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【連載版】このゲームをやり尽くした私を断罪する? どうぞどうぞ、やってみてくださいな。【三章更新中】  作者: 折巻 絡
一章

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23

 

 アルバートは精霊王の偵察機に駆け寄り、素早く剣を振り上げた。


「精霊王よ──お前の相手は俺だ!」


『──!!』


 勢いよく斬りかかると、その衝撃で偵察機の狙いがずれ、ビームは村人の頭上をかすめて別の方向に逸れる。次の瞬間、それが直撃した近くの木が大きな音を立ててへし折れた。


「ひぃっ!」


 驚きと恐怖で悲鳴を上げて震える村人に、アルバートは背を向けたまま声をかける。


「……いいから早く逃げろ」

「はっ、はいぃ!」


 村人はおびえた顔を一瞬だけ向けると、慌てて体を翻し、偵察機に背を向けて全力で駆け出していった。


『! ──、!』


 私は急いでアルバートのそばへと駆け寄る。標的を見失った偵察機は不気味な音を立てながら私たちをじっと見据えていた。


「……アルバート、これ……」

「──ああ」


 私たちは目を合わせる。この状況ではもう戦うしかないことを悟った。



 戦闘は熾烈を極めた。肌は傷だらけで汗と砂がまとわりつき、衣服はあちこち裂けている。疲労からか声すらもかすれてきた。


「……っ!」


 もちろん勝ち目はないことはわかっている。これはあくまで、どうにか逃げる隙を作るための戦いだ。私たちは互いに背を預け合い、剣を振るい続ける。


「はぁっ!」


 アルバートが叫びながら偵察機を斬りつけた。その動きに敵は一瞬ひるむが、すぐに鋭い光がその体から迸り、また私たちを追い詰めにかかる。


「わっ、危なっ!」


 私は咄嗟に身を翻し、突進をギリギリでかわす。反射的にアルバートと目が合い、互いにかすかに頷く。次の攻撃に備え、体勢を整える。


 これはラストダンジョンの敵。些細なミスが命取りだ。


 特に厄介なのがビーム攻撃。アルバートと息を合わせ、偵察機が魔力を溜める気配を見せた瞬間に攻撃を仕掛けてそれを妨害するのだが、その瞬間を狙うように素早く突進してくる。


 当然、全ての攻撃を完全に避け切るのは不可能だ。致命的なダメージを受けることは避けられているが、翼がぶつかるだけでも何度も受けていればダメージは積み重なっていく訳で。


「これは……キツいな」

「そう、ですね……」


 体がずきりと痛む。レベリングの成果もあって耐えられてはいるが、ゲームのようにただの数値ではなく、生身へのダメージなのでかなり痛い。この世界の人間は崖から落ちてもどうにかなるほど丈夫とはいえ、痛いものは痛い。


 幾度となく撤退を試みているが、偵察機は素早く回り込み、逃げ道を塞いでくる。本気でこちらを排除しようとしているのだろう。


 どれだけ攻撃しても倒し切れずに回復されてしまうので埒が開かない。一瞬でも油断すれば、ビームや突進が飛んでくる。


 このままではジリジリと追い詰められていく。どうにか打開策を見つけねば。


「っ!」

「はぁっ!」


 背後から私に迫る偵察機に、アルバートが鋭く剣を振り下ろす。直撃したそれは一瞬ふらつき、地面に落下した。


「ありがとうございます」

「ああ。しかし、またすぐに回復をしてしまうが……」


 偵察機がゆっくりと回復して体を起こし始める。しかし、その様子に私は微かな違和感を覚えた。


「あれ……?」

「どうした?」

「いえ、気のせいかもしれないんですけど、」


 ……回復がさっきよりも遅い?


 それに気付いた瞬間、はっとする。そうか、ここは繭の外だから──


「……アルバート、ちょっと聞いてください! 作戦を思いつきました!」

「! 教えてくれ!」


 再び動き始めた敵との戦いの最中、私の説明を聞いた彼はすぐに頷く。


「なるほど、理解した」


 彼が「それに懸けよう」と小声で確かめるように呟くと、私たちはすぐに動き出した。アルバートが鋭い視線を偵察機に向け、挑発するように剣を構える。


 少しずつ繭からの距離を取るように誘導しながら戦いの場を移動させる。偵察機は攻撃の手を緩めることなく、ゆっくりと私たちについてきた。


「──今だ!」


 アルバートは偵察機の背後を素早く取り、剣に魔力を纏わせて一気に振り下ろした。剣先から蒼白い光が迸り、鋭い一撃が敵を捉えようと迫る。だが、その瞬間、偵察機は素早く身をひるがえし、ギリギリでその攻撃をかわした。


「なっ……!?」


 空を切った剣が地面に深く食い込み、砂埃が舞い上がる。アルバートは悔しげに歯を食いしばりながら、すぐに体勢を立て直そうとするも、バランスを崩した彼は苦痛に歪んだ表情で動きを止めた。


「アルバートっ!?」

「ぐっ、足が……!」


『──! 、!!!』


 膝をつき苦しげに顔をゆがめるアルバート。必死に剣を杖代わりにして立ち上がろうとするが、痛みに耐えられず身動きが取れない。その様子を見た偵察機は、彼に視線を固定し、青白い光を纏いながら魔力を溜め始めた。


『──!!』


 溜め込まれた魔力の光が、徐々に彼の顔を青白く照らし出す。


「……っ……このままでは……!」


 かすれた声がかすかに響いた。だがアルバートはその絶体絶命の状況で──


 ──わずかに口元に笑みを浮かべた。


「ふっ、掛かったな……!」


 アルバートが低く呟く。そう、残念だったな精霊王。私は偵察機に向かって手を掲げた。


「あなたの相手は私ですよ!」


 そう、アルバートは囮だ。偵察機が彼に気を取られている間に、私はすでにその背後に回り込んでいた。


 ここは繭の外。繭の中とは違って魔術を使える。さらに私は知っている──こいつが魔力を溜めている間はほとんど動けないこと、


 そして『状態異常』に非常に弱いことを。


「くらえっ!」


『!? ──、!!?』


 私の魔術が雷撃のように偵察機に直撃すると、偵察機は痙攣し、その場で動きを止めて地面に落下した。光が鈍くゆらめき、それ以外の反応がない──麻痺状態だ。


『──……』


 慎重に歩み寄ってきたアルバートと共に見下ろすが、時折痙攣するように光るのみで動き出す気配はない。繭の中でならすぐに回復してしまうのだが、ある程度離れたここではそう簡単にはいかないようだ。つまり、作戦成功である。


「……よし、今です!」

「ああ!」


「「撤退だ!」」


 二人で偵察機に背を向け全力で駆け出す。本来ならば攻撃のチャンスではあるが、今の私たちにはそんな余裕はない。今はただ逃げるが勝ちだ。



 息が切れ、脚も重くなり、呼吸が苦しいほど全力で走り続ける。どれだけ走ったのか分からないが、振り返っても偵察機が追ってくる気配はない。どうやら逃げ切れたらしい。ゲーム通り、繭からある程度離れると精霊王の力が届かないようだ。


「た、助かったぁ……」

「終わった、のか……」


 安堵から全身の力が抜け、二人ともその場にへたり込んだ。今の戦いがどれほど危険だったか、身体の疲労と痛みがそれを物語っている。いや、本当に死ぬかと思った。これが戦闘があるタイプのゲームの恐ろしさか。勘弁してくれ。サブクエストの時にも思ったが、変なことをしたら断罪の前によくわからないところで死にそうだ。


 アルバートが息を整えながら口を開く。


「……しまった、すっかり忘れていたな」

「何をですか?」


 何かやり忘れたことなんてあっただろうか。


「あれだ。いくぞ……『くっ……これほどまでかっ!』」

「今言います!?」

「だが一応言わないと様にならないだろう?」


 負けイベの例のセリフだった。そんなに言いたかったのかそれ。私が笑い交じりに答えると、彼は満足そうに笑った。


 改めてお互いの姿を見やると二人ともボロボロだった。服は所々切れているし泥と血で汚れている。できるだけ人に見つからないように戻らないと大事になりそうだ。


 服は諦めるしかないので、ひとまず怪我の回復をする。今回は回復薬として市販品の飲み薬を持参していた。彼にも差し出して二人で飲むと、雑草みたいな味でめちゃくちゃマズかったが身体の傷と痛みがゆっくりと引いていった。改めて思うけどこれ、どういう仕組みなんだろう。


 飲み薬が効いてくると、少しほっとしたようにアルバートが疲れた声で呟いた。


「しかし、よく上手く行ったな」

「さっきの作戦ですか? あれはですね……」


 あの偵察機の回復が、繭の中と比べて明らかに遅かったからこそ、私はあの作戦を思いついたのだ。無敵ではなくなっていると気がついたから。


 ゲームでの負けイベントの舞台は繭の中のみ。繭から出た時点で本来のイベントは終わっていたのだろう。だからあの偵察機は完全な無敵状態ではなくなっており、それ故に状態異常にもなった。


 ゲームのシステムでは、状態異常になると一時的にステータスに補正が入る。今回使った麻痺では行動不能に加えてしばらくの間、素早さが大幅に落ちるのだ。さすがに今の時点では仕留めるのは難しいが、逃げるための時間稼ぎとしては十分だった。


「なるほどな」


 ちなみに麻痺の魔術は学園の図書館にあった魔術書でこっそり学んでいた。ゲームでもよく使っていた記憶があったので念の為覚えておいたのだが、こんなところで役立つとは。


 とにかく、これで負けイベントは完了だ。生きて戻ってこれて良かった。あとはシナリオが始まってからアルバートが主人公に説明するだけである。



 森を出てなんとか馬車に戻ると、ボロボロの私たちを見た御者は驚いた表情を浮かべていた。アルバートが「何も見なかったことにしてくれ」と頼むと、御者は黙って頷き、馬車を走らせてくれた。


 馬車の中で一息つき、安堵と疲労の入り混じる空気の中、言葉を交わす。


「それにしても、力の一欠片だけの精霊王ですらこれほどまでに強いとはな」

「私も正直、想定外でした」


 本体の精霊王は先ほど戦った偵察機など比較にならないほどの強敵。レベリングと加護が必須だと改めて理解した。主人公たちにはメインクエストをしっかり進めてもらわなければならないが、その辺はアルバートがうまく誘導するという。


 そういえば、と私はふと思い出した話を持ち出す。


「……実はあの繭の中、結構良いレベリングスポットなんですよね〜」

「な、なんだと……!?」


 実はあの偵察機、倒すとかなりの経験値が貰える。そのためある程度加護を集めた終盤の経験値稼ぎでは、繭の途中での偵察機の無限湧きを乱獲するのが定番だったりするのであるが、


「嘘だろう……?」


 私の言葉に明らかに引いているアルバートに少し笑いが込み上げる。でも残念、本当です。クエストを進めてもっと強くなってからまた行こうね。



 さて、これで厄介な負けイベントは終わりだ。この先に待っているのはこの事態の後始末である。


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