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【連載版】このゲームをやり尽くした私を断罪する? どうぞどうぞ、やってみてくださいな。【三章更新中】  作者: 折巻 絡
一章

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18

 

「か、帰りたい……」


 結局あれからもまともに練習できず、私は踊れないまま夜会の当日を迎えていた。


 会場は学園の中にある大広間。ゲームでめちゃくちゃ見覚えのある風景だ。実はここ、ルージュの断罪シーンの場所なのである。未来の自分の断罪現場で踊るというのはなんだか複雑な気分。


 周囲を見渡すと、舞台の中央には主役である卒業生たちが集まっていて、周囲には在校生が散らばっている。大広間の隅にはキャンドルの明かりが揺れ、夜会らしい華やかな雰囲気になっている。


 ヤバい、緊張してきた。もう断罪シーンしか頭に浮かばない。


 落ち着こうと会場の端にある鏡で自分の姿を確認する。できるだけ目立たない服装にしたいと言ったらアルバートがドレスを贈ってくれたのだ。足元まである丈の長いもので、深い青色が美しい少し大人っぽいデザインだ。確かに派手ではないのであまり目立たないかもしれないが、生地や仕立てから上質なものであることがわかる。


 とはいえ、ルージュの素の容姿が派手なため、やはり周りの視線を感じずにはいられない。さすが悪役令嬢、顔面もスタイルも既に強い。


 どうやらこの夜会、最初の三曲を踊ればあとは自由にしていいらしい。終わったら端の方に身を潜めてこっそり帰ろうと思っている。


 しかし一つ問題がある。プライドを捨てて三曲全てアルバートと踊ればいいかと思っていたのだが、なんと彼は王太子という立場から、先に卒業生の代表と一曲踊らなければならない。だから一曲目は、私は他の誰かと踊ることになっている。


「うーん、大丈夫かな……?」


 主にダンスの相手が。足を蹴り折ったら悪評どころではない。社交界で終わる。そう不安に思っていると、後ろから不意に声をかけられた。


「そこの美しい方。私と一曲、踊っていただけませんか?」

「え……?」


 振り返るとそこには知らない貴族令息のような人物が立っている。えっ、誰? 私は基本的に先輩を含め、学園にいるほとんどの貴族子女の顔は覚えているのだが、この人物は学園内で見たことすらない。マジで誰?


 警戒していると、ククッという笑いと共にその人物は私だけに聞こえるように声を落として言う。


「俺だよ俺」


 だから誰だよ。……ってなんだか聞き覚えのある声とこの喋り方は──


「……ウォルター様?」

「正解」

「どうしてあなたがこちらに」

「アルバート様の護衛任務ってやつ?」


 なるほど、どうやらアルバートに命じられたらしい。それにしてもうまく会場に溶け込んでいる。普段の従者の姿とは全く違い、それなりに地位のある貴族令息にしか見えない。彼がアルバートの従者だとは言われなければ誰も気づかないだろう。


 そうこうしているうちに最初の曲が始まったようで、徐々に周囲が踊り始める。まずい、とにかく誰かと踊らないとと焦っていると、ウォルターが不意に私の手をとった。


「とりあえず一曲は俺が踊ってやるよ」

「は、……え?」

「ほら、いくぞ」



 月明かりが窓から差し込み、舞台を柔らかく照らす。優雅なバイオリンの旋律に合わせて、皆は男女で手をとり合い、流れるように踊っていた。


 そんな中、私は立ち尽くしていた。足が固まって動けない。そんな私を見たウォルターはたいして興味もなさそうに口を開いた。


「ああ、そういやあんた踊れないんだってな?」

「ゔっ!?」


 変な声が出た。ちょっとアルバート! なんでよりによってこいつにバラしてんの!?


「ま、細かいことは気にすんな。あんたはただ黙って……堂々としてろ」

「ひぇ!?」


 やれやれと言わんばかりの彼に強く手を引かれ、私はされるがままに踊り始めた。すぐに転ぶなりなんなりで無様を晒すと覚悟していたが、なぜかそんなこともなく。あれ、どうにかなってる?


 いや、よく見たらこれ踊ってはいないな。


 彼のエスコートによって踊れているように見えるが、実際は引っ張られたり振り回されたりする方向に足を動かして歩いているだけ。つまり力技である。ドレスの丈が長いから足元も見えないし、そもそも皆、自分のダンスに集中しているから誰も気が付かない。なるほど、これがアルバートの策なのか?


 ちなみに懸念していた私の踏んだり蹴ったり(物理)も、彼はなんてこともなく避けていた。なにこれすごい、回避性能Lv5でもつけてるの?


 それにしても貴族でもないのにこんなに踊れるなんて、と不思議に思っていると彼は私にこっそりと教えてくれた。


「俺はここの卒業生なんだよ……去年のな」


 えっ、初めて聞く設定。何それ気になる詳しく。


 話を聞くと、かつて彼はアルバートの方針で学園に通っていたという。その間、平民だと知られないように偽名を使って架空の辺境貴族のフリをし続けていたらしく、ダンスもその際に練習したという。しかし周囲にバレなかったとは、すごい演技力だ。もしかしてこれで猫かぶりを鍛えたのか?


 そして去年の卒業生ってことは私の三つ上か。それにゲームでは『精霊の姫君』が久しぶりの平民の生徒みたいな扱いだったけど、本当は違うってこと? 


 設定集にもない怒涛の新情報に興味を持って彼を見つめると、ウォルターはニヤッと笑う。


「少しは俺のこと尊敬した?」

「……ええ、さすがはアルバート様の従者ですわね」

「ははっ、だろ?」


 思っていたより多才ですごい人だった。アルバートに頼りにされているのも納得だ。



 話を聞いているうちに気がつくと一曲目が終わっており、私はほっと胸を撫で下ろした。助かった。皆は雑談をしたり違う相手を探してたりしている。


 さて、私は二曲目からはアルバートと踊る予定だが、彼はどこにいるのだろう。軽く見回すが、人が多くて見つからない──


「ルージュ!」

「! アルバート様……っ!?」


 名前を呼ばれて振り返ると、アルバートが小走りで私の方に近づいてきた。その彼の姿を見て、思わず息を呑む。


「すまない、待たせた。大丈夫か?」

「……だ、大丈夫ですわ」


 うわ、直視できない。なんだこれ、ヤバいくらいイケメン過ぎるんだけど。え、なに? 国宝?


 いつも以上に整った顔立ちが際立って見えるのは、きっとこの場にふさわしい正装のせいだろう。制服のときとはまるで別人みたいだ。さすがは乙女ゲームの攻略キャラ、顔の良さが突き抜けている。


 でもシナリオ開始前だからかゲームの時よりちょっと顔が幼くて可愛いなとも思ったり。これが転生の醍醐味ってやつ? ありがとう、どこかの神様。美味しいです。


「よくやったウォルター。あとは自由にしていろ」

「アルバート様の仰せのままに」


 ウォルターが軽く頭を下げて立ち去ると、アルバートが私の前に静かに跪いた。


「さあ、ルージュ。お手をどうぞ」


 そう言って私に手を差し出し、優しく微笑む。そしてそのまま私の手を取ると、その麗しい姿に周囲の人々の視線が自然と引き寄せられる。うん、よくわかるよその気持ち。


 眩し過ぎるアルバートから目を逸らし、ウォルターの向かった方向をちらりと横目で見ると、彼は私たちから離れ、卒業生の可愛らしい令嬢にダンスを申し込んでいた。お、さては可愛い系が好みか? 令嬢も顔の良い彼に声をかけられて満更でもなさそうである。


「ルージュ」


 アルバートが私の名前を呼んだ。何事かと目を合わせると、彼は少し拗ねたような口調で囁く。


「余所見をするな。今は……俺だけを見ていろ」

「っ!」


 心臓が跳ねる。くっ……! 破壊力がすごい。これゲームのセリフ、アルバートの攻略シナリオで聞くやつ!


 危うく叫ぶところだった。これが乙女ゲームの攻略キャラ……! その顔面とその(CV)で至近距離でそんなことを言うなんて威力が強すぎる。何度もくらったら目とか耳が壊れそうなんだけど。ゲームの主人公はこれを耐えているのか、すごいな。尊敬する。


 とにかくアルバートが来たことだし、残りの二曲は彼と踊ることになる。一応婚約者だし、誰も文句は言えないだろう。蹴ったらごめん、気合いで耐えて。


 戦々恐々としながら曲が始まるのを待っていると彼が「そういえば、」と聞いてくる。


「どうだ、ウォルターとは踊れたか?」

「な、なんとか……?」


 やはりあれはアルバートの命令だったか。あれを踊れたと言っていいのかはわからないが、どうにかなった気はする。ウォルターには後で感謝しておこう。


 そろそろ二曲目が始まる、さっきの要領でなんとか乗り切らなければ。そう考えているとアルバートが私の肩に手を置いた。


「どうしました?」

「ルージュよ。実は俺もダンスはそれほど得意でなくてな」

「え、そうなんですか?」


 初耳なんだけど。だとしたらさっきみたいにはできないってこと? 大丈夫?


「ああ。だから、ウォルターのようにはいかないだろうが──」


 そう言って彼は小声で何かの呪文のようなものを唱える。ん? 待って、今なんか魔術使わなかった?


「きゃっ! ……え、なに!?」


 急に足元に違和感を覚えて下を見ると、地面から少し浮いてる気がする。いや気のせいじゃないなこれ。えっ、どういうこと? まさか魔術で体を軽くしたの? なんで!?


 何が起こっているのかわからず混乱していると、私の足元を確認したアルバートがいい笑顔で言った。


「よし、これで踊れる(・・・)な!」


 嘘でしょ!?


 音楽が鳴り始め、周囲の人が動き出す。アルバートも私の手を引いてゆっくりと踊り始める。って、まってまって、ちょっと待って回らないでほとんど足が地面についてないんだけど怖い怖い!


「──っ!」

「ルージュ、」


 悲鳴をあげそうになって咄嗟に口を噤む私に、彼は優しい声で語りかける。


「大丈夫だ、安心しろ。俺を信じてくれ」

「ひゃい……」


 そう言われたらもう信じるしかないじゃない。


 私は身体の力を抜き、彼の動きに身を任せる。浮いてるので足を動かさずに済むため転びようも蹴りようもないが、半分ぶん回されてるような形になっていた。私、ウォルターの時以上に踊ってないなこれ。


「どうだルージュ。これなら踊れなくても大丈夫だろう?」

「そ、それはそうですけど!」


 どうやらこの作戦は私とノアとの練習の話を参考にしたらしい。確かに私を踊らせないまま動かすなら操り人形にするのが正解だ。でも策って言うからもう少し真面目な感じかと思ったのに、こんなやり方ある? 力技が過ぎるって。


 音楽に合わせ、アルバートは私を手を引いて器用にステップを踏んでいく。いや、十分上手いじゃないですか。


 周りを見ると皆、私たちの踊りにはあまり関心を持っていないようで、むしろ顔の方を見られている気がする。こんな高APPの人間が二人で踊ってりゃ気になるよね、しかも王太子とその婚約者だし。だからこそダンスの違和感には、誰も気が付かない。


 それはつまり、どうにかなってるってことで。


「ふ、ふふっ、もう意味わかんないっ……あははははっ!」


 状況が面白すぎて、つい笑ってしまった。なんだこれ、楽しすぎる。こんなふざけたダンスでいいのだろうか。アルバートを見ると私の笑い声につられて、まるで子供みたいに無邪気に笑っていた。


「ふふ……ありがとう、アルバート」

「ああ、どういたしまして」


 気づけば二曲目が終わり、三曲目が始まる。もう踊りたくないとは思わなかった。私は自然とアルバートの手を取ったまま、次の曲へと向かう。


 二年後の今日、私は本来ならこの場所で悪役として惨めに断罪される運命だ。でも今はここでこうやって楽しんでいる。それがなんだか不思議だ。しかも心の奥ではこの瞬間がずっと続けばいいのにと思っている自分もいる。



 ゲームのシナリオが始まるまで、あと一年。ここからが腕の見せ所だ。

 

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