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「ルージュ! 『乙女ゲーム』とやらは主人公が男と恋仲になるものだと言ったな。相手は誰だ? この学園にいるのだろう?」

「入学早々から忙しい人ですね」


 学園に入学した私は早速大きなため息をついた。


 入学式とオリエンテーションを終え、新入生はすぐに自由行動になった。クラスの皆は周囲との親交を深めたいのかはたまた人脈作りか声を掛け合っていて、私も何人かと軽い挨拶を交わす。特に誰からも警戒されていないため、今のルージュはまだ周囲に悪女だとバレていないのだろう。助かる。今から遠巻きにされていたら正直辛い。

 アルバートは別のクラスだったので今日は会わないだろうと思っていたのだが、ちょうど寮に向かおうと荷物をまとめたところに彼はやって来た。そして「話したいことがあるのだが、良いだろうか」と真剣な表情で言われ、何事かと緊張しながらついてきた結果がこれである。私のドキドキを返せ。


 往来でゲームについて話すわけにもいかないので王族専用に用意されていた個室に入り、やたら大きなソファーに腰かける。


「攻略対象は全部で五人、全員学園で会えます。まず一人目はアルバート・ド・ルシュファード。この国の王太子であるあなたです」

「実はそんな気はしていた」

「随分と察しがいいですね」


 そして順応が早い。ゲームの話をしてからまだひと月も経っていないのだが。

 自分が攻略対象だと思うなんて自意識過剰ともとれるが、断罪される私の婚約者なのだからそう考えるのも当然ではある。見目麗しい王太子故に今までも相当モテてきただろうし、そう言った面での自信もあるのだろう。彼はパッケージイラストでも一番デカデカと描かれていたので、もはやこのゲームの顔と言っても過言ではない。王子様属性は王道なのだ。


 そんな王道の王子様はゲームの内容が気になって居ても立っても居られないようで。


「それで残りの攻略対象はどこにいるんだ?」

「あー、もう説明がめんど……いや難しいので本人たちを探しに行きましょうか」


 百聞は一見にしかず。実物を見てもらった方がわかりやすいだろう。



 やたら金が掛かった広く長い廊下、大きな柱の陰や謎の彫刻の後ろに隠れながら小声で会話をしている私たちは完全に不審者だ。隠れる必要があるのかはわからないが、現時点で攻略対象に迂闊に接触していいのか判断できなかったので念のためこうしている。頼む誰もこちらを見ないでくれ、せっかくルージュになったのだから(せめて外面だけでも)才色兼備で完璧な侯爵令嬢になりたいのだ。そう思いつつ横を見ればアルバートは見たこともないような満面の笑みだった。楽しそうで何よりです。


 さて、本題に入ろう。教室の扉から中を覗き込み、後ろのほうで数人の貴族令息たちと親しげにしている赤い短髪の背が高い少年を指し示す。


「あれは確か……」

「そう、ご存じだとは思いますが騎士団長様の息子さんですね。あの人が攻略対象です。硬派な雰囲気だけれど意外と親しみやすくて、中身も男前なところが人気なんですよ。テンプレですね」

「テンプレ」

「ちなみに個別シナリオはこんな感じです」


 学園に通いながらも騎士見習いとして厳しい鍛錬を積む毎日。研鑽の末にその才能が芽吹きそうだというそんな時、不幸にも彼の家族が流行病に罹ってしまう。それは即座に命を落とすようなものではなかったが、身体が弱り切ってしまったため看病の必要性があった。


 彼は騎士の道を進むか、それとも愛する家族の為に生きるか、大きな判断を迫られる。しかしどちらをとることもできず人知れず苦悩していたそんな中、彼は転入してきた『精霊の姫君』である主人公と出会い、二人三脚で立ちはだかる困難に挑むことになるのだ。


 すべてを乗り越えたグッドエンドは主人公と回復した家族たちが見守る中、無事に騎士団に入団するシーンで締められる。


「なかなか見応えのありそうな話だ」

「珍しく弱気になる彼を主人公が力強く諭すシーンは作中で一二を争うほどアツいんですよ!」

「それ詳しく」


 お望み通り語れば、彼はこぶしを握り締め何かを噛み締めていた。


「これは……イイ、な」

「話が分かるじゃないですか」


 バッドエンドでは自身の怪我で騎士の道を諦めることになってしまう。しかし主人公は彼と共に歩むことをやめない――という悔しさとささやかな希望のあるエンドだ。


 ちなみにルージュはちょくちょく二人の前に立ちはだかり、最終的に主人公が平民であることで不当な差別をしたという理由をメインに断罪される。悪役として君臨するルージュと正義感あふれる彼との応酬が見どころの断罪シーンだ。


「そんな感じで次に行きましょうか」



 屋上に移動し耳を澄ませば、探し人はすぐに見つかった。彼方を見つめながらバイオリンを奏でている少年。やや長いウェーブの掛かった水色の髪が風になびいている。


「あそこでバイオリンを弾いている方が三人目の攻略対象です。辺境の子爵令息なのですが、音楽を好む柔和な雰囲気の遊び人的な方で、これもまたよくある話ですね」

「そういうものなのか」

「そういうものです」


 将来は音楽家として生きていきたい彼は、安定した職である文官になって無難に生きてほしい両親と酷く対立していた。親の言い分は理解できていたが、それでも音楽家になりたいという夢を叶えるために彼は人知れず努力を重ねていた。


 だがそんなある日、彼は意気揚々と参加したコンクールで酷評されてしまい自分の才能の無さを自覚する。そして自分は所詮凡才でしかなかったという事実に耐え切れず、彼は勉学からも音楽からも逃げ出し何に対しても手を抜くようになってしまった。


 何事にも本気にならないふらふらと不安定だった彼。しかし転入してきた主人公と出会い彼女の優しさとひたむきさに触れながら、全て放棄して逃げ出してしまったことへの後悔と向き合うのだ。


 グッドエンドは努力の末に望みをかなえ音楽家になった彼。演奏の舞台に立つその姿を愛おし気に見つめる主人公のシーンで締められる。


「こちらも気になるな」

「飄々とする彼に振り回されつつも周囲に理解されない諦めや寂しさにそっと寄り添う主人公の温かさは心に響きました」

「もっと具体的に」


 先ほどのようにまたお望み通り語れば、彼は胸に手を当てどこか遠くを見ていた。


「心に染みる……」

「それな……」


 バッドエンドではなんとそのまま全てから逃げるように旅に出てしまう。しかし主人公も友として、あるいは恋人として彼についていくことを決意するというエンドだ。夢は破れたが、これも一つの幸せの形だろう。


 ちなみにルージュはやっぱりちょくちょく二人の前に立ちはだかり、あっさりと断罪される。内容は二人に対する嫌がらせがメインで、なんと彼の楽器を池に投げ捨てたりしていた。ルージュの性格的にうじうじとした彼のことがそもそも気に入らなかったのではとプレイヤーの間で噂されている。


「ざっとこんな感じです」

「なるほどな」


「ところで俺のルートのシナリオはどうなんだ?」


 それ、聞きます?



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