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再会

 おれは死体の側面に回った。どうしてこの人は岩にはさまれたまま死んでるんだろうか。よく観察して何となく理解した。一方の岩がもう一方にもたれかかる形になっている。おそらく、岩が転がってきたか倒れるかした時に、運悪く巻き込まれたのだろう。つまり事故死だ。

 おれは少しほっとした。モンスターに襲われて死んだわけじゃなさそうだ。とはいえ、圧死なら痛かったろうな……


 単に岩の隙間にハマってるならともかく、ガッツリはさまれているなら死体を引っ張り出すのは容易じゃなさそうだ。鎧の下には服を着ているようだが、いかにもボロボロでちょっと触るだけで破れそうだ。袖から見えている腕はもう完全に白骨で、これも引っ張ったら外れてしまいそうだ。


 鎧の部分を引っ張るのはどうだろうか? 服や骨よりは比較的丈夫そうだ。


「よっと。失礼しまーす……」


 何となく気が引けて、軽く謝りながら鎧をつかんでみる。うん、しっかりしてるな。というかこれ、外から見た時は革鎧かと思ったが、中に金属が使われてそうだ。硬い。だから岩にはさまれても形状を保ってるのか。

 死体の向かって左、つまり右半身側のほうが岩の隙間が大きいので、そっちに向けて引っ張る。


「よっ! ふんっ……! うおぉりゃあっ……!! ………ダメだ」


 びくともしない。岩の重みがかかってて、完全に固定されてしまっている。どうしよう。あきらめて置いていくか。


 あらためて死体を見る。ドクロの目の部分から大きなアリが這い出ていた。あれは昨日おれが噛まれたやつだな。きっと肉食アリだ。この人、はさまれて身動きできない状態でアリにかじられながら死んだのかもしれないな。ひでえ話だ……


「やっぱりほっとけないな。岩の方を何とかしてみるか」


 のしかかってる側の岩は、死体の左半身に覆いかぶさる形で傾いている。これをもっと左に倒すことができれば、死体も自由になるんじゃないだろうか。


 岩の周りの地面を掘ってみよう。川岸をウロウロして、太い生木の枝と、とがった石をいくつか拾ってきた。手元のロープでくくりつけて、不格好なスコップを何とかでっち上げた。むしろ石槍に近いな……


 とにかくその急造スコップで、岩の設置箇所を慎重に掘っていく。急に岩が倒れておれまではさまれたら元も子もない。安全そうな位置からへっぴり腰で少し掘って、反対側から岩を押してみる、という作業を繰り返した。


 何度かスコップの石が外れるというトラブルは発生したものの、意外とすぐに岩はぐらついてきた。森の土はわりと柔らかいようだ。さらに慎重に掘り進める。


「よし、あとは岩のこの辺を脚で押し込めば……うわっ!」


 ゴロゴロゴロ……ざっぱーん!


 いきなり岩が安定を失って転がり出し、川に落っこちた。

 やばかった。あと少し角度をミスってたら巻き込まれてたかもしれない。


 とにかく、目論見どおり死体を取り出せたぞ。


 岩が動いた衝撃で、死体は地面に倒れていた。さっきまで岩があった場所なので、木も生えていない土の上に寝転んだ状態だ。意外にもちゃんと五体そろっている。アリも骨は食い荒らさなかったんだな。おれより少し小柄な人だな。


 岩の隙間で見えなかった左腕の先に、銀色のものが見える。


「おっ、腕時計だ」


 少しコケは生えていたし、完全に止まってはいたが、SEIKOの金属製バンドのやつだ。こういうの、昔親父が着けてたな。

 おれのスマホを除けば、ひさしぶりに目にする文明の利器だ。鎧なんか着用してても、やっぱりこの人も現代人なんだな。日本製の腕時計だから日本人かもしれない。デスゲームに巻き込まれたんだろうな。

 得体の知れない人間じゃなくて安心する気持ちも少しあるが、おれと似たような境遇の【プレイヤー】が死んでしまっているという現実に複雑な心境だ。


「鎧はやっぱり金属製だな。外側を革で覆ってるのか。何の意味があるんだろ」


 岩の重みで半分潰れてしまっているが、なかなか頑強そうな防具だ。おれもモンスターと戦う時はこういうのを装備しないとまずいんだろうか。


「おっ、ひょっとしてこの長いのは!?」


 左腰の部分に長細い革製品が固定されている。これはどう見てもアレだろう。


「んっ、外れないな……ベルトにぶら下がってるのか」


 死んだ人にはちょっと申し訳ないが、これがあるとかなり今後の生活に関わってくるので無理やり外そうと試みる。ベルトのバックルは錆びてるが、普通に店に売ってるやつだな。というか、はいてるのもジーパンだわこれ。おれと同じく、普段着のままさらわれてきたんだな。


 何とかベルトを腰から引き抜いて、そこに通してあった革のホルダーを外せた。持ち上げる。


「やっぱり剣だー!」


 斉藤は鉄の剣を手に入れた。てってれ〜♪


 脳内でしょうもないことを考える。そう、それは革の鞘に入った剣だった。持ち手のところはコケだらけでヌルっとしている。鯉口というのか、鞘の入り口部分や、タガのような外部の金属部分は錆びてしまっているし、鞘の革自体もところどころ剥げていたりコケがついている。肝心の中身はどうだろうかか。

 抜こうとするが固い。やはり中で錆びているのか?


「……む、ぐ、ぐ……ふんぬっ!」


 しゃきんっ


 抜けた。


「おお〜、これは、まさに、剣だ〜!」


 西洋風の両刃の剣だ。刃渡りは50センチほどか。表面がところどころ錆びてはいるが、4割ぐらいは銀色に輝いている。これは、磨けば使えるんじゃないか?

 石器時代の生活から、ようやく鉄器時代にランクアップだ。モンスターとも戦えるし、何より、道具作りや調理に使える。正直、かなりうれしい。


 しかし、ここは通常の現代社会ではなく相手も死体だとはいえ、人のものを盗るのは良くないだろうな。


「ごめんねぇ、でも背に腹は代えられないからねぇ」


 言い訳がましいことを言って、死体の方を見る。他に使えそうな戦利品はないかという気持ちと、せめてしっかりお墓を作ってあげなくちゃなという気持ちが入り混じっていた。


 さきほどベルトを無理に引き抜いたせいか、何かが地面にこぼれ落ちている。


「財布……?」


 革製の長財布だった。さっきまでジーパンのポケットに入っていたのだろうか。端っこ以外はそこまで傷んでいない。

 その辺のデパートで売っているような普通の財布だ。男物だな。そういえば腕時計もメンズ向けのモデルだった。


 財布を開いてみる。うわっ、ぐっしょり濡れてるな……。


「おっ、古い一万円札だ! やっぱ日本人か!」


 数年前までよく見たデザインの紙幣が入っていた。これでこの人が日本人か、少なくとも日本から連れて来られた人なのは確定だ。

 いったいどういう人だろう? やっぱおれみたいな、さらっても後腐れのない無職の20代か?


 俄然気になって、財布の中をあさる。紙のカード類は水分でくっついてしまってよく分からないな。たぶんどこかの店のスタンプカードとかだろう。免許証は……なさそうだ。


「おっこれは保険証か? プラスチックだからほとんど傷んでないな。ええと何々? 氏名、斉藤…剣……二…………」


 6年前に蒸発した、おれの親父だった。

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