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同タイトルの短編の連載版になります!
短編版→https://ncode.syosetu.com/n4033jm/
「ルージュ様、あなたの横暴はもう見逃せません! みなさん! 私たちは彼女の悪事をここに告発し、相応の刑罰を求めます!」
一番前に立つ可憐な少女は周囲の貴族たちに聞こえるように強く声を上げた。悪を正そうと確かな決意を持って立ち向かうその姿ははたから見れば勇敢に映るのだろうが、これから何が起きるか知っている私にとっては滑稽極まりないものだった。
「あら、わたくしが悪事を行ったとは、随分と聞こえが悪いですわね。是非、その詳細を教えてくださいませ」
一切動揺を見せず淡々と振る舞えば彼女たちは苛立ちを隠せずにこちらを睨んでくる。ここは王国の名誉ある学園の卒業パーティー。その晴れ舞台で、私、ルージュ・ド・ラリマーは一人の平民の少女と数人の貴族令嬢たちに断罪されようとしている。え? 断罪される筋合い? ないない。
「知らないフリをしても無駄です! こちらには証拠だってあるんですから!」
目の前の少女たちはそれぞれの手に持った紙を掲げ、そこに記された内容を高らかに読み上げていく。それは私が彼女に対して行ったとされる嫌がらせや横暴な態度、身分差別、果ては我が侯爵家の横領にまで及んでいた。読み上げられる内容にざわめく周囲を見て彼女は勝ち誇った笑みを浮かべる。さて、主人公だからってゲームみたいにうまくいくかしら?
「ルージュ様、罪をお認めになってください!」
彼女が自分の置かれた状況を理解できていないことが私には滑稽で仕方なかった。込み上げてくる笑いを堪えながら私はただ一言、冷たく言い放つ。
「それで?」
このゲームをやり尽くした私を断罪するなんて、簡単にできると思います?
――
「ぎゃーッ!? って、いや誰これ、どえらい別嬪さんじゃないですかッ!?」
三年前のある日、目が覚めて鏡を見た私はそこに映ったとんでもない美人に驚き、腹の底からの悲鳴を上げた。そしてすぐに気がついた。自分が最近やり込んでいた乙女ゲームの悪女、ルージュ・ド・ラリマーになっていると。
「……マジですか」
信じがたいがこの容姿には見覚えがありすぎる。この少し釣り目だが引き寄せられるような存在感のある瞳、絹のように滑らかで先端にウェーブがかかった艶めく長い髪、そして大胆なドレスも余裕で着こなせそうな出るところが出た圧倒的に良いスタイル。ゲームで知っている姿よりやや幼いが、間違いなくルージュだ。
悪役に転生。しかもよりによってルージュだなんて、
「もう絶対断罪されるじゃないですか……!」
好きだったゲームの世界に転生したことに喜ぶよりも先に盛大に頭を抱えた。
このゲームでのルージュは絶対的な悪役だ。主人公の邪魔をし、自らの罪で破滅することによって物語を盛り上げる所謂舞台装置として存在している。だから彼女はどの攻略対象のルートでも最終的に断罪されることになる。それもグッドエンドだろうがバッドエンドだろうが容赦なくだ。しかも開発が謎のこだわりを見せていて、攻略対象に合ったバリエーション豊かな悪事を追及され裁かれる。
ルージュの記憶によるとどうやら今はシナリオ開始以前だ。これから悪事をしなければいいのではと思われるだろうが、一切悪事をしなくても適当な理由をつけられて断罪される気がする。そういう話あるじゃない。私、知ってる。二次創作で読んだ。このままだとあの手この手で断罪される未来が見える。
……いやでも待てよ。
めちゃくちゃやり込んでいたゲームだし、持っている知識を総動員すれば活路があるのではないだろうか。
どれだけやり込んだのかというと攻略回数は数百回以上。メインシナリオはもちろん、全攻略対象のセリフの一字一句、選択肢の内容と好感度の上下、モブの行動パターン、アイテム一つどこに落ちているか等々、細かいところまで完璧に暗記している。全課金コンテンツも購入済みだし、ファンブックも全て手元に置いて何回も読み返していたのでキャラクターの同士の関係性もバッチリだ。
つまり私に死角はない。
さあ運命よ、どこからでもかかってこい。
世界観、数々の精霊たち、貴族の策略と巻き起こる事件、そしてその結末。すべての情報はここにあるのだ。ここから導き出される最適解は――
「もうあれだ。今すぐ婚約を破棄してもらおう。それがいい」
――役割の放棄だった。
メインキャラクターである王太子の婚約者である限りどうしてもシナリオの根幹に関わってしまう。しかし逆に言えばそれさえなければいい。主人公たちの目の上のたんこぶでなくなればただの一貴族令嬢である私が断罪される理由は一つもないのだ。理にかなっている。
それにどうせ最後は破棄される婚約なら今すぐ破棄しても問題はないだろう。強いて言えば私の経歴と心に大きめのダメージが入るが、それでも断罪されるよりは遥かにマシだ。先手を打とう。王太子には既に嫌われていることはわかっているので彼にとってもそのほうが嬉しいだろうし、我ながらいい案であった。
そうと決まれば善は急げとすぐさま両親に頼み込み、王太子に謁見の申し入れをすれば婚約者なので要求はすんなり通った。指定された日時にいそいそと王城に向かう。
使用人に案内された部屋に入れば、そこには親の顔より見た顔がこちらを見ていた。彼こそがルージュの婚約者である王太子、アルバート・ド・ルシュファードだ。やや気だるげに上質なソファーに座る姿はまさに乙女ゲームの攻略対象の王子様。このゲーム随一の美男とされている彼はまるで絵画から出てきたようなその姿に思わず見とれる者が後を絶たないのだ。
いやそれにしても顔良。てか画質良。モニター画面で見るより五割り増しくらいイケメンに見える。えっ、現実? いや現実だったわ。つまり他の攻略対象たちもこの超高画質で拝めるということ!? なら転生したかいがあったわ。ありがとう、どこかの神。
「それで、俺に何を話したいというんだ」
使用人が退室し二人きりになると、王太子アルバートはため息をつきながら心底つまらなそうに切り出した。外見は正統派王子だがそこに腹黒というオイシイ属性もついている。普段は丁寧な外面で隠しているが、ルージュ相手にそんなものは必要ないというわけか。もちろん、悪い意味でだが。
「えっと、突然で申し訳ないのですが私との婚約を破棄していただきたいと思いまして」
「……は?」
「あっ」
怪訝な表情で見られて正気に戻る。あまりの面の良さに取り乱して思わず最初に本題をぶっこんでしまった。いけないいけない。今まで自分に執着していた人間から急にそんなことを言われても驚くだけだろう。慌てて実は自分が別の世界から転生してルージュになったこと、この世界が前世でプレイしていたゲームの世界であることを伝えれば、
「そのような奇想天外なことを簡単に信じられるとでも思うのか?」
「ですよね」
あからさまに疑われた。そりゃそうだ、誰だってそうなる。あなたは悪くないです。
私がからかっていると思ったのか不機嫌な声で「本当だというのならば証拠を出せ」と言われ、少しビビりながら城の廊下に出る。
証拠か。本来のルージュが知るはずないことを私が知っているなら明確な証拠として納得してくれるだろうか。
あ、そうだ。城の廊下といえば、
「この廊下、隠し通路あるんですよね」
「え、そんなものは知らないのだが」
「え」
「しらないのだが」
城のことについてならどうだろうかと思い切り出したが、予想外の答えが返ってきた。えっ、自分が住んでる城のことなのに知らないの? 王太子のくせに? と少し失礼なことを思いつつ、せっかくなので実物を見てもらおうと長い廊下の扉と扉のちょうど真ん中の壁をこぶしで三回叩く。どこからともなくするりと出てきた取っ手を引けば簡単に壁は動き、そこには人ひとり分程度の幅の通路が出現した。暗い通路は自動で発動した魔術ですぐに明かりが灯る。
隣を見れば口を開けて呆然とする王太子。
「……なんだこれは」
「何って隠し通路ですよ。外にある物置小屋の床に繋がっています。ちなみに中にはちょっとレアな剣があります。二つ目の曲がり角の右の壁に」
「……」
無言で通路に踏み込む彼について行く。突き当りを二回曲がって右を見れば壁に美しい装飾の剣が掛けられていた。あった。よかったよかった、ゲームと一緒だ。
「本当にあったな……」
「これ、序盤の武器と比べてめちゃくちゃ強いんで持っておくと便利ですよ。アルバート様なら装備しやすいですし」
「そ、そうか……」
序盤の剣は良くて無属性で威力30程度だが、これはなんと聖属性付きで威力220もある。シナリオが始まってすらいない今からしたら超絶破格のぶっ壊れアイテムだ。
ちなみにここはゲームでは中盤になってから来られるようになる場所である。なんだがバグで来てしまった感があるが、まあいいか。
「信じていただけましたか?」
「これで信じないことがあるか?」
どうやら効果は抜群だったようだ。
詳しく聞かせてくれと言われたので部屋に戻り、前世やゲームについてざっくりと説明する。
このゲームは『精霊の姫君と願い星のロンド』という乙女ゲームだ。剣と魔法の世界、とある王国の学園に通う平民の少女が主人公である。『精霊の姫君』という不思議な力を持ち、その能力を見込まれて貴族が集まる学園にやってきた彼女は力を磨きながら周囲の問題を解決し、一癖も二癖もある見目麗しい男性たちと恋に落ちていく。美麗なスチル、魅力的なキャラクターたちと豪華な声優陣は発売前から大きな話題になった。
内容は一年間という制限の中、攻略対象との恋愛シナリオを楽しみつつ並行して王道RPGのようなクエストをこなしていくシステムで、どちらに集中するかで楽しみ方は大きく変わってくる。乙女ゲームのくせに恋愛に現を抜かしすぎるとクリアできないようなサブイベントがあったり、かといってクエストばかりやっていても攻略対象と進展せず終わったりするので両立しようとすると意外とハード。攻略対象とのグッドエンドかつ裏ボス撃破の両立となると難易度はナイトメアだ。
そしてストーリーは甘い恋愛もあり、悲しくも美しい結末もあり、世界観も深く作り込まれている。恋愛もクエストも全部を味わい尽くすには何周もしなければならないが、何度やっても新しい発見が見つかるくらい奥が深いためコアなファンが結構いるゲームである。私はそういうの大好きだ。夢中になってプレイして気が付いたらやり尽くしていた。
関係ない話だが、某社からあんまり役に立たない攻略本が出ていたりもする。一応買った。
「それで? 次は? どうなるんだ?」
「えっとですね――」
本編の流れを話せば、彼は段々前のめりになりどんどん続きを催促してくる。随分と食いつきがいいので私も楽しくなってきたが、仮にも攻略対象の一人に全部話してもいいのだろうか。これネタバレじゃない? どこまで話していいやつ? エンドまで大丈夫な感じですか?
「ちなみに私はどのルートでも学園の卒業パーティーで断罪されてあなたに婚約を破棄されます」
「なんと」
「ついでに国外に追放されます」
「なんと!」
楽しんでる? これ絶対楽しんでるよね? 一応婚約者の断罪の話なんですけど。
まあゲームではアルバートとルージュとの仲はキンキンに冷え切っていたことだし、こんな奴この先どうなろうと構わないということだろうか。どうでもいい人間の破滅って娯楽になるっていうよね。ちょうどよいのでこのまま婚約を破棄していただこうか。
「いずれは断罪される身なのです。それに元のルージュではなく別世界から来た違う人格になってしまったことですし、婚約はもう破棄していただいて構いません。どうか、このような無礼をお許しください」
「別に破棄しないが?」
「え?」
衝撃的な言葉に思わず謝罪のため深く下げていた顔を上げた。そんなことある? 聞き間違いだろうか。
「アルバート様」
「もうアルバートでいい。もう一度言っておくが俺は婚約を破棄するつもりはないぞ」
聞き間違いじゃなかったようだ。本気かと問えば彼は頷く。こんな異世界転生してきたよくわからない女と婚約を継続するとか正気だろうか。まさか断罪シーンで破棄したいのかと問えばそうではないと言う。純粋に私と婚約の継続を望んでいるらしい。
「本当に良いんですか私で」
「その前世の話などが色々面白いから、良し」
「ええー……まさかリアルで『おもしれー女』認定される日が来るとは」
まさかの結末だが本人がいいなら私にはどうすることもできない。立場上こちらから破棄することはまず不可能である。婚約破棄で断罪回避作戦は失敗だ。詰んだかもしれない。
「それで、話は終わりか?」
「そうですね、では私は――」
「なら早くそのゲームとやらの続きを聞かせてくれないか?」
「……はい?」
もう諦めて断罪されるまでの人生を大いに楽しもうと思いさっさと退散しようとする私を引き止め、やけにキラキラとした目で続きを催促してくるアルバート。
え、もしかして布教に成功してしまった? 大丈夫か? この王太子。
「他には? 他にはないのか? こう、城の中に封印された秘密の小部屋とかないのか!?」
本当に大丈夫か? この王太子。
【後書き】
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