やっと夜明けだ
空腹で、肌寒くて、そして襲撃への不安で、ほとんど眠れなかった。時々ウトウトしながら、ずっとなろう小説を読んでいた。
投稿作品から手製武器の作り方のヒントを知りたかったが、実際に学習できたのは、マヨネーズの作り方やリバーシの作り方、魔力量の底上げのやり方、貧乏貴族からのなり上がり方や勇者パーティーから追放された後のハーレムの築き方だった。使えない……。でもまあ、おかげでちょっと気が紛れた。
今は5時前か。スマホバッテリは37パーセント、だいぶ減ったな。また回復してくれるとは思うが。
とりあえず朝食を調達しよう。魚を獲るほどの元気はない。まあ頑張ればできるだろうが、ちょっと気が進まない。まずはザリガニを探してみる。いるだろうか。こないだとは(たぶん)別の川だからな。まだ薄暗い川岸を歩いてみる。
「おっ」
ザリガニではなく、小エビっぽいのが見つかった。名前は分からないが、水中から伸びる草の根元に半透明なやつが結構いるようだ。どうやって捕まえよう?
昨日のモーニングスターの材料の残りがあったので、紐を網っぽく加工してみた。魚を穫る網じゃなくて、虫取り網みたいな小さい袋状のやつだ。
もったいないが紐を石で削って何本かに切り分け、輪っか状に結ぶ。その輪っかを他の紐で編み込みながらつないでいく。野球帽ぐらいの大きさを目指す。
エビが小さいので逃げられないようにと目を細かく編んでいったら、何か網というよりはカゴみたいになってしまった。編み込みのせいで野球帽より小さくなってしまったし、紐の密度が高いせいで外から中がまったく見えない。まあ仕方ない、丈夫にできたから良しとしよう。深めに作ったから魚捕りにも使えそうだ。
その編みカゴをなるべく太い枝に結びつけて完成だ。せっかく作ったカゴが流されたら困るので、かなり念入りに結びつけた。
エビは確か後ろ向きに逃げるんだよな。後ろからすくえば効率がいいはず。さっそく川岸の草を足でガサガサ揺すってやると小エビが逃げた。後ろからすくう。ダメだ。ちょっとタイミングが遅いか。
今度は最初から水中に網を構えておいて、追い込むように草を揺らす。どうだ?
「おっ、2匹も捕れてる!」
成功だ。手網を作った甲斐があった。
宝箱に浅く水を張って小エビを入れておく。けっこう簡単に捕獲できると分かったので大胆に行く。何回か試す内に、狙ってすくわなくても草の根元を網で適当にガサガサやるだけで穫れることが判明した。これはいい。入れ食い(?)状態だ。
1時間で30匹近く捕まえることができた。大漁だ。宝箱の中に折り重なってウヨウヨしている。明るくなってきたので箱の中もよく見える。
「けっこう砂や泥も入ってるな」
これはちょっとこのまま食べるのは抵抗あるな。エビと箱を洗おう。
「あーでも、エビをよけとく器がない……」
レジ袋ならあるが、これは調理済みの食べ物を入れる袋として使いたいから、泥は入れたくない。それに生きたエビを入れたら破られそうな気もする。1枚しかないからもったいない。
「…………。箱ごと丸洗いするか」
箱を浅瀬まで運んで、川に漬ける。あっダメだ。足が濡れるわ。
裸足になってやり直す。昨日獣に噛まれたところはもう血が止まっていた。良かった。水は冷たいが、日も昇ってきたし許容範囲だ。
箱を少し斜めにして、水が入るようにしてみる。
「うおっ、流される!」
転びそうになってあわてて取りやめた。小エビが何匹か減った気がする。流されたか……
エビを入れたまま洗うのは無理だ。どうしよう。
今からザルか何か作ろうにも紐が足りない。いっぺん地面にぶちまけるしかないか……。
結局、川岸付近に石でダムみたいなものを作ってそこに捕まえたエビを全部入れた。出来の悪いイケスだな。簡単に逃げられそうだ。気休めに縁の石を高めに積んでおいた。
流れに戻って鍋を洗う。いや宝箱なんだが、もう俺には鍋としか思えない。
川に流されないよう慎重に、しかしエビが逃げる前に戻ろうと手早く洗う。とりあえず泥や砂は取れた。代わりにきれいな水を入れる。
ふと思い立ってフタの方にも入れてみる。うん、漏れたりしないな。よくできた鍋だ。
即席イケスに戻る。何匹か歩いて逃げようとしていた。やっぱり。
急いで捕まえ、宝箱のフタの水でゆすいで本体側の水に入れる。これを24匹ぶん繰り返した。やっぱ何匹か逃げてるな……。
慎重にフタの水を捨てる。本体側からエビが落ちないように押さえながら。これ以上逃がしてたまるか。
すっかり日も昇ったので恒例のレンズ火起こしだ。石を組んでかまどを作る。昨日のかまどは獣との戦闘で濡れてしまったので少し離れたところに作り直す。燃料はロープ作りや武器作りの残りがある。 ほどなく着火できたのでエビ鍋を火にかける。
一息ついて水を飲む。湯が沸くまでしばらくやることがない。またなろうでも読むか?
いや、今のうちに枝や草を拾いに行っておこう。石槍か石斧を作りたいし、燃料もまだまだ必要だ。鍋にまた獣が寄ってきたら困るが、その時はその時だ。
ついてることに、調理中は獣も人も来なかった。
小エビは赤く茹だって旨そうだ。ただ、箸は作れても皿がないので冷ませない。鍋つかみもないから火から下ろすこともできない。
早く食べたかったので火のついた枝を鍋から離し、ペットボトルで川の水をくんできてぶっかける。5往復ぐらいして疲れた。
なるべく平べったい石を探してきて川で洗う。今日はこれが皿だ。エビを棒でつまみ上げて”皿”に乗せる。殻をむく。まだ熱い。そして可食部が少ない……
食べる。
「うまっ」
ザリガニより小さいがさすがエビ様だ。なんと言うか食感がきめ細かい。水で茹でただけなのに、なぜかちょっと塩味がするような。
どんどん鍋から取って食べていく。やっぱ塩味がある。そういう種類なのかもしれない。殻ごと食べてみる。
「おお、めっちゃしょっぱい!」
どうやら殻に塩分を含むエビらしい。そんな品種は聞いたことないが、これは当たりだ。ああ米がほしい。塩味のする食い物なんて何日ぶりだろう。身体に染み渡るような味だ。
殻つき、殻なし取り混ぜて、捕まえた大半を食べてしまった。鍋の中には6匹だけ残っている。せめてこれは取っておこう。塩が多いなら保存食にもなるかもしれない。昨夜のように眠れない時に食べてもいいな。
腹ごなしも兼ねてまた紐を作ることにした。火はまた起こせばいいから消えるままにしておき、その横で草の茎をしごき、皮をむいた。皮を水で洗って、ついでに冷めた宝箱もゆすいでおく。
裂いた繊維を編んでいると、何だか身体がポカポカ暖まってきた。あのエビには疲労回復や滋養強壮の効果もあったんだろうか?
体温が上がったせいか、眠気も強くなってきた。昨夜はろくに寝てないし、明るい内に仮眠を取っておくかな。寝すぎて夜になると火も起こせないから、スマホの目覚ましをかけておくか。
今は10時過ぎか。睡眠は1.5時間単位で取ると目覚めがいいと聞いたことがある。アラームは3時間後にしとくか。あれはデマだとも聞いたような。まあどっちでもいいや。眠いし。
(起きた時にまたあの獣が襲ってきたら困る、な……)
そんなことを考えたせいだろうか。アラームで目を覚ましたおれが最初に目にしたのは、地平線を埋め尽くさんばかりに地響きを立てて押し寄せてくる、黒い獣の群れだった。