リンちゃんQ&A
「あの……いくつか質問いいですか?」
ちょっと頭が追いつかない。現状整理が必要だ。せっかく日本語が通じる相手が見つかったのだから、この機会にあれこれ確認すべきだろう。
「うんうん、なんでも聞いて?」
さて、何から聞けばいいだろう。ううむ……
「ええと、まず、何てお呼びしたらいいですか? 木下さんでいいですか?」
とりあえず、木下さんがどういう人なのか、おれと彼女の関係性、この辺からだろうか。
「うんそれでいいよ。ここの人たちからはリンって呼ばれてるけど、日本語で話す相手だと苗字のほうがしっくりくるかな」
「分かりました。じゃあ木下さん、まずはおれを助け出してくれてありがとうございます。食事もうまかったです」
とりあえず常識のあるところを見せておく。
「それで、おれが捕まってた理由は『魔王の手先と思われてた』ってことで何となく理解できたんですけど、捕まえた側はどういう立場の方々なんですか? 木下さんとの関係は?」
「あーなるほど、そこからねー」うんうんとうなずいてから続ける。「あの人たちは国軍だよ。ルーフィード辺境国の軍人さん。基本的には魔物と戦うのがお仕事なんだけど、この街では治安維持とか検問も担当してるから、まあ元の世界の警察みたいなものと思っとけば正解かな。けっこう権限があるから、逆らっちゃダメだよ」
【魔物】に【元の世界】と来たか。完全にここを異世界だと認識してるんだな。
「斎藤さんが捕まってたところはアルコン要塞っていって、この辺りじゃ一番大きな軍の拠点なの。兵隊さんたちの基地だけど、刑務所も兼ねてる感じ」
「なるほど」
「実はわたし、この街だとけっこう有名な冒険者なんだよ。冒険者ランクもいちばん高いし、街のみんなから信頼されてるの。すごいでしょ?」ニヤッと笑うが、嫌味ではなく、むしろかわいい。「で、その関係で要塞の偉い人にもちょっと顔が利くから、斎藤さんみたいに、もし言葉の通じない異邦人が現れたらすぐ教えてもらえるように頼んであったんだ。ほら、地球からの転移者かもしれないから」
おおう、今度は【転移者】と来たか。
「あの〜、おれみたいなやつ、その転移者っていうのはけっこう多いんですか? 地球からってことは、日本以外からも来てるんですか?」
「う〜ん、そこまで多くないよ。1年に1人来るか来ないかぐらい。外国の人も来ることはあるんだけど、アルコン周辺では珍しいね。日本から飛ばされてきた人がほとんど」
アルコン周辺では、ということは、このゲー厶世界はこの街以外にも広がっていて、別の地域では日本以外からさらわれてくる人々がいるということか。そして日本からの被害者に限っても、年に1人前後のペースでコンスタントに拉致されてきていると。聞けば聞くほどとんでもない規模の組織犯罪だな。
「本当に異世界転移ものの小説みたいですね」おれは話を合わせた。この子はここが異世界だと信じているわけだからな。「木下さんも日本から【転移】してきたお一人なんですよね? いつからこちらに? 一緒に飛ばされてきた人はいるんですか?」
「うん、わたしも栃木から転移してきたんだ。もう2年前にね。その時は1人だったけど、今は何人か転移者の仲間がいるよ〜」
「2年前ですか。木下さんはこっちの言葉がペラペラみたいですけど、よくそんな短期間に覚えられましたね」
「そこだよ!」
「えっ!?」
突然大きな声を出されてビビる。他の客にもちょっと注目されている。
「あのね、斎藤さんにも早くここの言葉、ルーフィード語を覚えてほしいの。その近道が冒険者登録なんだよ!」
「すみません、よく分かりません……。その冒険者になると、語学講座か何かを受けられるんですか?」
「ちがうちがう、レベルを上げると言葉が分かるようになるんだよ!」
「へ……? レベルですか?」
何を言ってるんだこの人は。
「うん。冒険者になると、いろんなモンスターと戦うことになるよね。そしたらちょっとずつレベルが上がるでしょ。人によってちがうけど、だいたいレベル10ぐらいからみんな、急にルーフィード語が何となく聞き取れたり話せたりするようになるんだよ〜」
「ええっ、そんなバカな……」
むちゃくちゃだ。それじゃまるで本物のゲームだ。いやむしろ、なろう小説の【言語理解スキル】と言うべきか。
「すごいよね異世界って。嘘みたいだよねー」
木下さんはけらけらと笑う。おれは混乱している。
レベルは分かる。異世界ポータルに載ってたやつだろう。今はレベル3だったか。わりと簡単に上がったので、レベル10まで上げるのはそこまで難しくは感じない。ただ、あくまでこれはゲーム上でのパラメータのはずだ。それが現実の言語能力に寄与する? そんなことが可能なのか?
ゲーム風に見せかけるための演技あるいは演出だと考えてみたらどうだろう。運営側のスタッフ、たとえばこの宿の店主とか兵士とかがプレイヤー側の【レベル】を参照して使用言語を変えている、的な。こっちのレベルが低いうちはルーフィード語とやらを話し、レベルが上がったと見たら日本語に切り替えるという小芝居をしているのかも。
……。
いやダメだ。おれは実際に木下さんが日本語とルーフィード語を話し分けているのをこの目で見ている。あれは運営側の演技では説明がつかない。木下さん自身が演技に加担していたら可能かもしれないが……
改めて彼女を見る。この少女も運営スタッフなのだろうか。
「ん? 何?」
まっすぐこっちの目を見てくる。まぶしい。女の子と目が合うこと自体、彼女いない歴25年のおれには刺激が強い。しかも相手はかなりの美少女と言っていい。演技してるかどうかなんか見抜けるわけがない。
「い、いえ、何でもないです。たしかに嘘みたいな話ですねっ!」
適当にごまかす。
ことの真偽は分からないが、なんとなくこの子を信じたいという気持ちはある。牢から助け出してくれたことや美少女だということでおれの目がくもっているのかもしれないが、今のところ騙されているような実感はない。彼女自身もこの異世界設定を信じているという雰囲気だ。おれの願望まじりの印象ではあるが。
ここは、いったん受け入れてみるか。どうせ今は他に頼れる相手もいない。
「レベルと言葉の件は分かりました。じゃあ冒険者ギルドに登録するのはレベル上げのためなんですね?」
「う〜ん、ちょっと違うかな。レベル自体は誰でも自分で上げられるんだよ。モンスターを倒せばいいから。でもギルドに登録するといろんな支援を受けられるんだ。武器やアイテムの割引とか、お金の預かりとか。でも斎藤さんや私みたいな転生者にとっていちばん大きいのは、身分証を発行してくれることだよ」
「身分証……なろう小説によくある、【冒険者カード】みたいなやつですか?」
「そうそう! 話が早いね! それがこの世界での身分証になるんだよ。街に入ったり、高価な物を売り買いする時に使えるよ。最初は仮カードしか発行してもらえないけど、ギルドの依頼、薬草集めとかモンスター討伐とかをこなしていけば、ランクが上がってちゃんとした身分証に替えてもらえるんだ」
木下さんの説明に熱が入ってきて、こぶしをグッと握った演説に変わる。
「依頼をこなせば生活費もかせげるし、自然にレベルも上がって言葉も話せるようになるから、この世界でひとり立ちするための最短お手軽ルートなんだよ!」
「な、なるほど〜」
話がフィクションっぽすぎてにわかに受け入れがたいところはあるが、少なくとも筋は通っている。
「斎藤さんは今はわたしの預かり、つまり保護を受けている状態だから、1人では街に出入りしたりできないんだよね。でも、ちょうどレベル10になれば昇格試験も受けられるから、合格すれば冒険者証も正規のやつに替えてもらえるよ」
なるほど、やるべきことがはっきりしている。まるでゲームのチュートリアルのようなよくできた流れだ。運営め、最初からそういうテンプレを提示しとけよ。




