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【連載版】このゲームをやり尽くした私を断罪する? どうぞどうぞ、やってみてくださいな。【三章更新中】  作者: 折巻 絡
一章

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20

 

 休日の今日、私とアルバートは珍しく王城の一室で今後の作戦会議をしている。お城で出てくる紅茶、美味しい。


「……そろそろだな」

「そうですね」


 お互いのレベリングや今後のイベントに関する色々な対策をしているうちに、もう秋も半ばになっていた。そろそろ『異変』に向けて覚悟を決める時期である。


 ウォルターからノアへの『補佐』の引き継ぎは問題なく終わり、侯爵家に来ていたウォルターは既に城に帰っている。


 引き継ぎ中、ノアの異様な飲み込みの早さにウォルターは驚いていた。実際、ノアはほとんどのことを一度聞いただけでできるので、ちょっと怖いくらいだ。天才という設定がフルに活かされている。


 現在ノアは一人で両親を監視しているが、落ち着いてうまくやっているようだ。彼の報告によるとまだ両親たちに動きはない。そのまま大人しくしていてくれ、できればずっと。


 ──さて、『異変』についてである。


 もうまもなく冬になる。力を使い果たした精霊王が落ちて来て徐々に周囲の魔力を吸い取り始めるまであと少しだ。シナリオ前半はゆっくり進行するので焦る必要はないとはいえ、着実にクエストをこなせるよう私たちはこうして準備をしている。


「ついに始まるんだな」


 来る『異変』に向けてやる気満々のアルバート。だがその前に彼には言わねばならないことがあるのだが、さて、いつ伝えようか。


「どうした、ルージュ。考え事か?」

「いえ、なんでもないです。……あ、そうだ。アルバートも一度、現場の下見にいきましょうか。まだ精霊王はいないので、気分転換にでも」

「あ、ああ。そうだな?」


 せっかくだから現地で話すことにしようと思い、私はよくわかっていないままの彼の手を引き、外へ向かった。



 王城から馬車で一時間ほど離れたここは、『異変』の起きていない今はまだ、ただの森だ。色づいた葉が鮮やかに揺れる中、赤や金色の葉を踏みしめる音が静かな森に響いている。


「精霊王はこの辺に落ちて来ます。多分」

「多分」

「ゲームは精霊王が落ちてから開始なんで、実は私、この状態の森はあんまり見覚えがないんですよね」


 全体マップでも精霊王の巣がデカデカと鎮座してたので、逆に何もないことになんだか違和感を覚える。少し昔の地図を見ているみたいだ。


 森の様子を確認しながら少しずつ奥へ進む。なんかいいアイテムないかな? と見回してみるが、マップが違うから見つけられない。


「ルージュ、そこに精霊がいるぞ」

「え! どこですか?」


 アルバートが指し示す先を見ると、光の玉のような精霊がふよふよとこちらに近寄ってきていた。両手でそっと掬うように捕まえてみるとほんのり綿毛みたいな感触がある。


「かわいい……!」


 実は転生してから精霊を触るのは初めてだったりする。ゲームではたくさんいたが、『姫君』の周りに集まって来てただけで実際はそれほど見かけないのだ。


「このままここにいたら吸い取られて死んじゃうから、今のうちにどこかへ逃げてね」

『? ──!、?』

「……これ、何言ってるんですかね」

「俺もわからないな」


 私の言葉に対して何かを言っているようだが私たちにはさっぱりわからない。精霊と心を通わせられる『姫君』ならきっと理解できるのだろう。主人公っていいなぁ。


「ところで、下見をしてみてどうでした?」

「ふむ、今は確かにただの森だが……精霊王が落ちてきた際には状況を改めて確認せねばな」

「……そうですね」


 うん、彼のことだしやっぱり『ゲーム通り』にそうするんだなと思う。避けては通れない道だし、そろそろ切り出そう。


「ずっと言おうか迷ってたんですけど……その『状況確認』は『精霊王の異変』ってイベントなんです」

「! そうなのか! それは一体どんなイベントなんだ?」


 イベントという単語に興味津々に食いつくアルバート。でもごめんよ、これはちょっとご期待に添えない感じのやつ。


「はい。それで……言いにくいんですけど、」

「なんだ?」

「これ、アルバートの負けイベなんです」

「負けイベ……?」


 アルバートは理解が追いつかなかったのか真顔のまま固まった。


 ……フリーズしているところ申し訳ないが、彼に負けイベの説明をしよう。このイベントは簡単にいえばゲームの戦闘チュートリアルである。アルバートを操作して『精霊王の異変』が始まった当時の回想シーンをプレイする。


 王都近辺の森で何かが起きた──そう報告を受けた彼は危険だと制止する従者たちを押し切り、単身で調査に向かう。そしてそこで巨大な繭に包まれた精霊王と対面することになる。そこまではまだ良かった。


 しかしなんとこのアルバート、何を考えていたのかこの場で精霊王に戦いを挑むのだ。加護なし、初期レベル、初期装備の単騎でラスボスに特攻するのだから、当然負ける。何故そんな無謀な真似をしたのかはシナリオライターのみぞ知る。


 チュートリアルなのである程度時間が経つまで精霊王は一切攻撃してこないが、動き出したら最後。その瞬間にあっけなくワンパンされるのだ。よく死ななかったな本当に。


 精霊王からの攻撃で大ダメージを受け、自分では、自分たちでは倒せない相手だと悟ったアルバートは『くっ……これほどまでかっ!』と言って逃げるように立ち去る──これが負けイベの全容である。


 余談だがこのイベント、ゲーム周回中はあまりにも暇なので棒立ちのまま放置して休憩する時間になりがち。


「しかし、レベリングした今ならばそれなりに立ち向かえるのではないか?」

「そう思うじゃないですか。でも実は──」


 このイベント戦闘、HP表記自体は画面上にあるのだが、内部処理ではダメージが入らない設定になっていることが解析によって明らかにされている。


 つまりこの時点での精霊王は無敵。そもそも倒せるように作られていないのである。チートを使って強引にHPを0にするとデータがバグって強制終了を余儀なくされる。


 レベルなど関係ない。絶対に負ける戦いがここにある。


「負けるのか……」

「はい。残念ながら手も足も出ません」

「……」


 うわ、なんかすごい複雑な顔してる。嫌だよね負けるの、結構負けず嫌いだもんねアルバート。しかも痛い思いをするのが確定してるし。


 だが彼にはこのイベントをきちんとやってもらう必要があるわけで。


「落ち着いて聞いてくださいアルバート。負けますけど、このイベントってシナリオで結構重要なんですよ」

「……詳しく」


 彼は負けてしまったが、精霊王の情報を持ち帰り『精霊の姫君』に伝えるという大切な役目を担う。


 季節は春。学園に転入してきた主人公は、その日のうちにアルバートに呼び出され彼と話をする。ここで彼女は『精霊の姫君』の力が精霊の力を引き出すものであることについて知る。


 次に視点がアルバートに切り替わり、彼の回想で前述の負けイベを進める。


 そして彼の敗北後、国の調査で発見された『精霊の姫君』である主人公。彼女がここに連れてこられたのは、『異変』を止め、この世界を守るためだと聞かさせる。


『精霊王の異変……これを止めるには『姫君』の力が必要らしい』


 そして、『だから、力を貸してくれ』と言う彼の言葉に、主人公は強い覚悟を持って頷くのだ。


 アルバートとの会話を通して主人公は自分の使命を確認する。メタ的に言うとこのイベントは世界観とゲームシステムとこれからやることの説明パートである。


 つまり、このイベントが物語の始まり。シナリオの全ての出来事がその瞬間から動き出す──というわけで。


 この負けイベ、超重要イベントです。


「どうですか?」

「………………わかった。全力でやり遂げようではないか」


 めちゃくちゃ逡巡したな。でもちゃんと行くと決めて大変よろしい。若干嫌そうなのは気にしないことにする。


「私もついていきますね」

「ああ、助かる」


 イベント戦闘とはいえ念の為、戦力は多いほうがいい。二人で精霊王をちょっと突っついて適度に情報収集したらすぐに帰るのがいいだろう。シナリオ開始前の今、深追いする意味はないのだし。



 さて、用は済んだことだし城へ帰ろう。森の外に待たせていた馬車に乗り帰路に就く。


 走り出した馬車の中でぼーっと外を眺めていると、不意にアルバートが私を指さして口を開いた。


「ルージュ、肩に……ついているぞ」

「えっ!?」


 何が!? と恐る恐る肩を見ると、そこにはさっきの精霊が乗っていた。ちょっともう驚かさないでよ幽霊かと思った。しかしいつの間についてきたのだろうか、重さが全くないから気が付かなかった。


『──?、!!、!』

「えーと、どうしましょう」

「そのまま連れて帰ればいいんじゃないか?」


 えっ、いいの? 野生動物的な何かじゃないのこれ。なんかの法に触れたりしない?


 まあでも、あそこにいても『異変』の時に死んじゃうからその方がいいかもしれない。そういえばゲームでは主人公の部屋に精霊が飛んでいる描写があったことを思い出す。事態が落ち着くまでの間、部屋で飼ってみても問題はないだろう。でも精霊の餌ってなんだろ。そもそも餌とか食べるの?


 肩にとまっている精霊を指で軽く撫でたが、ふわりと揺れるだけだった。それがなんだか微笑ましくて、これからのことなど忘れてしまいそうだ。


 でも、もうすぐ始まる。『異変』はすぐそこまで迫っている。和やかな空気の裏で、私たちはその瞬間に向けて静かに身構えていた。



 それから一月ほど経った冬のある日──予定通り精霊王は落ちた。


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