101
あの後、想像もしていなかった結末に動揺する皆と馬車に乗り込み、帰路に着いた。車内は行きとは比べ物にならないくらい気まずい空気だったことは言うまでもない。
王都に到着すると、アルバートは仕事に戻るため早々に別れ、私たちもそのまま解散となったのだった。
――それから数日後。
「やっと……やっと終わった……ぞ」
「お疲れ様です」
山のように積まれていた仕事がようやく片付き、王城の一室でアルバートは深くソファに身を沈めていた。
割と優秀な彼がここまで疲れ果てるとは、どれだけの量だったのだろうか。
「クエストにまで参加して、本当に大変でしたね」
「そうだ、その件で疑問があるのだが、結局あの大精霊は何が不満だったんだ?」
「あれは単純にエレナさんの実力不足です」
二人目の大精霊はかなり気難しい存在だ。認められるために必要なのは、一定数のクエストクリアと特定条件の達成である。今のエレナの進め方では到底足りないことは最初から分かっていた。
「だから軽く止めたんですが、このタイミングでしか見られないイベントなので、せっかくだから見ておくのもアリかなと」
「……それを先に聞きたかった」
「初見の悲鳴は健康に良いんですよ」
そう言うとアルバートは「そんなことあるか?」と苦笑した。
とはいえ、初見云々は半分冗談である。まさか本来なら参加しないはずの彼が来るとは思っていなかったし、皆のいる場でゲームのことは話せなかったのだ。
「いずれにせよ、彼の加護がもらえるのは最短でも夏季休暇が終わってからです」
「そんなに」
「攻略方法によっては、その次の大精霊を先にクリアする方が早かったり……」
「そんなに!?」
まあ、この辺はエレナの頑張り次第ではあるが。
「エレナといえば、あれから驚くほど大人しくなっていると報告が来ていたな」
「あの様子でしたからね……」
帰りの馬車でも俯いたままでほとんど口を開かなかったほどだ。大精霊に拒まれたことが堪えたのだろう。
あのイベントはゲームを普通に進めれば一度は目にするはずなのだが、攻略サイトに頼っていたなら避けるのが普通だ。もしかしたら彼女は初見だったのかもしれない。
「なるほどな」
「それよりアルバート。何か大事なことを忘れてませんか?」
「……大事なこと?」
話題を変えると、彼は何も思いつかないとばかりに首を傾げた。
おやおや、アルバートともあろう者が忘れてしまうとは。私は軽く笑って続ける。
「装備の強化ですよ」
少しして、私たちは強化されたての装備を携えて王都の道を並んで歩いていた。アルバートは剣の強化で疲れが吹き飛んだのか、先ほどのくたびれた様子が嘘だったかのように軽い足取りだ。思わず笑ってしまう。
「ふふ、めちゃくちゃ機嫌良さそうですね」
「もちろんだとも! しかし、あれほどまでの素材をよく集められたな」
「私を誰だとお思いで?」
鍛冶屋に持参した大きな袋に、アルバートと職人たちは困惑していた。
中身は転生してから少しずつ集めてきたアイテムの集大成である。鉱石に魔物の素材、特殊な草木類まで、強化に必要なものを一通り持っていったのだ。
……事前に調べて集めたものだと説明したところ、職人たちが一斉に微妙な顔をしたのは少し納得がいかなかったが。
「あんなに引かなくてもいいと思いませんか?」
「しかし、明らかに普通ではないだろう」
アルバートがちょっと呆れたように突っ込んできた。確かに入手経路を考えればそうかもしれない。
「こっそり拾ってたこの前のボスの鱗とか、例の魔道具屋を煽って卸してもらった逸品もありましたから」
「俺の知らぬ間にそんなことをしていたのか」
「企業努力ですよ、企業努力」
倒せないボスの素材は入手が難しいので元から落とし物を狙っていたし、魔道具屋の件については「あら、ここにもないのね」と何気なく呟いたら、次に行った時には普通に入荷されていた。商人というのは案外侮れない……というか、ちょっと怖い。
「とにかく、今できる限界まで強化しました」
私にできることは全て注ぎ込んだ。本来なら、現時点ではあり得ないほどの強化である。
「ですから――今のアルバートは現時点での全アルバートの中でおそらく最強です!」
「なんと素晴らしい……!」
なんだか力に溺れた悪役のようなセリフな気もするが、当の本人はキラキラと目を輝かせていた。
ちなみに、強化が遅くなったのには理由がある。解禁クエストはクリアしたものの、ゲームのように即日解禁とはいかなかったのだ。そして今日、アルバートの仕事が片付いたタイミングで鍛冶屋が開いた。
アルバートは「鍛冶屋といえば」と口を開く。
「一度も失敗しなかったが、何かしていたのか?」
「よくぞ聞いてくれました。実は事前に成功率を上げるバフをもらってきていまして」
「ほう」
成功率30%アップという強力な効果のバフだ。もちろん対価は軽くないし、レアアイテムも求められる。しかし、このために大量に集めてきたのだから、惜しむ理由はなかった。
「これからは容赦なくバフを有効利用しますので。アルバートにも掛けてもらいますよ」
「頼もしいな」
とはいえ、エレナにバレない程度に、だが。
アルバートは少し考える素振りを見せてから、ふと思いついたように口を開いた。
「ところで、試しに剣を振ってみたいのだが」
「いいですね」
しかし、街中で鞘から出すわけにはいかないだろう。私たちは人目を避けるように大通りを外れ、他愛のない会話を交わしながら裏道を抜けていく。
そして街外れの空き地に出たところで、彼はゆっくりと剣を抜いた。
「……!」
たったそれだけで強い魔力が空気を震わせ、少し離れた私にまで届く。
「すごいですね」
「ああ。これは凄まじい力かもしれん」
すると彼は楽しげな表情を浮かべ、剣から私へとゆっくり視線を移した。
「ルージュよ。もっと試してみたいのだが、いいか?」
「おや、それはつまり?」
互いに視線を交わすと、自然と答えに行き着く。
そう――レベリングである。
そうと決まれば早速、近場のワープポイントからとある山岳へ移動し、戦闘の準備を行う。
「初めて来る場所だ」
「魔物のレベルは高めですが、ここも結構効率がいいんですよ。――準備はいいですね」
「ああ、頼む」
魔術を使い、浮遊するオウム貝に似た姿の魔物を呼び出す。最初の魔物が姿を現すと、彼は待っていたといわんばかりに踏み込んだ。
『――!?』
試すような軽い一振りで、魔物は硬い外殻ごとあっさりと両断される。防御力が高い相手だが、全く問題にしていない。
「……なるほど、随分と切れ味が上がったな」
続けて現れた個体にも間を与えず、迷いなく剣を振る。また魔物が倒れると、彼は楽しそうに口元を緩めた。
「それに、魔力も相当に強い」
そんな感想を言いながら、彼は軽々と魔物を切り伏せていく。
レベリングに戸惑っていた最初の頃が嘘のようだ。
魔物が倒れるたびに次々とドロップするアイテム(割とレア)を回収しつつ、私はその様子を見学していた。
「――これで終わりだ」
最後の魔物が崩れ落ちるのを見届けてから、アルバートは剣を下ろした。普段から鍛えているだけあって、思っていたよりも早い。
「もう少し呼び出しますか?」
「このくらいで大丈夫だ。しかし、これは想定以上だな。実戦でも問題ないどころか、前よりも振りやすい」
「それは何よりです」
彼は満足げな表情で剣身を一瞥し、静かに鞘に収めた。
「今日は付き合ってくれて助かった」
「この程度でしたら、いくらでもお供しますよ」
日が傾き始めた頃、学園に移動した私たちは寮の前で足を止めた。ここから先はそれぞれ、彼は王城へ、私は部屋へ戻る。
だが、その前に伝えておきたいことがあった。
「……アルバート」
「なんだ?」
「この前はありがとうございました」
私は彼に正面から向き合い、続ける。
「本当に助かりました。もう無理かと思っていたので」
エレナに詰め寄られていた、あの場に来てくれた。
姿を見た瞬間は驚いたが、それ以上に胸の奥がすっと軽くなったのを覚えている。かなりの量の仕事を抱えていたのに、それでも駆けつけてくれた。その事実だけで十分だった。
今日の武器強化には、二つ理由がある。
これからの攻略の効率化と――あの時、助けに来てくれたことへのお礼だ。
「しかし、礼を言われるようなことはしていない。必要だと思ったから動いただけだ」
「それでも、ですよ。私にとっては大事なことなので」
「……真面目だな」
短く答えた彼は、それ以上何も言わず穏やかに目を細めた。
「じゃあ、私はこれで」
「待て、ルージュ」
軽く頭を下げ、背を向けようとした私を彼が引き止める。
「忘れるところだった。俺も言いたいことがある」
彼はそう言うと、なんだろうと思う間もなく、一歩距離を詰めてきた。
「もし、また危ないことがあれば、次は俺を呼んでくれ」
「……呼んだら来てくれるんですか?」
「ああ。お前の助けになるのなら、どこへでもすぐに行く」
真剣な表情だった。いつもよりもずっと近い距離で、合わせたままの目が反らせなくなる。
「その時は……ちゃんと来てくださいね」
「ああ。任せろ」
彼は頷く。そして一瞬の沈黙のあと、切り替えるように微笑んだ。
「またな」
そう言って彼は一歩引き、何事もなかったかのように踵を返す。
私はその背が見えなくなるまでしばらく見つめ、ぼそりと呟いた。
「……さすがアルバート」
外見はもちろんのこと、言動や立ち振る舞いまで含めて、アルバートはやはりイケメンなのだ。忘れかけた頃に彼は乙女ゲームの攻略対象なのだなと実感する。
扉をくぐり、寮の部屋に向かう。
見慣れた廊下を歩くと、なんだか急に現実に引き戻されたような気分になる。
「ただいまー」
『――、――、』
自室に入った瞬間、いつもの精霊が小さく音を立てた。目を向けると、郵便受けの前で待ちきれない様子でふわふわと舞っている。
「もしかして、何か来てるんですか?」
誘われるように中身を確認すると、そこには一通の手紙が入っていた。




