文明的生活
風呂はなかなか原始的だった。ただお湯を張ったタライみたいなものが置いてあるだけだった。
とはいえタライは十分な大きさがあったし、お湯もじゅうぶん熱かった。床はスノコ状で洗い場として使えた。手桶や手ぬぐいのような物も用意されていたし、その横に置いてあった灰色のドロドロした物体は石けんだと分かったので、実際のところ問題はなかった。電気シェーバーもT字カミソリもなかったのがまあ難点か。
タライは部屋の真ん中にドンと鎮座しており、どうやらここは入浴専用の部屋だったらしい。個々の宿泊室には風呂がついていないのかもしれない。
おれは泡立ちにくい石鹸で髪を洗い、髪を洗い、髪を洗った。そして硬い手ぬぐいを駆使して身体を洗い、身体を洗い、身体を洗った。
仕上げに湯船に浸かると、魂が抜けそうになるぐらい気持ちが良かった。
このまま寝てしまいたいと思いつつも、せっかくの機会なので服も手洗いした。下着と靴下は念入りに洗う。ジーンズのゆすぎに使うお湯が足りなかったものの、洗う前よりはだいぶマシになったろう。ついでにスニーカーもざっと洗った。
着替えは例の柔道着みたいなやつだった。ゴワッゴワのTシャツみたいなものと、ウエストを紐でしばる方式の股引きみたいなものが付いていたので、まあこれらが下着なんだろう。生地が硬いのには閉口したが、それでも清潔な服を着られたことで気分はスッキリした。
置いてあったスリッパみたいなものを履き、洗ってしぼった洗濯物を持って浴室を出ると、エプロンと三角巾のようなものを着けた小学生ぐらいの女の子が立っていた。どうやら宿のスタッフらしい。店主の娘役だろうか。運営はこんな小さい子まで雇ってるのか。
少女は宿の裏に案内してくれた。そこは建物に囲まれた中庭のような場所で、中央に井戸があった。井戸もあるのか、本格的だな。胸ぐらいの高さにロープが何本か渡してあり、シーツのようなものが何枚か干してある。
ここに洗った服を干せということかな。例によって言葉はまるで通じなかったが、身振り手振りで何となく理解した。服をロープにかけてみたら少女もコクコクうなずいたので、これで良かったようだ。
「どうもありがとう」
日本語で礼を言った。伝わっただろうか。
少女に手を振って宿の中に戻る。木下さんが座って待っていた。テーブルの上には食べ物が並んでいる。勧められるままに対面席に腰を下ろす。
「食べていいよ。斎藤さんお腹減ってるでしょ。どれもおいしいよ」
木下さんは骨付きの肉を手に持ってかぶりついた。ローストチキンみたいなものだろうか。もも肉っぽい部位がこんがり焼けている。かなりサイズがあるな。握り拳より大きい。何の鳥かは分からないが、ニワトリじゃなさそうだ。
「ん〜! ジューシーで最高♪」
口の周りがベトベトに汚れるのも気にせず笑顔で食べ進めている。つられておれも手を伸ばした。思い切ってガブッといった。
「おっ!」
熱々の肉汁が口中にほとばしる。確かにジューシーだ。塩気もきいている。何かハーブのような香りも感じる。肉も柔らかい。旨い。
「ね、おいひいれしょ!」
モグモグ噛みながら上目遣いで木下さんが言う。おれも無言でうなずく。ひさびさの「料理」の味に夢中で口を聞く余裕もなかった。
メニューはパンとスープ、ピクルスのような野菜とこの鳥肉だった。
パンは牢で出たのと同じもののようで、色は黒ずんでいて硬かったが、少しトーストしてあるのかほんのり温かく、スープと食べれば別物のように旨い。
スープは半透明なコンソメ系で、塩味の効いた肉が少しとネギのような野菜がたっぷり入っていた。木の器にたっぷり入っており、大きな木のスプーンで飲んだ。熱々で、香りが良くて旨い。
ピクルスは玉ねぎとニンジンだ。かなり酸っぱいが、野菜の味がひさしぶりで悪くない。歯ごたえもいい。旨い。
鳥肉は2本あった。肉厚で柔らかくてこんがり焼けて、塩とハーブも利いていて、とにかく旨い。
食べながら話すということになっていたはずだが、そのまま会話もなくみんな食べてしまった。
やはり木のカップに注がれた水を飲んで人心地つく。水もよく冷えていて旨い。
「ふぅ、旨かったぁ……」
「ねえ、いつ食べてもおいしいよね、ここのご飯……」
二人でお腹をさする。
夕方をまわり、宿の食堂には他の客も少しずつ入ってくる。剣や革鎧で武装した男が多いようだ。ここは【冒険者】向けの宿なのかもしれない。体を動かす連中用の食事だから味が濃いのか。
「さてさて」
木下さんが口調を切り替える。
「これから酔っ払いが増えて騒がしくなるから、その前に斎藤さんの今後について説明するね」
「あ、はい、お願いします」
おれも背筋を伸ばす。なんせこの人はおれの保証人である。
「ざっくりまとめると、斎藤さんには冒険者ギルドに行ってもらって、そこで冒険者登録をしてもらうよ。その後は薬草集めで生活資金を貯めながら、冒険者ランクの昇級を目指してね!」
あ、これベタな異世界テンプレだ……




