現在の状況と今後の行動
運営がイカれてるとは思っていたが、ここまでガチだとは思っていなかった。数万匹のモンスターを育成して、それをゲームの演出に用いるとはね。
運営(とおれが仮称している何者か)の目的については予想が外れている可能性もあるが、現実問題として、数万匹の動物が大地を震わせながら走って行ったことだけは確かだ。どういう意図であれ手段であれ、あれらを育てたり追っかけ回したヤバい個人なり集団なりは実在するわけだ。
もはや理解を超えており、怖いとか腹が立つとかよりも、とにかくこの異様な空間から逃げ出して日常に戻りたいという気持ちでいっぱいである。ちゃんとした食事をとって、シャワー浴びてベッドで寝たい。
だが現実は非情だ。誰もこの投稿を読んで助けに来てもくれないし、運営もモンスターを送り込むばかりで武器一つ、食い物一つくれやしない。自分で生き延びるしかない。
これからどうしよう。背中側にダーク何とかの繁殖地(仮にダンジョンと呼ぶ)や竜型飛行機の発着場(仮にドラゴンの巣と呼ぶ)があり、前方に人間の街があるとして、おれはどっちに行くべきなのか。どっちの方角がより安全で、どっちの進路がよりゲーム攻略に近づくのか。
あ、いやそもそも、今のおれは歩けるのだろうか。群れから逃げる時に崖から落ちて座り込んだままだった。
ゆっくり立ち上がってみた。うん、尻はちょっと痛むし脚はしびれてるがそれだけだ。大きなケガはしてない。歩けそうだ。思ったより大した崖じゃなかったのかもしれない。少し岸壁から離れて、振り返ってみる。
「え……? めっちゃ高くね?」
この尻の痛みならせいぜい2メートルぐらいの段差だろうと思ったが、どう見ても身長の4倍ぐらいある。
え? なんでおれあの高さから落ちて普通に生きてるの?
あわてて手であちこち触ってみる。どこも折れたりしてない。マジか。おれ意外に丈夫だな。いや運がいいのか。落ちたところが砂地だったのが幸運だったのかも。いやそれにしても軽傷だな。
軽くストレッチしてみる。尻以外だと背中が何か所か痛むかな。これは川を渡る時に獣にぶつかられたとこだと思う。ゴスゴス当たってたし、鳴き声みたいなのも聞いた気がする。
……あれ?
音といえば、何か記憶の片隅に、「ピロ〜ン♪」という通知音が残っている、ような……。
スマホを確認した。
「あっ、通知だ。通知が来てる!」
例の異世界ポータルアプリのアイコンだ。逃亡中に届いてたのか。スタンピードイベント開催のお知らせとかだろうか。通知画面を開く。
「おめでとうございます。斎藤竹光のレベルが上がりました!」 from Isekai Potal
またレベルアップ通知かよ。そういや最初に来た1匹をモーニングスターで倒してたな。あれで上がったのか。上がるペース早いな。
アプリを開いてステータス画面を見てみる。
名前:斎藤竹光
職業:無職
レベル:3
HP:66/100
う〜む……。
最大HPは変わっていない。レベルに関係なく100固定なのだろうか。ただ、残HPは前回見た時より上昇している。何を基準に算出されてるのかさっぱり分からないな。
バトル画面を見てみる。
【バトル履歴】(New)
コマンド(準備中)
サーチ(準備中)
ここも前回と同じ。履歴を開く。
・ダークラクーンがの大群が現れた。
・ダークラクーンを倒した。
・ダークラクーンを倒した。
・ダークラクーンを倒した。斎藤竹光はレベル3になった。
「ありゃ、3匹も倒したことになってる。なんで?」
殴ったのは最初の1匹だけだよな。逃亡中に踏むか蹴るかしたのかな? あの群れ全体と戦闘状態だったことになってるのか? おれと接触したやつらが敵扱いになって、それらが溺れたり転落したらおれが倒したことになってるのかも。とにかくルールがよく分からんな。
何の役に立つのかは謎だが、レベルは上げといた方がいい気がする。わざわざ金かけてこんなアプリや"モンスター"を用意するぐらいだから、今後の攻略に必要になるのだろう。弱そうなモンスターを見かけたら積極的に倒してくのが正解かもしれない。
「あ……」
そういえば、ダークラクーン(名前覚えた)はこの崖下にもまだ何匹かいる。おれの直後に落ちてきたやつらのうち、脚が折れるか何かして走り去る元気のなかった連中だ。脅威もなさそうなので無視していた。こいつらにとどめを刺して回るべきなのか?
1匹に近寄ってみる。……。こいつはもう死んでるな。近いものから順番に見ていく。これも息してない。これもだ。これは……
「まだ生きてるな……」
仰向けになって苦しそうな息をしている。背中側に血溜まりがあるので、大ケガをしたのだろう。
……。
無抵抗な動物を殺すのは気が進まない。
…………。
ただ、このまま放っておいても苦しんで死ぬだけだとも思う。
………………。
「ううぅ……クソっ! クソ運営めっ!!」
おれはどうしてもとどめを刺すことができなかった。背を向けて歩き出す。
しばらく歩き回って、崖を回り込んで登れる道を見つけた。まだ生きているダークラクーンも何匹か見かけたが、なるべく直視はせずに黙って登っていく。こんな選択をさせる運営が悪いと思いつつも、苦しむ獣たちを放置する罪悪感は消えなかった。
今後の方針はすぐには決められないが、せめて頑張って作ったモーニングスターは回収しに戻ろう。あれがあればこのダークラクーンたちも苦しませずに死なせることができるかもしれない。
実際のところ、おれにそんな覚悟があるのかは分からないが、少し時間稼ぎをしたかったのだ。おれは覇気なくとぼとぼと川に向かって歩いていった。