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【連載版】このゲームをやり尽くした私を断罪する? どうぞどうぞ、やってみてくださいな。【三章更新中】  作者: 折巻 絡
一章

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 私とアルバートは今、王都の街中にいる。少し離れたところからウォルターが護衛として付いているらしいが、見回しても全く見つからない。


「ウォルターならあそこにいるぞ」

「えっ、どこに……あ、もしかしてあれですか?」


 アルバートの指差した方向を見て目を凝らすと、物陰に佇むウォルターが確かにいた。でも背景に自然に溶け込んでいて、言われなければ絶対に気づかなかったと思う。王家の影ってすごい。


 私たちがなぜここにいるかといえば、先日あったアルバートからのお誘いである。シナリオ開始前に出かけようと。「これからは特に忙しくなるからな」と言われて、私も納得した。それにこのところお互いに慌ただしく過ごしていたので、ちょっとした息抜きにもなるだろう。


 ということで、あれから数日後の休日。私たちはお出かけに来ている。


「私の服、変じゃないですよね?」

「特に気になることはないな」


 さすがに服装は普段とは違い変装をしているが、髪をまとめて普段よりも目立たない服を着ているだけだ。これで誤魔化せるのか微妙な気もするが、ゲーム内でもみんな割とゆるい変装をしていたし、そもそも貴族が普通に歩いているような世界観だからきっと問題ないだろう。


 アルバート見ると、彼もいつもより少しカジュアルな服装だ。おそらく変装しているつもりだろうが、その面の良さは隠しきれていないので正直めちゃくちゃ目立つ。さすが乙女ゲームの攻略対象だ。まあ、(ルージュ)の顔も大概なので人のことは言えないが。二人並ぶと絵面が強すぎるし。


 今日は学園から彼が用意してくれた馬車に乗り、街の通りにやってきた。『異変』が始まったとはいえ、王都はまだまだいつも通りで、なんの変化もなく賑わっている。


「では、そろそろ行くか」

「そうですね」


 私たちは並んで歩き出す。


 王都はこの国の中心地であり、遠くからでも一目でわかる白く美しい王城が聳え立っている。城下町には広々とした石畳の通りが走り、通り沿いには様々な店が立ち並ぶ。


 王城の近くにある学園には、王族や貴族の子息たち、あるいは特別な才能を持つ平民が集い、学問や武術を学んで未来の王国を担う人材として育成されている。その校舎はまるで宮殿のように美しい。……ちょっと豪華すぎるが。


 だが、王都の全てが明るく輝かしいわけではない。賑わいを見せる市場や活気に満ちた商店街の裏側には、複雑に入り組んだ裏路地が広がっている。そこには貴族たちの知らない世界があり、時には陰謀や暗躍が渦巻いているという。


「ここの裏路地はサブクエストでちょくちょく来ることになります」

「それは中々に大変そうだな」

「ですね」


 しかし表通りは驚くほど治安が良いので、こうして貴族も気軽に出歩ける。そんな感じで、学園を中心にゲームの人間関係の主な舞台となるのが、この王都だ。


 ちなみに馬鹿みたいに広いが、ゲームでもやたら広いので慣れないうちは迷う。建物の配置もわかりにくく、初心者が武器屋を見失い探し回ることになるのはお約束。


 アルバートが歩きながら街中を案内してくれる。普段は目的地に直行するのでちゃんと周りを見ながら歩くのはもしかすると初めてかもしれない。なんだか新鮮な気持ちだ。


「あれが武器屋だな──とはいえ、ルージュは既にゲームで全てを知っているかもしれんが」

「ふふ、意外とそうでもないですよ。この王都って、ゲームだと行けるところが限られてるんです」

「そうなのか?」


 ゲームでは容量に限界があるため、物語に必要な建物以外は背景だけで、実際には入れない場所も多かった。街の人々に話しかけても決まったことしか言わないし。実は王都の外のマップの方が自由度は高い。


「ふむ。ならばあの店はどうだ?」

「あそこは完全に背景でしたね、遠くから見えるだけの。なんの店ですか?」

「……行ってみるか?」

「はい!」


 彼に連れられるままに店内に入ると、そこはアンティークショップだった。古いアクセサリーや不思議な書物が並ぶ店内を見ていると、アルバートがそれぞれの歴史や由来について説明してくれる。しかもよく見たら結構珍しいアイテムもあって思わず衝動買いしてしまった。


「うっ、散財……っ!」

「言うほどか?」


 侯爵令嬢として金額をあまり気にする立場ではないが、お財布の中身と相談して推し活をしていた前世の気分が残っているので、少しだけ無駄遣いには敏感である。


 しばらくすると小腹が空いたので、手頃なカフェに足を運び、軽食を食べることになった。何を頼もうか迷っていると、近くの席で誰かが食べているものが見える。その皿の上のものにはなんだか見覚えが……っていや待ってこれ。


「アルバート。私……前世であれと同じものを食べたことがあります」

「……どこでだ?」

「コラボカフェです」

「コラボカフェ」


 コラボカフェについて説明すると、アルバートが興味津々でそれを二人分注文する。さすがにコラボカフェあるあるの変な名前の商品ではなかったが、出てきたものを食べてみると記憶の中のものと同じ味だった。まさかこんなところで食べられるとは。


 そういえば前世の世界だとこれ、ドリンクを頼んで貰えるコースターがランダムだったりするんだよね。その結果推しが出るまで通うか誰かとトレードすることになるやつ。


「推しのやつをゲットした人を探して、お互いのアイテムを交換するんです」

「ふむ。利害の一致ということか」


 やってることはただの物々交換なのに、その言い方だと無駄にかっこいいな。


 二人で色々な店を回る。庶民の姿に紛れて王都を歩くアルバートは、案外自然体で街の人々に溶け込んでいた。小さな店の前で話しかけてきた店主と穏やかに会話を交わし、まるで昔からの知り合いのように軽い冗談まで飛ばしていた。


 いつもは王宮で重責を担う彼が、こうして民の暮らしに直接触れているのを見るのは初めてだ。貴族と平民で差別しない人間だとは知っているが、今の姿を見ると改めてそうだなと思う。



「疲れてはいないか?」

「大丈夫です」


 散策しているうちに日も傾き、楽しかった時間が終わりに近づいていると思いきや、アルバートは馬車でさらに別の場所に行くという。


 しばらく馬車が走ると、やがて目的地に到着した。


「ここは……」


 馬車から降りた私の目の前に広がるのは、湖が見える美しい庭園。ここは王族の土地であるため部外者は普段は立ち入ることのできない場所らしい。ウォルターは入り口で待ってるので着いてこないとアルバートは言った。


「綺麗な場所ですね」

「そうだろう。……時折来るんだ。ここにいると不思議と落ち着く」


 彼は少し遠くを見つめながら、穏やかに言った。


 日が沈み始め空が橙色に染まる頃、私たちは広大な庭園に足を踏み入れた。庭園は手入れが行き届いており、まだ春の初めにも関わらず色とりどりの花々が咲き乱れている。大きな彫刻や噴水もあり、奥に広がる湖は静かに夕日の光を受けて輝いている──


 ──ここ、アルバートルートのデートスポットだ。ゲームで見た。


「!?」


 思わずそれを口にすると、アルバートが噴き出して咳き込んでしまった。どうした。


「だ、大丈夫ですか?」

「そ……それは……一体どのようなシーンだ?」

「えっ、これ聞きますか?」


 彼は真面目な顔で頷く。自分のデートシーンを知りたいとは中々の強者である。心が強いな。


「じゃあ話しますね」


 これは所謂デートイベントだ。アルバートルートが確定してからシナリオを進めていくと発生する。


 夕日が橙色に空を染める頃、アルバートと主人公はこの庭園に足を踏み入れる。手入れの行き届いた草木と美しい彫刻が並ぶ庭園は静寂に包まれており、奥に広がる湖が夕日の光を受けて輝いている。


 彼は主人公に、ここは子供のころからよく来ていた場所だと話す。湖面に映る夕日の色合いは夢のように美しく、それを見ながら彼は、ここに来ると心が安らぐのだと穏やかに語りかける。


 その姿にふと、自分が平民であることを思い出した主人公は、この美しい場所に自分がいることが不釣り合いに感じ、彼と自分は立場が違うのだと改めて理解する。


 自分はアルバートに相応しくないのではないか。そんな不安を抱く主人公の手を彼は優しく取る。そして、「立場など関係ない。これからもずっとそばにいたい」と言葉をかけるのだ。その真剣な眼差しに主人公は胸が高鳴る。夕日の色が徐々に変わりゆく中で、この瞬間が永遠に続けばいいのにと願うシーンで締められる。


「──という感じなんですが」

「それは……また……その、なんというか…………」


 アルバートは何とも言えない表情を浮かべながら目を逸らした。ちょっと気まずい。デートシーンまで知っててごめん。何回も見たからセリフも一言一句覚えててごめん。


 余談だが、このイベントのスチルはゲームの中でも特に美しいと評判だ。アルバート、なぜか夕日とか月明かりに映えがち。


「……ほう」

「でもそれは置いておいて」

「なんだ?」


 そんなことよりも他に重要なことがある。気を取り直して、私は話題を変えた。


「ここ、私と来ちゃっていいんですか?」

「……なぜだ?」


 アルバートは軽く首を傾げ、少し考えるような表情を浮かべた。


「ここはデートイベントの場所じゃないですか、」


 つまり本来なら主人公とアルバートが一緒に訪れる場所なわけで。やはり私ではなくゲーム通りに主人公と一緒に来た方がいいのでは?


「と思うんですけど……」

「なんだ、そんなことを気にしていたのか。安心しろ」


 アルバートは私の疑問に穏やかに微笑みながら答えた。


「俺はルージュがいいんだ」


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