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「とうとうこの日が来ちゃったかぁ……」


 精霊王が落ちた──王都近辺の森で何かが起きたという知らせがアルバートから届いた。寮の自室にいた私はすぐに装備を整え、翌朝、彼の待つ街の門の前に向かうことにした。


 寮の廊下は静まり返っている。学園は冬季休暇中のため、ほとんどの者が帰省していた。私がここに残っていたのは『異変』が起きたらすぐに向かうために待機していたため。屋敷だと家族の目があるので外出しづらいのだ。剣とか持っているし、何事かと思われてしまう。


 秋に森から連れて帰ってきた精霊は元気に自室の中を浮遊していた。どうやらたまに魔力を与えていれば十分に生存できるようである。本当に不思議な生き物だ。


「うー、寒い」


 寮を抜け出し、まだ日の昇っていない早朝の薄暗い街を歩く。『異変』が始まったものの、まだ王都には何の影響も出ていない。空は澄み渡り、街はいつも通り美しいままだ。


 シナリオ中は緊急事態の発令により街からの出入りに少し制限がかかるようになるのだが、今はまだ自由に行動できる。


「ルージュ、こっちだ」

「すみません、お待たせしました」


 門の前に向かうと私に気がついたアルバートが手招きをしていた。


 彼の装備を見ると、威力220の剣以外は初期のままだ。少々心許ないが、高性能の装備はまだ入手手段がないので仕方ない。メインクエストのクリアの報酬だったり、イベント戦闘の魔物からのドロップだったりするのである。店の品揃えも物語が進むごとに良くなっていくというのがゲームあるある。


 ……ちなみに私はペンダント以外、全身初期装備。人のことは言えない。


 しかし、あくまでも今回の主役はアルバートであり、私はおまけだ。現実的に見れば、情報収集と負けイベの後の彼の撤退を手伝うくらいになるだろう。


 彼の話によると、どうやら『異変』の報があったときはちょうど城にいたという。ということは彼は従者たちの反対を振り切ってこれから調査に行くはずだが、


「──実は散歩に行ってくるとだけ伝えて城を抜け出してきた」

「いいんですかそれ」


 どうやら私が以前教えた城の隠し通路を使い、周囲の目を盗んで移動したようだ。悪用すんな。というかそれはもう散歩というより脱走じゃない?


「しかしウォルターに反対されると何かと面倒でな……」

「あー、確かに」


 サブクエストの件もあったことだし、彼は特に厄介そうだ。でも言わない方が後で色々大変な気もする。これは偏見だが、あの人、アルバート相手でも普通にネチネチ言いそうだ。


「それは申し訳なさそうな顔をして聞き流せばいい話だ」

「ええ……」


 こいつ、しれっとやり過ごすつもりである。変な方向でメンタル強いな。大丈夫か?


 まあ、シナリオ的にはこの程度の細かいことはいいだろう。話の大筋は変わらないし、そもそも私が同行する時点でゲームとは違うのだから。



 

 私たちは早速、アルバートが手配していた馬車に乗って森へ向かう。しかし馬が異様な気配に怯えてしまうため、ある程度まで近づいたら後は徒歩だ。正直しんどいが、そういう設定のイベントなので仕方ない。


 馬車から降りた私たちは雪深い森の中を一歩一歩進む。周囲の木々は雪に覆われ、冷たい空気が肌を刺す。足元の雪が踏み締めるごとにきゅっと音を立てていた。


 ──だが、それ以外の音がしない。


「……」


 私たちは息を呑んで、どちらともなく目を合わせた。


 冬の森とはいえ、先ほどから全く生き物の気配がしないのだ。普段ならば時折、魔物の鳴き声などが聞こえるはずだが、私たちが雪を踏み締める音以外、ほぼ無音だ。


「……ねえ、アルバート。どう思いますか」

「そうだな……気味が悪いな」

「実はこれもゲーム通りなんです……」

「なんと……」


 なぜこうなっているのかといえば、精霊王が魔力を吸い始め、生き物が軒並み逃げ出しているからである。これから先、植物も魔力を吸われ枯れ果ててしまうためこの一帯は草木一つなくなる。まさに死の土地。


 それは私たちも例外ではなく、加護がない今、長時間居れば魔力を吸い尽くされてしまう。なので早めに帰らねばならない。よく考えたら普通に怖い状況だ。


 それにしてもこのイベント、森の中でBGMが消える演出があるのだが、リアルに表現するとこんな感じになるのか。プレイヤーの不安を煽るための演出なのだが、現実だとさらに不安感マシマシで嫌さがすごい。一人だったら多分泣いてる。


 いっそ魔物でも出てきてくれた方が気が紛れるのだが、もちろんそんな気配もない。


 そんな中、アルバートが「そういえば」と切り出した。


「しかし、精霊王とは具体的にどのような姿なんだ? あまり詳しくは聞いていなかったのだが」

「えーと、本体については説明が難しいんですけど、今は大きな繭に包まれていて、その繭は……あ、そうだ。まずは遠くから見てみましょうか」


 百聞は一見にしかず。実物を見てもらった方が早い。


 ここは雪を纏った木が邪魔で視界が悪いので、遠くから見える場所で全容を確認してみよう。ゲームのマップでは確かこの近くに精霊王の巣が見える場所があったはずだ。


 記憶を頼りに十五分ほど進んでいくと小高い丘に辿り着いた。登っていくと視界を遮るように茂っていた木々が減り、徐々に視界が開けてくる。


 すると、段々目的のものが見えてきた。木々の間から少しずつ姿を現し、その圧倒的な存在感がこちらに迫ってくる。


「あ! 見えてきま……した……よ」

「これは……」


 その全容が視界に収まった時、私たちはその異様な光景に思わず足を止め、目を見開いた。


 そこには巨大な球体──繭があった。それは数多の木々を無視するかのように押しのけ立っている。ここからは数百メートル以上離れているが、その大きさと圧迫感は尋常ではない。周囲の空気はまるで重く垂れ込め、視界すら歪んで見える。その存在が、この場所全体を支配しているような錯覚さえ覚えた。


 全身が凍りついたかのように動けなくなる。横目でアルバートの顔を見ると、額にうっすらと汗が滲んでいた。


 繭の表面は不気味に光り、まるで何かを孕むような神秘的な雰囲気を醸し出している。しかしそれを見て感じるのは『勝てない』という絶望感だけだ。


 これが、精霊王。このゲームのラスボス。


 ──いや、そんなことよりデカ過ぎない?


 ゲームではよく見ていた姿だがそれは画面越しでしかない。実際に肉眼で見るとこれほどまでに大きいのか。中身はもっと小さいはずだが、繭だけならよく比較対象にされる某ドームくらいあるだろう。


 主人公たちは最終的にあれと戦い勝利を収めるのかと思うと、なんだか非現実的な気分になる。……ゲームのアルバートはなんで一人でこれに立ち向かおうと思ったんだ。


「それは正直、俺もわからない」


 アルバートはアルバート(ゲームの自分)の理解を放棄していた。


 とにかく思ったよりヤバそうだということがわかった。超強そう。すぐにでも帰りたい。スローライフ系のゲームに転生した人が羨ましいなと軽く現実逃避してみたり。


「……アルバート、一つ提案があるんですけど」

「なんだ?」

「諦めるって選択もあると思うんです。ゲームの知識でよかったら全部話しますから、それでも『姫君』に説明できるかと」


 シナリオ開始前だし、ここで無理をする必要はない。主人公に説明するだけなら危険な目に遭わなくてもどうにかなる。そんな私の言葉に、アルバートは首を横に振った。


「いや、俺は行く。この目で見ればそれ以外にも何かわかるかもしれん」

「アルバート……」


 アルバートの言葉から強い覚悟が伝わってくる。彼がこの先に進む意志を持っているのなら、それを止める理由はない。彼の決意に答えるしかない。


「それなら、私も最後までお付き合いします」

「ああ!」


 先に進もう。私も覚悟を決め、アルバートに頷いた。



 遠目からでは繭がとんでもなく大きいということしかわからないので、もっと近寄らないと。


 ……と、足を踏み出すその前に一つ忘れていたことがあった。


「アルバート、ちょっといいですか?」

「なんだ?」


 呼び止めた私の言葉に、進もうとした彼の足が止まる。


「えーと……あった。これです」


 私はポケットの中から小さな袋を取り出し、それをそっと彼に差し出す。アルバートは不思議そうな顔をしながらそれを手に取り、包みを開いた。


「これは……?」


 袋から出てきたのは銀細工のアクセサリーだ。それはシンプルながらも美しいデザインで、光の角度によって所々深い緑と青の光沢を放っている。


 冷たい雪景色の中でも目を引くそれを見たアルバートが、不思議そうに私を覗き込んだ。


「これは一体どうしたんだ?」

「実は、この前のサブクエストの素材で作っておいたんです」


 サブクエストに乱入してきたドラゴンの鱗。あれを街の加工屋に依頼して作ってもらったのだ。


 シナリオ前なので武器強化や防具作成はまだ解禁されてなかったが、なんと装飾品の作製だけはゲーム通りにできたのだ。おそらく武具類と異なりアクセサリーは平和な時でもそれなりに需要があるものだからである。


 このアクセサリーは武器に取り付けるのだが、装備するとシンプルに攻撃力が50上がる。現時点で精霊王は倒せないので必要ないかもしれないが、攻撃は最大の防御なので是非使って欲しい。物理で全てを薙ぎ払おう。


「というわけで、この前のペンダントのお礼です。もしよければ受け取ってください」

「ああ。ありがとう、ルージュ」


 アルバートはそれを聞くと、嬉しそうに微笑んで受け取ってくれた。そして例の剣に取り付けると、彼はドヤ顔で言った。


「ふっ、これでさらに『ゴリラ』に近づいてしまうな!」

「それ自分で言います!?」


 こんな恐ろしい状況にもかかわらず、彼の言葉に思わず笑ってしまった。だけど、おかげで少しだけ緊張が解けた気がする。



「では──行くぞ、ルージュ」

「はい!」


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