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【アルバート視点】
「……え?」
振り返ったルージュが驚いたように言葉を失った。当然だ。本来なら俺は今、王都で仕事に追われているはずなのだから。
固まってしまった彼女をよそに、エレナがこちらに向かって小走りで駆け寄ってくる。
「アルバート様! お仕事はもう終わったんですか?」
「ああ。区切りの良いところまでだがな」
仕事自体はまだまだ残っているが、緊急のものは全て処理していた。少し席を外す程度なら問題はない。
「お前たちがこちらに向かったと聞いて、心配だったんだ」
「お忙しいのに、そんな……。でも、ありがとうございます」
「気にするな。俺が勝手に来ただけだ」
わずかに口元を緩めると、エレナは嬉しそうに表情を崩した。それを確認し、俺はルージュに鋭く視線を向ける。
「それより――なぜお前はここにいる?」
表情を厳しいものに変えて突き放すと、俺の意図を理解したらしいルージュは穏やかに微笑む。
「何か問題でもございましたか?」
「ああ、問題だらけだ」
これは本心だ。ルージュがここにいるのは問題がある。どう考えてもゲームのシナリオから外れているだろう。ウォルターから事の発端の一部始終について聞いていたのだが、まさかエレナが彼女を連れて行くとは思わなかった。
だから俺は急いで仕事を片付け、ワープポイントからここに来たのだ。状況の確認と万が一の保険のために。
そして先ほど、ちょうどエレナがルージュを転生者だと疑っている場面に遭遇したわけだ。
ならば、俺がすべきことは決まっている。不仲の演技で話を逸らし、ルージュをここから帰してしまえばいい。
「……余計なことをするな。ここにお前の役目はない」
冷たく言い放つと、目を細めたルージュを庇うようにエレナが口を挟んだ。
「待ってください、アルバート様。私がルージュ様にも来てほしいってお願いしたんです!」
「だが……」
「全部、私のせいなんです。だから、そんなこと言わないでください!」
そう言ってエレナは上目遣いで目を潤ませた。
……その背後からルージュが生暖かい目でこちらを見ている。ダリウスとセシルにも視線を向けると、彼らは何か言いたげな表情で首を横に振った。どうやらここまでに一悶着あったらしい。
それに、この茶番も『悪役令嬢すら庇う心優しい私』アピールだろう。彼女らしい立ち回りだ。
「エレナは優しいな」
軽くその茶番に乗り、機嫌を取っておこう。ため息が出そうになるのを堪えつつ、エレナに寄り添うようにルージュに向き直る。
「ともかく、俺たちにお前は必要ない。すぐに屋敷にでも戻るがいい」
「分かりました」
これでいい。これで俺が拒んだという形を作れた。彼女がここから離れても違和感はないだろう。
「では、わたくしはこちらで失礼いたしますわ」
ルージュが優雅に一礼し、その場を後にしようとする。しかし、
「ダメです!」
それを遮るようにエレナが彼女の前に立ち塞がった。
「ルージュ様も行きましょう。ここまで一緒に来たんですから!」
「で、ですが、アルバート様がどう思われるか……」
勢いに負けたルージュが困ったように俺に視線を向けた。この先の決定権は俺にあるようだ。
「……」
彼女の目が言っている気がする。『もう面倒くさいので、一緒に行ってもいいですよ』と。……どうやら諦めたらしい。
「『姫君』様。この度は本当にありがとうございました」
「あなたのお陰で、ここを離れずにいられます。なんとお礼をすれば――」
「私は当然のことをしたまでです。お気持ちだけ受け取っておきますね」
数時間後。水が戻った井戸の前で、村人たちがエレナに何度も頭を下げ、感謝を口にしている。
「これだけ見れば、まさに『姫君』だな」
人の輪から外れた場所で呟くと、いつもより数歩離れたルージュが小さく苦笑した。結果的に、エレナの望みを叶える形で彼女にも同行してもらっている。おそらくその方が色々と楽だろうとの判断だ。
クエスト自体は簡単に終わった。水源を調べ、そこに潜んでいた弱った精霊にエレナが『姫君』の力を使うと、水の流れは元に戻った。
これで一件落着。少なくとも表向きはそうだ。
しかし、エレナは最後に力を使っただけで、そこへ至るまでの調査は結局いつも通り。全て俺たちがやっていた。
腕を組んでため息をつくと、当のエレナが俺たちに手を振りながら小走りで向かってきた。
「皆さん、聞いてください!」
「どうした?」
「村人さんから聞いたんですが、大精霊様が近くの丘にいるらしいんです。このまま行きましょう!」
なるほど。この近くならついでに向かえるし、悪くはない。しかし、その言葉を聞いたルージュは諭すように口を開く。
「一旦、王都に戻りませんか」
「何かあるんですか?」
「……いいえ、少し疲れただけですわ。判断はアルバート様にお任せいたします」
彼女は静かにそう続けると、こちらに目を向けた。
俺はその視線を受け止め、思考する。……これはおそらく何かあるやつだ。だが、強く止めはしないあたり大きな問題はないのだろう。ならば、
「大精霊の元に向かおう」
早くシナリオを進めるべきだ。
「まさかこんなタイミングで次の大精霊が見つかるなんて、運がいいな」
「そうだな」
村人から話を聞くに、大精霊は村から小一時間歩いた先の丘の上の祭壇に祀られているらしい。
丈の短い草が疎に生えた荒野のような道を進んでいると、セシルが思い出したように俺に声を掛けた。
「ところで殿下。どうして僕たちがここにいるって分かったんだい?」
「お前たちが東に向かったと従者から聞いてな。先ほどの村で妙なことが起きているとの情報自体は入っていたから、場所の目星はついていた」
「なるほど。それにしても、全然気が付かなかったな。どこから見てたんだろう……さすが殿下の従者だね」
セシルが感心したようにこぼした。ウォルターは今日も連れて来ている。今もどこかからこちらを見ているはずだが、気配は全くない。
「ん? どうしたエレナ。顔色が悪いな」
「本当だ。少し休憩しようか?」
「だ、大丈夫です!」
表情を固くして下を向いたエレナにダリウスとセシルが心配げに声を掛けた。
明らかに周囲を気にしているが、ルージュに食ってかかった場面をウォルターに見られたことに今更気がついたのだろうか。しかし、良い薬にはなっただろう。これを機に普段から言動に気をつけてほしいものだ。
他愛もない会話をしつつ、荒涼とした道をしばらく歩く。すると、開けた丘の上に徐々に何かが見えてきた。
「あれか?」
近づいてみると、そこには石で造られた大きな祭壇があった。ここに大精霊が眠っているはずだ。
「……では、目覚めさせますね」
早速、祭壇の前にエレナが立つ。そして彼女が祈りを捧げると、それに呼応するように辺りが強い光に包まれた。
あまりの眩しさに、反射的に目を閉じる。
光が弱まった頃、恐る恐るまぶたを上げると、そこには顔の下半分を布で覆った金髪の青年がいた。背中には透き通った羽があるが、一切羽ばたくことなく、ふわりと宙に浮かんでいる。
――これが、次の大精霊。
「あなたは――」
エレナが慎重に声を掛けると、大精霊の目が彼女を捉える。
『……俺は『黄の大精霊』』
彼はそう名乗ると、こちらを見据え、眉を上げた。
『この加護は『青』の、か。……まあいい。お前たちは俺に何の用だ?』
「私たちはあなたの加護をいただきに来ました」
エレナは『異変』のこと、自分が『精霊の姫君』であること、ここに来た経緯、そして、世界を救うために加護が必要なことを大精霊に話す。
「ですので――『黄の大精霊』様、私たちにあなたの加護をいただけますでしょうか?」
話し終えると彼女は丁寧に頭を下げた。しかし、
『嫌だ』
「……え?」
『だから、断ると言っている』
「な、なぜですか……?」
エレナの背中が動揺したように震えた。断られるとは一切思っていなかったのだろう。
大精霊はそんな彼女を無表情で見下ろしながら、言葉を続ける。
『世界を救うと言ったな。お前は何をした?』
「私は皆さんのために力を使いました。ついさっきも――」
『それはただ目の前に来たものをやり過ごしただけじゃないのか?』
「え……」
何を言われたか理解できていないのか、エレナは続きの言葉を発することもできず立ち尽くす。その様子に大精霊は呆れたように肩をすくめた。
『なんだ、所詮は口だけか。覚悟のひとつもないやつが気安く加護を求めるとは、いい度胸だな』
「で、でも! 私は『精霊の姫君』で――」
『『姫君』だからなんだって? ……残念だけど、俺は『青』のあいつみたいにお人好しじゃない』
そして不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、エレナを指差す。
『……俺はお前なんか認めない』
大精霊はそう言い放つと、そのまま煙のように姿を消してしまった。
誰もいなくなった祭壇の上を風が吹き抜けていく。
「嘘……なんで?」
エレナは虚空を見つめたまま、呆然と呟いた。
100話到達&いつの間にか100万PV突破!
いつも読んでくださってありがとうございます!




