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釈放

「うん、事情は分かったよ。出してもらえるようにお願いしてくるから、期待して待っててね!」


(にこっ)


 それだけ言うと少女は、兵士たちのほうへ駆け戻り、おれには分からない言葉で何か話しながら去っていった。


 それから先は早かった。30分もしないうちにちょっと偉そうな感じのおっさんが現れて、「ガード!」とか言いながら牢の扉を開けてくれた。部下みたいな兵士が足かせの鍵も外してくれた。それから何度もガード、ガードと繰り返されたから、たぶん外に出ろ的な意味合いなんだろう。


 おれはまた余計なこと言って捕まっちゃかなわないから、黙っておっさんに付いていった。うっかり「はい出ます」とか言って、それがコイツらの言葉で「私は邪悪な殺人鬼です」みたいな意味だったら困るからな。牢を出て階段を登る。らせん階段だ。長い。ずいぶん深い場所だったんだな。


 ……。


 しかし引っかかる。あの女の子の言う通り、ナントカ語では「スマホ」が「大魔王」という意味だったとして、それを聞いたら豹変して襲ってくるってことは、例の女剣士とかここの兵士たちは、その魔王とやらの存在を信じたり憎んだりしてるってことになるよな。

 それって、「デスゲームの運営スタッフとしての演出」というより、ガチの「ファンタジー世界の住人」の反応じゃん。もちろんプロの役者による迫真の演技なのかもしれんが、何というか、やってることのバランスが悪いんだよ。

 わざわざだだっ広い土地を用意して、石造りの塔とか立てて、モンスター代わりの動物を大量育成して、ドラゴンみたいな飛行機飛ばして、人間の役者も大勢雇って、昔のヨーロッパ風のコスプレに剣や槍で武装させて、謎の言葉しゃべらせて、そういったあれやこれやの演出でこのゲーム世界があたかも本物の異世界であるかのように見せかけてる。普通そこまでコストをかけるなら、こっちに分かる内容でやらないと意味ないと思うんだよな。スマホが魔王の意味ですよとか、あの子の説明がなきゃ分かんないままだったじゃん。そのディティール必要か?


 とは言えなあ、異世界ポータルってアプリや、広範囲に広がるWi-Fiスポットの存在を考えると、ここが()()()()()()って線もないよなあ。どう考えても人為的な舞台だ。そもそもおれ、異世界転移とか信じてないし。そうなるとやっぱ、スマホが魔王うんぬんは無駄に凝っただけの()()に過ぎず、このおっさん達は本格的な劇団員ってオチなのかね?


 頭をひねりながらも階段を登っていく。何か広い部屋に出た。まぶしいな。天井にシャンデリアみたいなのが吊るしてある。ながめてたら兵士に背中を突っつかれ、今度は石造りの廊下を歩かされた。迷路みたいだ。廊下やあちこちにある小部屋には大勢の兵士がいる。えらいデカい建物だな。


「ソーク!」


 ある小部屋の前で立ち止まったおっさんがどなってきた。ボーっとしてたら横から兵士にこづかれた。部屋に入れってことらしい。足を踏み入れる。


「来たね、お兄さん!」


 さっきのポニテ少女が笑顔で待っていた。


「さっ、そこに座って! ちゃっちゃと済ませちゃお!」


 わけが分からないまま、ボロっちい木の椅子に座らされた。目の前に同じ素材のテーブルがあり、卓上には黄ばんだ紙が1枚置いてある。とまどっていたら、今度は向かいにドカッとおっさんが腰掛けた。腕組みして、ちょっとにらんでくる。う〜ん、ひょっとして、ここは取調室みたいな感じか?


「はいはい、話はだいたいわたしが付けたげたからね。あとはお兄さんがサインするだけだよ!」


「サイン?」


 この紙にか? ゴチャゴチャと文字が書いてあるがぜんぜん読めない。横書きだってことしか分からん。


「あのね、その紙はね、お兄さんは言葉が分からなくてトラブルになっただけで悪人じゃないですよって宣誓書だから。サインしたらここを出られるよ」


「あ……ああ。それは助かります」


 そういうことか。なんでこの子にそんな権限があるのか分からんが、とにかく自由の身になれるならありがたい。頭を下げておく。


「あと、お兄さんはここの人たちからしたらよそ者だから、またトラブルにならないように保証人を立てますよってことと、ここを出たら保証人の管理下に入ります、なんでも保証人の命令に従いま〜すってことも約束に入ってるからね!」


「えっ! ……その保証人って、信用していいんですか……?」


 それって危なくね? 弱みにつけ込む悪徳商法か?


「あ〜、そこは大丈夫だよ! だって保証人ってわたしのことだもん」


「あっ、なるほどそういう……」


 こんな齢のはなれた女の子に管理されるのか。


「ちゃんと言うこと聞いてね! 悪いようにはしないから!」


(にこっ)


 えくぼがある。かわいいな。


 かわいいが、正直頼りない。


 頼りないが、同意するしかないかも。牢屋暮らしよりはたぶん、美少女の下僕のほうがマシだろう。日本語も通じるしな、うん。かわいいし(2回目)。


「分かりました。サインします」


「おっけーおっけー、じゃ、……シスト・チョーへー、ビー、ヴル、ヤクソン、ムノー、シュンカ、ノーペ?」

 彼女は急に謎言語で話し始める。


「ユム」

 うなずくおっさん。

 すると兵士が1人進み出て、ペンとインク瓶を机に置いて下がった。これでサインしろということらしい。おお、これ、フィクションでしか見たことない羽根ペンじゃん。


「あ、ちょっと貸してね。使い方分かんないでしょ」


 少女はそういうとおれの背後に回り込み、羽根ペンを手に取ってインクをつけた。そのままおれに覆いかぶさる形で紙に何か書いた。うわっ、なんかふわっと、花みたいないい匂いが……


「はい、ここの下に同じようにお兄さんの名前書いてね。日本語でもいいらしいから」


「えっ、あっ、はい! 書きますっ」


 ドキドキしてる最中に話しかけられてキョドってしまった。あわてて置かれたペンを手に取り、見様見真似でインクを付ける。


「ええと、ここですね?」


「そうそう。ここの紙はインク乗り悪いから、ゆっくり書いたほうがいいよ〜」


 言われた通り、空きスペースにゆっくり署名する。確かに書きづらい。これ、普通の紙じゃなくて羊皮紙ってやつかもしれないな。

 書きながら紙をよく見る。おれが「斎藤」と書いている直ぐ上に、少女の名前が漢字で書いてある。


 木下 凛


 この子はきのしたりん、っていうのか。おれはその名前を脳裏に刻み込んだ。


「へ〜、お兄さんは斎藤さんっていうんだねえ。よくある苗字だけど、初めて会ったかも」


 後ろからのぞき込まれるので落ち着かない。(いい匂いのする)髪が肩に当たってるんだよ!


「あ、はい、サインしました」


 なんとかおれが名前を書き終わると、対面のおっさんはすぐに紙を引っつかんで立ち去っていった。面倒ごとが片付いたと言わんばかりに「はんっ」と鼻を鳴らしやがった。ちょっとムカつく。


 どん!


 別の兵士がやってきて、机の上に放り出したのは、没収されていたおれの剣と宝箱だった。ちゃんと返してくれるらしい。


「はいはい、それ持ったら、こっちに付いてきてね〜」


 あわてて荷物を小脇に抱える。今度は少女に連れられ廊下を歩く。


 すれ違う兵士たちの顔が心なしかにこやかだ。時々なにか(分からない言葉で)話しかけてくる者もいる。少女、いや凛ちゃん、いや今はおれの保証人だから木下さんと呼ぶべきか、その木下さんも笑顔で短く兵士たちに応酬する。どうやら彼女は人気者のようだ。まあ可愛いしな。さすがおれの保護者。彼女は慣れているのか、入り組んだ建物内を迷いなく進んでいく。


 少し歩くと、ひときわ大きな部屋にたどり着いた。人工的な照明ではなく、外の光が大きなアーチから入ってきている。エントランスホールのようだ。

 木下さんの後ろを歩き、アーチをくぐる。横幅の広い石段を下りる。


 雲一つない青空がまぶしい。

 そこは、大勢が行き交う大通りだった。


 木下さんが振り返り、両腕を広げて言った。


「ようこそ、冒険者の街、アルコンへ!」

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