迫り来る黒い波
「えっ……?」
アラームで起きてぼーっとしていたら、地面が少し揺れていることに気づいた。地震だ。逃げた方がいいかな。川の側にいると危ないかもしれない。
急いでシャツをはおり、靴下をはく。どちらも濡れたついでに洗って、火のそばで乾かしていたものだ。もちろん靴もはく。揺れは小さいが、まだ続いている。長いな。余震というやつだろうか。
小エビの残りはレジ袋に入れてあったので、それとペットボトル、自作の紐をまとめて宝箱にぶち込む。左手で宝箱を抱え、右手にはモーニングスターをひっつかむ。もったいないが薪は置いていこう。おっと、手網も作ったんだった。拾ってベルトにはさんでおく。まだ揺れてるな。この地震はやばそうだ。
よし、逃げようと川から離れようとしたところで何かが勢いよくぶつかってきた。左足に強い衝撃。
「痛でっ!」
思わず転びそうになるも何とかこらえる。いったい何事だ?
「げっ、ダーク何とか!?」
足元に、昨日噛まれたのと同じ、黒い獣がいた。だが向こうは転倒して腹を出している。これはチャンスかもしれない。敵に向き直って地面をしっかり踏みしめ、右手だけでモーニングスターを振った。
ぐしゃっ! いやな音がして、血が飛び散る。うわっ、寝起きにキツいな……。とはいえ命中はしたし、威力も申し分ない。この武器は使えるな。
ゴゴゴゴ……!
続けておかしな音がする。え、自爆でもする気か? なんかやばいな。
あわてて距離を取る。
ゴゴゴゴゴ……!
音は止まらない。むしろ大きくなってくる。えっマジで爆弾か何か埋め込まれてるのか?
ゴゴゴゴゴゴ……!
いやこれ、倒したやつから出てる音では、ない……?
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
「あっちか!?」
顔を上げて塔の方を見る。そこでやっと気づいた。
「ぅぇ……なんじゃそりゃあ!?」
視界を埋め尽くすほどに広がった黒い帯が、地響きを立ててこちらへ押し寄せてきていた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
「え……何? え、えっ!? ぜんぶダーク何とかかッ!?」
それは獣の群れだった。数千、いや数万匹いるかもしれない。そのすべてが、おれの方、いや川に向かって突進してきている。
「ひっ!? なっ!? うわっ、危ねえ!!」
もう近くまで来てるやつもいる。2匹まとめて突っ込んできたのを何とかよけるも、次々に押し寄せてくる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
「あだっ! うおっ! いでっ! うわっ!!」
立て続けに10匹ほどにぶつかられ、尻もちをついてしまう。目線を上げたらもう、一匹一匹の顔が見える距離まで、黒い津波が来ていた。
皆必死で走っている。目つきがやばい。おれの方など目もくれず、何かに取り憑かれたかのような目だ。口も全開にして荒く呼吸している。苦しそうだ。しかし誰も足を止めない。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
先頭の獣が何かに足を取られて転ぶ。後続の獣が巻き込まれて転倒する。隙間なく密集しているので5, 6匹まとめて倒れ、しかし後に続く獣たちに蹴られ、踏み潰されてすぐに見えなくなる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
やばい、ここにいたら、今の転んだやつみたいに、この黒い波に巻き込まれて、死ぬ……!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
おれは飛び起きて走り出した。獣たちの来た方角の反対へ。つまり川へ。
「あでっ! ゴフッ! うぐっ!!」
川に飛び込んだおれの背中に、ガンガン衝撃が来る。振り返るのも怖いが、追いついてきた獣だろう。一回一回が大男にぶん殴られたようにズシリと響く。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……どすっ、ばちゃん、キャイーン、ぼちゃぼちゃ、ごすっ、ピロ〜ン♪、じゃぼん、ごすっごすっ……!!!
耳に入ってくる音も、もう何が何だか分からない。おれは半ば恐慌状態になりながら、何とか倒れず、流されずに2メートルほどの川を渡り終えた。対岸の岸は1メートルほどの段差になっていた。登るには手がふさがっている。宝箱とモーニングスターを投げ上げ、両手でよじ登る。宝箱だけ拾って、そのまま全力疾走で逃げ出した。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
はあっ、はあっ、はあっ
対岸も、どこまでも続く砂と石の荒野のようだ。今は、障害物が少なくて走りやすいから助かる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
はっ、はっ、はっ、はっ
呼吸が苦しい。横腹が痛む。だが獣に追いつかれてはいない。川でだいぶ脱落したのか? おれの方が走る速度が上回っているのかもしれない。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
はっ、はっ、はっ、はっ、はっ
いや、まだ地鳴りが聞こえる。地面も揺れている。これは地震じゃない、獣の足音だ。もっと逃げなくては!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
はっ、はっ、はっ、はっ、はっ
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
はっ、はっ、はっ、はっ、はっ
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
はっ、ひっ、ひっ、ひっ、ひっ
少し地鳴りが小さくなってきた。振り切れそうなのか?
走りながら振り返ってみた。
「おおっ!」
黒い波はかなり後ろの方だ。獣の顔が見えないぐらいだ。これなら逃げ切れるんじゃないか。
「よし、あとひと踏ん張ッ!?」
ふっ。突然の浮遊感。
あ、後ろを見ていたせいで……
どすん。
前方の崖に気づかずに、落ちてしまったようだ。
「痛ってぇ……」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
やばい。また地鳴りが追いついてきた。
立ち上がろうとするも、酷使しすぎたのか、すぐには脚が動かない。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
あ、これもう、無理だわ……
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!
おれは覚悟を決めた。
這いずって崖の壁ギリギリまで身体を寄せ、 頭を両手でかばって丸くなる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ズドドドドド…ごすっ、ズドドドドドドドドドドドドドドド…ごすごすっ、ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド…ごすっ、ズドドドドドド……ごすっ、ズドドドドドドドド……
……。
…………。
頭上を大群が通り抜けて行った。猛烈な足音は10分ほど続いただろうか。何パーセントかはおれと同様に崖から落ちてぶつかったりもしたが、大半は俺を飛び越えていってくれたようだ。
ズダダダダダダダ……ぴょんっ
ズダダダダダ……ぴょんっ
逃げ遅れの獣が散発的に頭上を通り過ぎる。地鳴りは徐々に遠ざかっていく。どうやらおれは助かったようだ。
はあ〜〜っ
ため息をついて空を見上げる。いったいさっきのは何だったんだろ……う…………か……
「……ッ!?」
ごごぅうううう……
その時、はるか上空を、とてつもなく巨大な何かが通り過ぎた。あたかも逃げた獣たちを追い立てるかのように、同じ方向を向いて。
「…………!」
おれにはそのシルエットが、巨大な戦略級爆撃機のように感じられた。
あるいは、いや、これは目の錯覚かもしれないが……
翼を広げて飛ぶ、巨大な【竜】の姿に見えたのだった。