごとにデートイベントのお出かけ場所は違うんですよ」

「ほう……詳しく」


 話を催促するアルバートはいつものように興味津々でこちらを見ている。……まさか他人のデートイベントにこっそりついて行くつもりじゃないよね?


「それはさすがに……しないぞ?」


 本当か? でもやっぱり気になってはいるように見える。仕方ない、それならばこういうのはどうだろう。


「アルバート。もし他の攻略対象のデートスポットも見てみたいなら……行ってみます?」

「それは俺とルージュの二人でか?」

「そうです。嫌ですか?」


 アルバートは首を横に振り、穏やかに笑った。


「嫌なわけがないだろう」


 むしろ楽しそうだ、と彼は言った。




「今日は楽しかったです。ではまた、明日学園で──」

「……ルージュ」


 学園への帰り道、馬車に揺られながら、楽しかった一日が終わるのだと少し寂しさを感じていた。やがて学園の門に着き、馬車を降りて別れを告げようとしたその瞬間、言いかけた私に向かって、ふいにアルバートが引き止めるように言った。


「なんですか?」

「いや……」


 アルバートの顔を見つめると、彼は一瞬ためらうように視線を落とし、それから静かに口を開いた。


「もう少しでゲームのシナリオが始まるだろう?」


「そうしたら……ゲームのように、この先、ルージュは大変な目に遭ってしまうのかもしれない」

「……」

「そして、俺が何かをしても、あるいはどれだけの力を持っていても、どうにもならない運命が待ち受けているのではないかと思うことが……少し、ある」


 我ながら弱気なものだな、と彼は自嘲気味に呟いた。


 確かにゲームのシナリオで定められた運命が避けられないとしたら、私の末路は断罪もしくは死である。たとえ主人公を害さなかったとしても、侯爵家の件についての懸念は大いにあるわけだし、他にもどこに断罪の種が転がっているかなんてわからない。


 でも──


「何言ってるんですか、アルバート」

「……ルージュ?」


 私は胸を張り、彼に笑いかけた。そんなもの、とうに承知の上だ。見くびってもらっては困る。


「私はこのゲームをやり尽くした女ですよ? そう簡単に断罪なんてされてやらないんですから!」


 もちろん、不安がないわけではない。でも私は変えられると信じている。現に今までだって、私たちは二人で色々なことを少しずつ変えてきたのだから。


「だから大丈夫です。私も……アルバートも、きっと……!」


 たとえ少しの望みでも、私はその未来を引き寄せてみせる。もちろん、アルバートもちゃんとメインシナリオをクリアして、生き残ってくれないと怒るから。


 そう強気に言い放つと、彼は驚いたように目を見開き、そして小さく吹き出した。


「相変わらず、強いな」

「あなただってそうですよ」


 むしろアルバートの方が強い気がする。散々人生のネタバレをされているのに全然心が折れないし。


 私はこれから先、誰にも断罪させないし、誰もバッドエンドにさせないつもりだ。……そっちのエンドを見たかったのなら申し訳ないけど。


「いや待て、バッドエンドはそんなに見たくはないのだが」

「そんなにってことは、ちょっとくらいは見てみたいやつなんじゃないですか?」

「バレたか」


 視線が合うと、私たちは思わず笑い合った。


 もうすぐ新学期が始まり、主人公が現れる。私はこれまでの経験とゲームの知識を駆使してこのシナリオを切り抜けてみせる。




「──とか言ってるうちに、もう明日かぁ」


 気がつけば明日から三年次。あれからもアルバートとは今まで通り変わらない関係でいる。私は今日に至るまで現在の状況を把握してしっかり策を練ってきたし、シナリオ開始に向けて準備万端だ。あとは学年が変わり主人公が現れるのを待つだけである。


 今年学園に入るノアの準備も無事に終わったし、何かと忙しかったけどどうにか落ち着いた。疲れた身体をほぐすように大きく伸びをする。


「そうだ、たまにはお詣りにでも行きますか」


 必勝祈願じゃないけど、一応あの(ほこら)にお詣りでもしておこう。ご利益があるかもしれないし。そう思って学園の裏手に足を進め、祠の前で頭を下げると、ふと視界の端に白銀に輝くふさふさの何かがちらりと映った。


 ……ん?


 一瞬、見間違いかと目を疑い、少しだけ身を引く。目をこすってもう一度確認すると……やっぱりいる。


 祠の裏側に何かいる。人間ではあり得ない耳と尻尾が見える。そしてその美しい毛並みが風に揺れてふわりと光を放っていた。……うん。間違いない。


 ──祠の神、もう起きてるんだけど。


「………………」


 ありえない光景にしばらく呆然と立ち尽くす。確かこの神が目覚めるには、合計100回お詣りする必要があるはずで……ということは。


 これアルバートがなんかやらかしたでしょ! 絶対そうだ!


 とっさに思い当たり、心の中で思いっきりツッコむ。シナリオに備えていた私の計画をどうしてくれるんだ。


 ちょっと待って一旦落ち着こう。神と目を合わせないようにそそくさと祠から離れると、私は決意を固めて深呼吸をした。ここは冷静に対処しなければ……いや、やっぱり無理!


「なんてことしてくれたんですかぁぁ! アルバートぉぉ!」


 これはシナリオ開始早々、想定外の事態になりそうである。まずはアルバートを捕まえて問いたださないと。私はいつもの部屋で待っているだろう彼の元へ駆け出した。


 これで一章は終わりです。ここまで読んでいただきありがとうございました!

 よろしかったら下にある評価などを入れていただけると嬉しいです。執筆の励みになります!


 この後は番外編をいくつか挟んでから二章を始める予定です。


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