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アルコンの街

「アルコン…?」


「そう、この街の名前だよ〜」


 まあ街があるなら名前ぐらいあるだろう。そんなことより聞きたいのは、


「すみません、ここってどこの国なんですか?」


 そう、日本に帰れるかどうかである。


「国? 国の名前はルーフィードだよ」


 まったく馴染みのない名前が出てきた。


「それって世界地図でいうとどのへんですか? 南米とかですか?」


 ヨーロッパやアジアの主要な国はおれでもなんとなく分かる。よく知らないのは南米やアフリカ大陸の国々、あとは小さな島国だろうか。


「南米? 何言ってるの斎藤さん、地球じゃないんだから〜」


「えっ?」


「えっ?」


 思わず見つめ合ってしまう。そっちこそ何を言ってるんだこの人は。


「えっそこから? もしかして今の状況が分かってないの? お兄さん漫画とかアニメ見ない人?」

「漫画? いえ最近はなろう小説を主に……」

「なろうとか読むんだ! じゃあ分かるでしょっ?」


 イヤな予感がしてきたぞ……


「ひょっとして木下さんの言いたいのって、あの……俗に言うところの……いせ…かい…的な……?」

「そうそうそれそれ! ちゃんと知ってるじゃん! 異世界転移ってやつだよ〜!」


 あー、なんてこった!

 この子は、運営に騙されている……!


「異世界ッスか……」


「そう! その異世界の、ルーフィード辺境国の、南部地域の、冒険者の街アルコンね!」


 にこっ


 邪気のない笑顔。まちがいない、これは完全に【設定】を受け入れちゃってる態度だ。まだ若いしな、無理もないか。

 しかし国どころか地方の名前まで決まってるとか、こりゃ相当大がかりなプロジェクト(というか組織犯罪)だぞ。無人島1個ぐらいは確実に占拠してるだろうな……


「じゃ、ちょっとついてきてよ。今後のこと相談に乗るから!」


 話は済んだとばかりに歩き出す。あわてて後を追う。木下さんは慣れた様子でスタスタと大通りを進んでいく。


 通りには他にも多くの人がいた。少なくとも50人ぐらいはいるんじゃないか。ぱっと見て日本人と思える顔の人は見つからない。ヨーロッパとか中東、あるいはインドあたりを思わせるような、彫りの深い顔立ちの人が多い。

 皆、風変わりな格好だ。麻か何かだろうか、ゴワゴワ粗い生地で作ったシャツやズボンを着込んでいる。どれも無地で、色も黄ばんだ白みたいなものが多い。ボタンもベルトもなく、ただの紐みたいな帯を腰に結んでいる。ぱっと見は柔道着のようだ。

 男女差はあまりない。女性はスカートの人もいるが、やはり生地は粗くて色もバリエーションが少ない。

 数人に一人、革鎧や剣で武装した人もいるようだ。これが冒険者というやつだろうか。物騒な街だ。そのせいか、牢でよく見たような兵士も何人か見かけた。あたりを見回しながら歩いていて、いかにもパトロール中という感じだ。

 現代人の格好をした人はおれたち以外1人もいない。特に木下さんのセーラー服は浮いているように感じたが、しかし通行人の誰もジロジロ見たりはしていなかった。彼女を見慣れているのかもしれない。


 おれは正直驚いていた。これは相当に本格的な”異世界”だ。どんな億万長者でも、こんなに大勢のエキストラを雇うのは大変だろう。通り沿いには建物も複数あったが、どれも石造りや木造の小さな物で、鉄筋コンクリのビルなんかは1つもない。プレハブ感もない。徹底してるな。これは最低でもハリウッド映画なみの予算が必要なんじゃないか。


 10分ほど歩いたろうか、木下さんは一軒の木造建築の前で足を止めた。古びてはいるが他の建物よりは少し大きく、二階建てのように見える。入り口は西部劇で見るようなスイングドアで、その上には金属製の飾りがぶら下がっている。ちょっと凝ったデザインで、あれはカップの絵なのか、その下に文字のようなものも見える。屋号だろうか。


「じゃ、ひとまずここでお風呂に入ってもらおうかな」振り向いた木下さんが言う。「あんまり言いたくないけど、斎藤さん、ちょっと臭いんだよね」


 う……ちょっとグサッと来る、が、それはまあそうだろう。


「はい、ありがたいです。ここは銭湯ですか?」

「ううん、宿屋さんだよ。ちゃんとしたお風呂のある、この街でもいい方のお店だよ」


 なるほど宿屋。これはまたゲーム的な。


「ここ、ご飯もおいしいんだよ。あとで一緒に食べようね〜」


 食事か。それも助かる。


「じゃ、ちょっと交渉してくるからそこで待っててね」


 返事をするまもなく木下さんは店に入り、おれは置き去りにされてしまった。

 ドアの隙間からうかがうと、店員らしきおばさん(おばあさんかもしれない)と話しているようだ。何か手渡したのはお金だろうか。


「お〜い、斎藤さ〜ん、入っておいで〜」


 ほどなく声がかかった。おそるおそるドアを押して入る。中は薄暗いが、ランプのようなものがいくつか吊り下がっていて、カントリー調のステーキハウスぐらいには見える。他に客は見えないが、ここは食堂だろうな。テーブルがたくさんある。

 店の人(おばさんだった)はチラッとだけこちらに目を向けたが基本的には干渉してこないようだ。そういう役柄なんだろうか。


「まだ本当は営業前だけど、お風呂使っていいって。着替えも用意してくれるらしいから入ってきなよ」


「本当ですか! ありがとうございます」


 ずっと着たきり雀だったから着替えは助かる。至れり尽くせりだ。この子は案外やり手かもしれないな。異世界設定信じちゃってるけど。


「これ鍵ね。1階のいちばん奥の部屋だって。わたしはここで待ってるからね」


 金属製だがオールドファッションなデザインの鍵を受け取る。細部まで凝ってるな……


「洗濯機とかないから、お風呂上がったらそのお湯で服も洗うといいよ〜」

「はいっ♪」


 ようやく身体を洗えるので、おれはちょっとウキウキしながら宿の奥へ向かった。

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